第886話 光物があったところで腹は膨れぬでござる

 翌日、司達は迷路ダンジョン4階にやって来た。


 3階の火山の迷路とは打って変わり、4階は通路が細くて両脇は水路になっていた。


 そして、司達が先に進もうとした時に黒い海月の群れが一斉に水中から空へ飛び出した。


「ナイトメアジェリーLv100。フロージェリーの最終進化がこれだな」


「フロージェリーって懐かしいね。水曜日のシャングリラダンジョンの地下1階と地下2階で出て来たっけ」


「それな。ナイトメアなんて頭に付いてるからには放置してると搦め手を使ってきそうだ。サクッと倒そうぜ」


「海月はサラダにしてもらうでござる!」


 モルガナがやる気十分にそう言ってから、<冷獄吐息コキュートスブレス>でナイトメアジェリーの群れを氷漬けにした。


「モルガナって海月のサラダが好きなの?」


「拙者は気づいたでござる。肉ばっかり食べてたら栄養が偏るからサラダもちゃんと食べるでござる」


「「「今更?」」」


 モルガナが当たり前なことを言い出すものだから、司と健太、マージのリアクションが一致した。


 アスタは何を軟弱なことを言っているんだと首を横に振っているが、アスタも筋肉のためなら高たんぱく低カロリーなささみを食べる等の拘りを持っているんだから言いっこなしだ。


 とりあえず、凍ったナイトメアジェリー達を回収して司達は探索を再開した。


 少し進んだ所で、通路が岩でできたものからゼリー状に変わった。


 しかも、一本道ではなくて小さなゼリー状の足場がいくつも水面に浮かび、向こう側に渡らなければならないようになっている。


 どの足場の上にもナイトメアジェリーが待機しており、その足場によって待ち構えているナイトメアジェリーの数が異なる。


「最短経路で行こうぜ」


「健太、待て。言い忘れたから今言うが、ナイトメアジェリーは<自爆スーサイドボム>を会得してる。だから、勝てない敵に遭遇すると自分の犠牲を惜しまず自爆するのでやるなら全滅させねばならん」


「この数のナイトメアジェリーが爆発したら、俺達は絶対無事じゃいられねえな。止めてくれて良かったぜ」


 健太が汗を拭う仕草をしながらマージに止めてもらえてホッとした。


 その隣で司はモルガナに訊ねる。


「モルガナ、もう一度<冷獄吐息コキュートスブレス>で全部凍らせてくれる?」


「しょうがないでござるなぁ。また拙者のターンでござ!?」


 司に頼られて嬉しそうにしているモルガナが<冷獄吐息コキュートスブレス>を発動しようとしたところ、少し離れた足場にいるナイトメアジェリーが<自爆スーサイドボム>を発動した。


 それが他のナイトメアジェリーにも連鎖してしまい、モルガナがびっくりしている間に司達の前方の足場が爆炎に包まれた。


「残念、諦めの早い個体が紛れ込んでたみたいだね」


「そんなぁ。拙者の出番がなくなってしまったでござる・・・」


 頼ってもらえる場面が減ってしまうのはモルガナの望むところではなかったようで、前方にいたナイトメアジェリーの集団が足場ごと吹き飛んだことにモルガナは肩を落とした。


 司はポンポンとモルガナの背中を叩いて励ましつつ、足場が消えてしまったことから別の出番をモルガナに用意できることに気づいた。


「モルガナ、足場がなくなっちゃったから<冷獄吐息コキュートスブレス>で足場を作ってもらえないかな?」


「任せるでござる!」


 モルガナは失われたと思った自分の出番が復活したため、機嫌を良くして<冷獄吐息コキュートスブレス>を放った。


 そのおかげで前方の水路が凍って道が形成され、司達は歩いて先に進めるようになった。


 通路が再び岩でできた物に戻り、しばらく進んだ所で今度は行き止まりになった。


 行き止まりだとわかったのは壁があって先が見えないからだ。


「あれ、一本道だったよね?」


「他に道はなかったはずだ。マージ、壁を調べてみてくれ」


「とっくに調べてるがただの壁だ。つまり、壁の向こうに道があるのではなく他に道がある訳だが・・・。見つけた」


 見つけたと告げたマージは右側の水路の下をじっと見ていた。


「もしかして、水路の底に道があるの?」


「司の言う通りだ。アスタ、天井のあの部分を攻撃してくれ」


「オーライ!」


 アスタは<致命斬撃クリティカルスラッシュ>でマージの視線の先にある天井を攻撃した。


 その結果、天井が壊れて瓦礫が水の中に音と水飛沫を上げて落ちていく。


 一時的に水嵩が増したけれど、水中から水を吸い込む音が聞こえてどんどん水位が下がっていき、最終的には瓦礫に少し埋もれているものの先に進む横穴が見えた。


「むぅ、このギミックも見破られたでござるか」


「私もリルに教えを受けてるのでな。簡単には騙されてやらぬ」


 パンドラが抜けた今のパーティーでは、感知能力が最も優れているし<学者スカラー>も会得しているからマージが探し物で司達を牽引している。


 マージは探索でパーティーの役に立つべく、リルから探索のノウハウを学んでいるのでモルガナがギミックを仕掛けたところで焦ることなくそのギミックを解除してみせた。


 元水路の底は思っていたよりも深かったため、マージとモルガナが手分けして司と健太、アスタを底にある横穴まで連れて行った。


 横穴を通過する途中に石板が填め込まれた扉があり、司達は当然そこで立ち止まる。


「石板にはモンスターの絵が3種類あるね」


「それぞれのモンスターの絵は押し込めそうだな」


「ふむ。扉を開けるにはいずれかのモンスターの絵を押し込む必要があるらしい」


「押し込んだ石板のモンスターがこの先に待ち構えてるんですね、わかります」


「健太の認識で合ってる。さあ、どれを押す?」


 健太の予測を肯定した後、マージがどのモンスターの絵を押すか訊ねた。


 左の絵は球が連なって触手を形成しているオパールローパー。


 中央の絵はヌルヌルとした肌と長い手足が特徴的なエイリアンのようなアミクック。


 右の絵は尻尾が人魚の下半身のようになっている馬のようなアハ・イシュケ。


 いずれもマージの<学者スカラー>では描かれたモンスターの名前しかわからないから、どんなアビリティを使えるかは扉の先にいる本物をみないとわからない。


「食べられそうなのはアハ・イシュケだよね」


「嫌な予感はするけど金になりそうなのはオパールローパーだな」


「拙者、アハ・イシュケが良いでござる。どうせ戦うなら倒した後美味しくいただきたいでござる」


 黙って司達の決断を見守るのかと思いきや、モルガナはしっかりと自分の希望を口にした。


「おいおい、ドラゴンは光物を寝床に蓄えるんじゃなかったのか? モルガナってドラゴンだよな?」


「光物があったところで腹は膨れぬでござる」


「正論だけどドラゴンの特性としてそれで良いのかとツッコみたくなる」


「完全に藍大に胃袋を掴まれてるよね」


 キリッとした表情で宝よりも食材だと言い張ったモルガナを見て、健太も司も苦笑するしかなかった。


 モルガナも藍大と出会わなければ一般的な伝承のドラゴンと同じような感性だったかもしれないが、藍大の料理に釣られてテイムされた食いしん坊ズの一員だ。


 食べられない宝よりも美味しく食べられる食材を手に入れた方が嬉しいという考え方は、食いしん坊ズとして当然の考え方と言えよう。


 マージもアスタもアハ・イシュケの絵を押し込むことに異論はないので、司が代表してその絵を押し込んだ。


 それにより、鍵がかかって開かなかった扉が開錠されて中に入れるようになった。


 部屋の中は中心にある円形の足場を除いて水のフィールドになっており、ザッパーンと音を立てて水中から水色のボディに赤い目をしたアハ・イシュケが飛び出して来た。


「アハ・イシュケLv100。”掃除屋”や”4階フロアボス”の称号はない。ギミックとセットのモンスターゆえ、ただの雑魚モブよりは能力値が高い」


「腹筋! 背筋! 大臀筋!」


「ヒヒィィィィィン♡」


「嘘だろ!?」


「えぇ・・・」


 アスタが<絶対注目アテンションプリーズ>を発動しながら口にした筋肉をアピールすると、アハ・イシュケは目をハートにしてアスタに突撃した。


 その展開は予想外だったため、健太も司も驚きを隠せなかった。


「何を呆けてる。チャンスじゃないか」


 マージはアスタに夢中なアハ・イシュケに対して<紫雷追尾サンダーホーミング>を放った。


 水浸しだったところに雷属性の攻撃が当たれば止まるかと思いきや、アハ・イシュケは根性で耐え切ってそのままアスタに突撃を続ける。


「冷凍保存されるでござる!」


 モルガナが<冷獄吐息コキュートスブレス>を発動すれば、マージの攻撃でHPもかなり削れていたこともあって凍った状態で力尽きた。


「あぁ、なんと罪深い筋肉だ」


「アスタさんマジパネェ」


 戦闘が終わって発したアスタの一言を聞き、健太が述べた感想に他のメンバーは苦笑しながら頷いた。

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