第892話 夢と希望どころか酷い現実と絶望しか詰まっておらんがの

 現実世界で目を覚ました後、藍大は朝食を取りながら家族に創世神界で起きたことを説明した。


 デウス=エクス=マキナの依頼で冥界に行くと聞けば、伊邪那美は藍大を可能な限り支援する姿勢を見せる。


 食休みと準備を終えた後、伊邪那美自ら藍大達を冥界に送り届けると名乗り出たのだ。


 藍大は創世神界に行ったメンバーにゲンを加えてシャングリラの地下神域に集まった。


「伊邪那美様、それじゃよろしく」


「うむ。任せるのじゃ」


 伊邪那美が自信満々に右手を前にかざすと、空間に穴が空いてその奥に薄暗い通路が現れた。


「おぉ、伊邪那美様が神っぽい」


「妾は元々神じゃぞ!?」


 藍大の発言に伊邪那美がちょっと待てと反応したら、そこに舞とリルが続く。


「最近じゃすっかり食いしん坊な親戚ポジションだからね~」


『食いしん坊な印象が強過ぎてうっかり忘れそうになるよ』


「異議ありなのじゃ! 夢の神域でも妾が取りまとめておるじゃろうが!」


「神っぽく振舞う時間よりも食いしん坊として振舞う時間の方が長いから仕方がない。いわば自業自得」


「なん・・・じゃと・・・」


 伊邪那美はサクラにグサリと言われてしまって固まった。


 知らず知らずの内に自分が女神らしさを失っていたのかとショックを受けたようだ。


 そんな伊邪那美を慰めた後、藍大達は伊邪那美の先導で現れた横穴から見える薄暗い通路に足を踏み入れた。


「伊邪那美様、ここはどこなんだ?」


「ここは現実世界と冥界を繋ぐ狭間の道じゃ。死神の権能がないと開けないから、シャングリラの地下神域にいる神の中でも妾だけしか通れぬ」


「そんな道を俺達が通って大丈夫なのか?」


「妾と一緒に来なければ危なかったじゃろうが、妾がいれば問題ないのじゃ」


 伊邪那美はドヤ顔で言ってのけた。


 先程は神っぽいと言われてしまったが、今の自分は神様ムーブできているからただの食いしん坊だとは思われまいと自信満々な様子だ。


 それから少し進んだ所で横に並んだ2つの扉が藍大達の視界に入って来た。


 右側は天空都市が描かれた扉で、左側は業火に焼かれて苦しむ悪人達が描かれた扉だった。


「伊邪那美様~、右が天国で左が地獄~?」


「舞の言う通りじゃ。右側の扉を開けば天国に続く階段があり、左側の扉を開けば地獄に続く階段があるのじゃよ」


「マキナ母さんの話じゃ悪樓は地獄に現れる。冥界に悪樓を手引きしてる者がいるなら、地獄にいる可能性の方が高そう」


「そうじゃな。地獄は居心地が悪いんじゃが今回の依頼はおそらく地獄での活動がメインになるじゃろう。天国にいながら地獄に悪樓を放す者がいるとは考えにくいのじゃ」


 サクラの言い分に伊邪那美も同意して頷いた。


「そうなると自ずと向かうべきは地獄になるか。あんまり行きたくないけど仕方ない」


『そうだね。でも、ご主人のお父さんとお母さんを生き返らせるために頑張るよ』


「よしよし。ありがとな」


「クゥ~ン♪」


 健気なリルの言葉が嬉しくて藍大はリルの頭を優しく撫でた。


 覚悟を決めて地獄に続く扉を開いてみれば、扉の中からどんよりした空気が流れて来た。


「う~ん、相変わらず陰の気が強いのう」


「私達に近よるな!」


 サクラが力強く言った途端、伊邪那美が陰の気と呼んだ空気が藍大達から一定の距離まで一切寄って来なくなった。


 これはサクラの<運命支配フェイトイズマイン>によるものだ。


 陰の気が自分達に近寄らぬように運命を書き換えたのである。


 ついでに<完全浄化パーフェクトクリーン>で周囲の空気を浄化した後、サクラはニッコリと藍大に笑いかける。


「主、これで地獄でもまともな空気を吸えるよ。空気が濁って来たら、また<完全浄化パーフェクトクリーン>を使うから安心して」


『僕もいざとなったら<風神狼魂ソウルオブリル>を使うから鉄壁だね』


「至れり尽くせりだな。サクラもリルもありがとう」


 藍大に感謝されてサクラとリルはご機嫌だった。


 それを見て自分も何かした方が良いのではと思って舞が手を挙げる。


「はい! 私は悪い魂を見つけたらどんどん消してあげる!」


「舞よ、それは止めるのじゃ。地獄に来た魂は罰を受けて浄化されてから輪廻の輪に戻るのじゃよ。浄化中の魂を消し飛ばしてしまっては、創世神様に迷惑がかかるからやっちゃ駄目なのじゃ」


「そっか~。それじゃあ敵対行為をした魂だけ消すね~」


「・・・それは仕方あるまい。じゃが、くれぐれもやり過ぎないように頼むのじゃ」


 いくら地獄のルールに則る必要があったとしても、敵に慈悲を与える必要はないのでから伊邪那美は舞の言い分に首を縦に振った。


 なんでもかんでも駄目と言う訳ではなく、状況によって対応を変えるのは構わないというスタンスである。


 舞はいつでも悪人の魂が襲って来ても良いようにミョルニルを手元に呼び寄せた。


 準備が整ったので藍大達は階段を降りて地獄に向かった。


 階段を降りたところで藍大達に地獄で苦しむ魂の声が届いて来た。


『びゃあ゛ぁ゛゛ぁま゛ずひぃ゛ぃぃ゛』


『もう許してぇぇぇぇぇ!』


『ミンチは嫌だ、ミンチは嫌だ、ミンチは嫌だぁぁぁ!』


「聞いてて気分の良いものじゃないな」


「そりゃそうじゃ。地獄の悲鳴を聞いて心地良いなんて言う者はおらんじゃろうて」


 藍大がうわぁと嫌な顔をしたら、伊邪那美がそう感じるのが当然だと頷いた。


 声が聞こえるのはいずれも下からで、藍大達は地獄を見渡せる場所にいた。


「それにしても意外。まさか地獄がテーマパークだとは思ってなかった」


「夢と希望どころか酷い現実と絶望しか詰まっておらんがの」


 そう言って伊邪那美は地獄の説明を始めた。


 地獄は七等分にされており、それぞれが七つの大罪をテーマとした刑罰アトラクションになっている。


 傲慢のアトラクションは延々と獄卒スタッフに攻撃されるボクシングジムだ。


 殺人を犯した魂がサンドバッグに詰め込まれ、ありとあらゆる武器を使いこなす獄卒スタッフにボコボコにされる。


 謝ろうが悲鳴を上げようが獄卒スタッフの動きは止まらず、殺人を犯した魂が浄化されるまでノンストップで攻撃され続ける仕組みである。


 憤怒のアトラクションはパワハラ上司に扮した獄卒スタッフの下で働く職業体験施設だ。


 相手を思いやらず自分の目的のためだけに怒鳴り散らし、他者の精神を病ませた悪人の魂がこのアトラクションに案内される。


 心が折れるまでありとあらゆる手段で獄卒スタッフが悪人の魂をいじめるため、こんなことになるならパワハラなんてしなければ良かったと後悔する魂が後を絶たない。


 嫉妬のアトラクションはトップアイドルを目指すアトラクションで、アイドルの人形に悪人の魂が埋め込まれる。


 アイドル以外の役割は全て獄卒スタッフが担い、悪人の魂はアイドルになってギスギスした世界をトップアイドルになるまで戦い続けなければならない。


 こちらのアトラクションに参加させられるのは他者を騙す罪を犯した者達である。


 怠惰のアトラクションは真っ暗な空間で拘束されたまま放置されるだけだ。


 何もできずただ放置されているだけだが、それが延々と続けば発狂する者も少なくない。


 そんなアトラクションに参加させられるのは狂人の犯罪者達で、最初から狂っているならば暗闇に閉じ込めることで帰って落ち着きを取り戻せると考えたからである。


 強欲のアトラクションは人体模型を的にしたダーツだ。


 ダーツを投げるのは獄卒スタッフであり、刺さった部位に激痛が走ってから感覚がなくなる。


 このアトラクションに連れて来られるのは生きていた時に盗みを働いた者で、自分が盗んだ分だけダーツで激痛を味わい体の感覚を奪われていくことになる。


 暴食のアトラクションは大食い選手権だ。


 それだけなら楽だと思うかもしれないが、その悪人が苦手とする料理あるいは食材を延々と食べさせる大食い選手権と聞けばその考えはすぐに吹き飛ぶだろう。


 なお、ここで出される食材は一般的には食べられていない物も含まれる。


 したがって、雑食神が興味を示すような物も当然出て来るのだ。


 そんなアトラクションに参加させられるのは食べ物を粗末にした者である。


 最後に色欲のアトラクションだが、18禁のVR恋愛シミュレーションゲームだ。


 ただし、選択肢が多過ぎてトラウマを量産するだけでなく、正解のルートでいよいよ本番という時に相手がローパーになって蹂躙される意味でもトラウマになる。


 ちなみに、選択肢を少しでも誤れば攻略対象から包丁でめった刺しにされ、疑似的に死を経験することになる。


 このような恐ろしいゲームをやらされるのは強姦をした者である。


「悪人が犯した罪は許せないけど罰がえげつないな。というかこれで魂が浄化されて輪廻の輪に戻るって思うとなんとも言えない」


「そうは言うが、この形が最も効率良くそれでいて悪人の魂に己の罪を後悔させられるそうじゃぞ」


「マジか。これが完成形だったのか」


「やらかした敵に対する仕返しの勉強になるね」


「サクラさんや、その勉強は程々にしておくれ」


 これ以上サクラの天罰が過激になると不味いから、藍大はやんわりとサクラを止めた。


 とりあえず、伊邪那美から地獄の説明を受けた藍大達は冥界の異変の調査から始めた。

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