後日譚8章 大家さん、冥界に向かう

第891話 ご主人がお父さんとお母さんに会えるなら僕は頑張るよ

 3月3日の未明、藍大は舞とサクラ、リルと共に宇宙を背景に地球を見下ろす白い螺旋階段の頂上に立っていた。


「創世神界か。マキナ様に呼ばれたみたいだ」


「何かあったのかな?」


「マキナ母さんがわざわざ呼び出したってことはきっと厄介事」


『そうじゃなかったらご主人にテレパシーを送るだけで済ませるよね』


 サクラとリルの言う通りで、デウス=エクス=マキナは軽い用事がある場合に藍大にテレパシーでそれを伝える。


 そうしないでわざわざ舞とサクラ、リルも一緒に創世神界に呼び出したということは厄介事の可能性が高い。


 デウス=エクス=マキナが待つ空間に繋がる扉は藍大達を認識して自動で開き、藍大達は奥に進んでたくさんの映像が背景になった空間に入った。


「いらっしゃい。待ってたよ」


「マキナ母さん、今日はどんな厄介事を主に頼もうとしてる?」


「サクラ~、そんな会ってすぐに用件に入らないでよ~。お母さん寂しい~」


「主、マキナ母さんが話をするのを躊躇ってる。これは邪神の時よりはマシでもそこそこ面倒なことを頼むつもりだよ」


 デウス=エクス=マキナにジト目を向けた後、サクラは軽く喋って察したことを藍大に伝えた。


 母娘おやこゆえに少し喋っただけでもわかることもあるようだ。


「藍大助けて~。サクラがいじめるの~」


 そう言った時には既にデウス=エクス=マキナが藍大に抱き着いており、誰もデウス=エクス=マキナが藍大に抱き着くところを目で追えなかった。


 気が付いたらデウス=エクス=マキナは藍大に抱き着いていたのだ。


『僕よりも速い。もっと速くならないと』


 リルは”風神獣”であり自分の速さに自信があったけれど、デウス=エクス=マキナの速さを目で追えなかったことが悔しかったらしい。


「マキナ母さん、主から離れて。娘の夫に甘えて抱き着く母親なんて良くない」


「は~い」


 サクラがムッとした表情で抗議すれば、本題を話す前にサクラが怒って話せなくなると困るからデウス=エクス=マキナは言う通りにした。


 体が自由になり、藍大はデウス=エクス=マキナに速さを見せつけられて悔しがっているリルの頭を撫でて元気づけた。


 それからデウス=エクス=マキナに視線を戻して訊ねる。


「マキナ様、俺達を呼んだのはどういった用事?」


「藍大達に冥界に行ってもらいたいの」


「冥界って何?」


 聞き慣れない単語が出て来たのだから、藍大がそれについて訊ねるのは当然である。


「冥界は上層の天国と下層の地獄で構成されてるね。魂が輪廻の輪に戻るまでの間に一時的にいるのが冥界で、一般的な生物は死んで魂になると冥界に行く。死ぬ前の善行と悪行をチェックして、輪廻の輪に戻るまでは相応しいところに送られるの。天国は居心地が良いのに対して、地獄は罰がキツくて住環境も最悪」


「そんな場所が実在してたんだ。それで、なんで俺達に行ってほしいの?」


「藍大が前に第二第三の邪神の誕生について訊ねてきたことがあったでしょ? その絡みでちょっと面倒なことになってね」


「まさか、悪神が冥界にいる死者の魂を使って第二の邪神誕生を目論んでる?」


「その通り。話が早くて助かるよ。地獄にいる悪者の魂を使って悪神から邪神になろうとしてる奴がいてね」


 それだけ聞いて藍大達は嫌そうな顔をした。


 藍大とサクラは純粋に面倒だと思って嫌そうな顔をしたが、舞とリルは地獄に行っても美味しいモンスターはいないだろうから嫌そうな顔をした。


 嫌そうな顔をされることは想定内だったから、デウス=エクス=マキナはちゃんと報酬を用意していた。


「勿論、タダで働いてくれなんて言わないよ。報酬はちゃんと用意してあるから」


「報酬? どんな?」


 こんな面倒事を頼むのだから、それに釣り合う報酬をデウス=エクス=マキナが用意してくれたのだろうと思い、藍大は何を報酬として貰えるのか訊ねた。


「藍大の両親を生き返らせよう。ただし、シャングリラとシャングリラリゾート、神域の外に出ないことを条件にだけど」


「え?」


 藍大はデウス=エクス=マキナから提示された報酬が予想外だったせいで固まった。


 大地震で亡くなった両親智仁と涼子はそれぞれ伊邪那岐と伊邪那美の関係者だった。


 誰も死者を蘇らせるなんてことができるとは思っていなかったから、藍大以外も固まっていた。


 それでも、舞は一番早く立ち直って藍大の両肩に手を乗せた。


「やろうよ藍大。マキナ様が生き返らせてくれるなら、後ろ暗いことなんて何一つないもん。私も智仁さんと涼子さんに会いたい」


 そこにサクラとリルも賛同する。


「お義父様とお義母様とお話してみたい。やる価値はあると思う」


『ご主人がお父さんとお母さんに会えるなら僕は頑張るよ』


「みんなありがとう。俺に力を貸してくれ」


 藍大は舞達に感謝した。


 神が復活できるならば、死んでしまった人も蘇らせることができるのではないかと思ったことがない訳ではない。


 しかし、死者蘇生は禁忌だと思っていたから手を出さずにいたのだ。


 ところが、世界のルールである創世神デウス=エクス=マキナが条件付きで藍大の両親を蘇らせてくれるというのならば話は別だ。


 失敗する可能性はなく、神々にも迷惑をかけずに済むのだからそれはありがたい話である。


「引き受けてくれるんだね?」


「引き受けてもらえる確証があってこの報酬を提示したんだろ?」


「まあね。創世神であっても死者蘇生は手を出さないようにしてるんだけど、邪神の件ではたくさん迷惑もかけたし、今回の件でも迷惑をかけるんだから私だってできることでちゃんと報いるよ。藍大の両親が生き返っても世界が壊れるようなことにはならないから安心して」


「それを聞いて安心した。さて、それじゃ冥界で具体的に何をすれば良いのか教えてくれ。ただ冥界に行くだけで終わりって訳じゃないだろ?」


 藍大は報酬が報酬だけに何をしなければならないのかはっきりさせるべく訊ねた。


「冥界で2つやってほしいことがあるんだ。1つ目は悪樓あくるの討伐。2つ目は冥界の異変調査」


「悪樓って日本神話に出て来る怪魚の悪神だっけ?」


「そうだよ。度々地獄に侵入して悪者の魂を捕食して力を蓄えてるみたいなんだ」


「それって大丈夫なのか? 割とすぐに第二の邪神になっちゃいそうだけど」


 デウス=エクス=マキナの言っていることが本当なら、悪者の魂が抱く負の感情を糧として悪樓が第二の邪神になるまで時間はなさそうだと思って藍大の顔が引き攣った。


「大丈夫。本当に危険な悪人の魂は食べられてないから、悪樓が急激にパワーアップして邪神になることはないはずだよ。2つ目の異変調査なんだけど、これは本来冥界に侵入できない悪樓がどうやって侵入したのか調べてほしいんだ。多分、現地の誰かが手引きしてるか冥界の境界に綻びがあるから原因を突き止めて」


「原因を突き止めるだけじゃなくて、対処した方が良いんだろ?」


「ううん。見つけてくれたら後はこっちでやるつもり。私の手を煩わせたことをきっちり後悔させないといけないからね」


「了解」


 デウス=エクス=マキナは余計な仕事を増やしてくれた黒幕に怒っていた。


 悪樓は神ではあるものの知能はあまり高くなく、本能のままに喰らって力を増やして破壊の限りを尽くす生物だ。


 そんな悪樓が地獄の悪者の魂を喰らって強くなるなんて方法を思いつくとは考えにくく、仮に思いつけたとしてもそれを実行できる手筈を整えるなんてことはそれ以上に考えにくい。


 きっと裏で糸を引いている者がいると考えるのはごく自然なことだ。


 邪神ナキマ=スクエ=スウデのように賢くて強い邪神が誕生するのは避けたいから、邪神になる前に潰せるものは潰すべきである。


「そうだ、冥界に持って行ったら不味い物とかってある? それとも持ち込めない物を訊いた方が良いのかな?」


「持って行ったら不味い物とか持ち込めない物は特にないよ。ただし、冥界の物を持ち帰る場合は私に一声かけてね。そうしないと、現実世界で混乱が生じる可能性があるから」


「例えばどんなこと?」


 デウス=エクス=マキナに迷惑をかけるつもりはなかったが、どんな混乱が生じてしまうのか知っておいて損はないと思って藍大は訊ねてみた。


「天国の花を持ち帰った結果、その匂いに釣られて正気を失った者達がシャングリラに押し寄せるとか」


「必ず一声かける」


「よろしい」


 その後も藍大はデウス=エクス=マキナと依頼内容をしっかり打ち合わせして、起床時間が来たので現実世界で意識を覚醒した。

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