第885話 酔龍じゃなくてアル中って称号にしよっか

 昼食にバーベキューをするのは準備も含めて時間が足りなかったため、夕食が地下神域で行うバーベキューになった。


 メインの食材は司達が討伐したマグクラーケンであり、その他の食材も海鮮系を用意した。


「お肉も良いけど魚介類も良いよね~」


『僕は炙りトロリサーモン推しだよ』


「吾輩、アダマスフィドラーがんこ盛りが好きなのだ」


「妾は久し振りにロケットゥーナ丼が食べられて満足じゃ」


「お母様、大トロばかり食べないで下さい。私はオクパン焼きが好きです」


 食いしん坊ズは普通に喋っているように思えるかもしれないが、誰も手(前脚)を止めていない。


 誠に器用なものである。


「フハハハハハッ。無敵状態なのよっ」


『(っ'ヮ'c)私は完璧で究極のスター!』


「ゴルゴンもゼルも食べながら遊ぶのは止めるです! 子供達が真似をしたらどうするですか!」


「むてきなのよっ」


「スター」


 ゴルゴンとゼルがゲーミングイールの蒲焼きを食べて虹色に光ったのを良いことに無敵ごっこを始めたので、子供達が真似するから止めなさいと注意した。


 ところが、その時には既に日向と零も母親達と同じことをやっていた。


「・・・手遅れだったです」


「ママ、げんきだして」


「大地は流れに乗らないで偉いです。これからも食べ物で遊んじゃ駄目ですよ」


「うん」


 仲良しトリオと仲良し子供トリオの席は食いしん坊ズのテーブルとは違った意味で騒がしい。


「いやぁ、皆楽しんでるなぁ」


「健太も偶には役に立つんだね」


「パンドラ様辛辣しんら、あっ、はい、黙りますから尻尾ビンタの構えは止めて下さい」


 健太が飲み物を取りながら呟くと、同じく飲み物を取りに来ていたパンドラが健太を褒めた。


 そこで普通に反応すれば良いものを、わざとふざけた反応をするものだからパンドラが無言で尻尾ビンタの構えをしてみせる。


 尻尾ビンタでお仕置きされたら楽しいバーベキューが終了してしまうので、健太は平謝りしてどうにかやり過ごそうとした。


「パンドラ~、何やってるニャ~。早く戻って来るニャ~。ちょっ、フィア、それはミーが育ててたデメムートニャ!」


『油断しちゃ駄目だよ~』


「ニャア! そっちのダイヤカルキノスはやらせないのニャ!」


「・・・はぁ。ミオもフィアもお行儀良くしてよ」


 パンドラがミオとフィオによる奪い合いを注意するためにその場から離れたため、助かったと言って健太は大きく息を吐いた。


 今日は”迷宮の狩り人”全員と”近衛兵団”の睦美と泰三も来ており、かなり規模が大きいバーベキューになっている。


 食べて飲んではしゃぐ機会は何回あっても良いと考える健太はこういった雰囲気が好きだった。


「パパ、なにやってるの? ママがまってるよ?」


「おっとすまん。行こうか永遠とわ


 飲み物を取りに行ったまま戻って来ないから、娘の永遠が健太を迎えに来た。


 健太と遥の娘である永遠は遥に似てしっかり者だ。


 腰に手を当てて眉間に皺を寄せた表情はリトル遥と呼ぶに相応しい。


 健太は当初の目的だった飲み物を確保し、永遠と一緒に遥や未亜達が待つ席へと戻った。


 その一方、司は奈美と2人で静かにバーベキューを楽しんでいた。


 娘の香奈は蘭達と合流して楽しんでいるから、今は司と奈美だけで2人だけの空間なのだ。


「司君、はいこれ」


「ありがとう。でも、僕はちゃんと食べてるから奈美もちゃんと食べてね」


「大丈夫。私だってちゃんと食べてる。そうだ、良かったらこれ飲んで。新作だよ」


 奈美は傍目にはオレンジジュースに見えるドリンクの入ったコップを司に差し出した。


「えっと、今度は何を作ったのかな?」


「飲んだら疲れが吹き飛ぶカクテルだよ。あっ、でも安心して。アルコール控えめだから」


「・・・最近薬効のあるお酒ができることが多くない? 麗奈から何か吹き込まれた?」


「麗奈は関係ないよ。ただ、さっき伊邪那美様に確認してもらったら気になる称号をゲットしてた。その効果はバーベキューが始まるから後で教えるって言われて聞けてないんだけど」


「どんな称号?」


 司は訊ねた時点で奈美が獲得した称号がとんでもないものだろうと察していた。


「”ディオニュソスの興味”って称号だよ。私の感覚ではこの称号のおかげで作ったお酒の質が上がってバフ効果が出るようになったかな」


「話は聞かせてもらったわ」


 後ろから声がして振り返ると、司の背後には麗奈が立っていた。


「麗奈、いつから聞いてたの?」


「司が美味しそうなカクテルを貰った時からよ」


「結構前から聞いてたね。というか晃君と礼基君を放置して何やってんのさ?」


「奈美なら授乳に影響がないお酒を持ってるかもって思ってここまで来たの」


「酔龍じゃなくてアル中って称号にしよっか」


 司は麗奈の話を聞いて彼女にジト目を向けた。


 麗奈とはDMUの探索班にいた頃の付き合いだから、司は”楽園の守り人”のメンバー内でも特に麗奈の扱いが雑だ。


 もっとも、雑に扱っても司の心が痛まないぐらいには麗奈の駄目っぷりが目立つのだが。


「アル中って何よ!? 失礼ね! 私は礼基のために今もちゃんとお酒は一滴たりとも飲んでないわ! でも、バーベキューなんだからお酒を飲んでる気分ぐらい味わったって良いじゃない!」


 麗奈の訴えは酒好きとしては切実なもののようだ。


「司君、麗奈がお酒飲みたくなった結果、アルアル言い始めるかもしれないしこっちのノンアルコールカクテルをあげても良いかな?」


「カクテル!? ノンアルコールなの!? ちょうだい! ありがとう!」


 そういった時には既に奈美が取り出したコップは麗奈が音もなくひったくっており、麗奈はご機嫌にスキップして自分の席に戻って行った。


「奈美、今のはわざとでしょ?」


「わかっちゃった?」


「うん。それで、麗奈に渡したのは何?」


「ただのグレープジュースだよ。ただし、メロちゃんが育てた神葡萄100%のね」


「それ飲んで文句言ったら罰が当たるよ」


 メロが育てる植物はどれも素晴らしい出来だから、神葡萄で作ったグレープジュースが美味しいのは間違いない。


 自分の席でご機嫌な麗奈がノンアルコールのカクテルだと言われたそれを飲んだが、グレープジュースだとは気づかずに飲んでいた。


「一応ね、鑑定上ではノンアルコールカクテルってなってるんだよ。試しに飲んだらグレープジュースだったけどね」


「そうだったんだ。それも”ディオニュソスの興味”の影響なのかな?」


「ちょっと失礼」


「あれ、マージ。アスタと一緒に食べてなかった?」


 梟紳士形態のマージが司と奈美の所にやって来たので、司はさっきまでアスタと同じ卓にいたはずなのにどうしたんだと訊ねた。


「アスタがボディービルショーを始めたんだ。私はボディービルに興味がないから、興味深い話の聞こえたここにお邪魔しに来た」


「なるほどね。じゃあ、マージに”ディオニュソスの興味”の効果を教えてもらおうかな」


「任せよ」


 マージは<学者スカラー>を発動して”ディオニュソスの興味”の効果を確かめた。


 その結果をマージは簡潔に説明していく。


「奈美がお酒を造った場合、そのお酒を作った素材に関連したバフ効果が付与されるらしい。これはあくまで酒限定の話で、薬を作ってもバフ効果は付かないようだ」


「一体どうして興味を持たれたんだろう?」


「趣味のカクテル作りが趣味のレベルじゃないからじゃない?」


 奈美が最近ハマったカクテル作りだが、薬士の職業技能ジョブスキルによる補正で調合と同じように扱われているらしく、完成度がとても高くてバーで出しても違和感のないレベルに到達している。


 そこに外国の神であるディオニュソスが興味を示したのだろう。


 シャングリラには世界の神々も注目する地下神域があり、少し探索範囲を広げれば日本一の腕を持つ奈美がいるのだから興味を持つ神が1柱ぐらいいたっておかしくない。


「ただの趣味で神様に興味を持たれるって恐縮しちゃうよ」


「僕も武芸の神様に興味を持ってもらえたら良いのに」


「あぁ、司君がしょんぼりモードに! 司君こっちおいで! 私が慰めてあげるから!」


 奈美が落ち込む司を見てテンションが上がり、ギュッと抱き締めたのを見てマージはその場を去る。


「私はクールに去らせてもらおう」


 マージは場の空気を読める従魔だった。


 ちなみに、マージが去ってイチャイチャしている司と奈美を見て、遠くからサクラがうんうんと満足そうな表情をしていたと補足しておこう。

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