第881話 筋肉が、筋肉が喜んでるぞっ

 マージは穴だらけの広間をあちこち見渡してからアスタに話しかける。


「アスタ、右から2つ目と3つ目の穴の中間地点に移動し、その場所で斧を全力で振り下ろせ」


「OK, boy」


「誰がボーイだ」


 自分は少年であるつもりはないとマージは抗議したが、それを華麗にスルーしてアスタは指定された場所に移動して斧を全力で振り下ろした。


 その衝撃で両側の穴に向かって亀裂が伸び、アスタが危険を察して戻って来た時には右から2つ目と3つ目の穴を覆う大きな穴が生じた。


 マージは穴に落ちた瓦礫をせっせとどかして宝箱を見つけた。


「むっ、これは・・・」


「どうしたのマージ?」


「降りて来てくれればわかる」


 司は穴の中にいるマージが梟紳士形態になって宝箱を持ち上げなかったことため、何事があったのかと訊ねたところマージはここに来ればわかると告げた。


 司はひょいひょいとマージのいる場所まで降りて、マージが宝箱を持って帰って来ない理由を理解した。


「なるほど。留め具で地面に固定されちゃってるんだね」


「うむ。モルガナがこの場で開けなければならないようにしたのだ。勝手に開けるのも不味いと思って司を呼んだ」


 マージの言い分を聞いてからモルガナを手招きして呼んだ。


「な、なんでござるか? 別に拙者は悪いことはしてないでござるよ」


「そんなに怖がらないでよ。僕はいくつか質問がしたいだけなんだ」


「質問でござるか? 一体何を訊きたいのでござる?」


「宝箱の耐久性について訊きたいんだけど、僕達が攻撃したら宝箱は壊れる?」


 司が型破りな方法を選ぼうとしていることに気付き、モルガナはドヤ顔で答える。


「何をしたって無駄でござるよ。宝箱だけは力業で壊せないようにダンジョン内限定で通路や壁、天井の倍は耐久力があるでござる」


「そっか。それを聞けて安心したよ。マージ、一旦この穴から出たら宝箱に<緋炎柱クリムゾンピラー>を放って」


「任せよ」


 司達が穴から出た後、マージは言われた通りに<緋炎柱クリムゾンピラー>を発動して宝箱を緋炎の柱で覆った。


「何をやっても無駄でござるよ。その程度の攻撃じゃ宝箱は壊せないでござる」


「じゃあ、モルガナがあの炎の柱を消すぐらいの<冷獄吐息コキュートスブレス>を放ってよ」


「拙者がでござるか?」


「うん。まさか、協力しないとか手加減するなんてことはないよね? 僕達のパーティーに派遣されてるんだし」


「わ、わかったでござる」


 モルガナは司に言われて<冷獄吐息コキュートスブレス>を放ち、炎の柱ごと宝箱を凍らせた。


 ここで手加減のような非協力的な態度を取れば、その様子を藍大に報告されて舞のハグの刑に処されてしまう。


 そんなことになりたくないからモルガナは敵モンスターを凍えさせると同じ威力でブレスを放った。


 <冷獄吐息コキュートスブレス>が止んで炎の柱が音を立てて崩れ落ちても、その中にある宝箱は無傷であり、モルガナは司が何をしたいのかわからなかった。


「マージ、もう一度<緋炎柱クリムゾンピラー>を使って。ただし、今度は蒸発させるぐらいでよろしく」


「わかった」


 再びマージは<緋炎柱クリムゾンピラー>を発動し、司の言う通り散らばった氷の塊を一瞬にして蒸発させた。


 そのタイミングで司はゲイボルグ=レプリカを宝箱目掛けて投擲した。


 投擲した後で分裂したゲイボルグ=レプリカだったが、それらすべてが宝箱にぶつかると留め具から外れて倒れた。


「どういうことでござる!?」


「僕の狙いは最初から留め具だったんだよ。熱したり冷やしたりを繰り返して、留め具を歪めることだったんだ。予想よりもずっと早く結果が出たけどね」


「しまったでござる! 宝箱だけに注意し過ぎて留め具のことは考えてなかったでござる!」


 モルガナは司の狙いに気付いて頭を抱えた。


 そうしている間にマージが程々に冷ました宝箱を梟紳士形態になって穴から拾って帰って来た。


「司、早く宝箱開けようぜ!」


「サクラさんに開けてもらわないの?」


「俺達が見つけたんだ。サクラさんに頼らず中身の宝を手に入れたいじゃんか」


「見つけたのはマージだけどね」


「細けえこたぁいいんだよ!」


 痛い所を突かれた健太が勢いで誤魔化した。


 司とマージ、モルガナはジト目で健太を見ていたが、アスタだけは別になんだって良いじゃないかとフロントダブルバイセップスを披露していた。


 結局、ここで宝箱を開けることになってその役割はこの中で最もLUKが高いアスタが務めることになった。


「まさかアスタにLUKで負けてたなんてね」


「司、負けてるのはLUKだけじゃねえぞ。筋肉もだ」


「それは勝負してないから別に良いんだよ」


「オープン!」


 アスタがモストマスキュラーから豪快に宝箱の蓋を開けたところ、その中には白い液体の入った瓶が入っていた。


 マージがそれを素早く<学者スカラー>で鑑定して苦笑する。


「マジックプロテイン。飲んだ者のSTRとVITを現在の10%上昇させるだけでなく、全身の筋肉をワンランクアップさせるらしい」


「ファンタスティック!」


 マージの告げる鑑定結果に喜んだのはアスタだけだ。


 それ以外のメンバーは微妙な表情である。


 折角宝箱から出て来たのが特殊とはいえプロテインなのだから仕方あるまい。


 マジックプロテインはアスタ以外誰も欲しがらなかったため、この場でアスタが飲み干した。


「漲る! 漲るぞぉぉぉぉぉ!」


 アスタは次々とポーズを決めて自身の筋肉がワンランクアップしたことを実感した。


 ちなみに、今のアスタのステータスは以下の通りである。



-----------------------------------------

名前:アスタ 種族:ザガン

性別:雄 Lv:100

-----------------------------------------

HP:3,500/3,500

MP:2,700/2,700

STR:3,300

VIT:3,300

DEX:2,500

AGI:2,500

INT:0

LUK:3,500

-----------------------------------------

称号:藍大の従魔

   融合モンスター

   ダンジョンの天敵

   到達者

   筋肉導師

二つ名:派遣されしマッスル

アビリティ:<破壊斬撃デストロイスラッシュ><破壊投擲デストロイスロー

      <破体術デストロイアーツ><長呼気砲ブリーズキャノン

      <絶対注目アテンションプリーズ><全激減デシメーションオール

      <等価交換エクスチェンジ><賛筋昂耐マッスルインプライド

装備:アダマントデストロイヤー

備考:筋肉が、筋肉が喜んでるぞっ

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 アスタは相変わらずINTが0だがそれを補えるだけの身体能力を有している。


 一見、<長呼気砲ブリーズキャノン>が魔法系アビリティのように見えてしまうかもしれないが、これは大きく息を吸ってから勢いをつけて息を吐き出すだけのアビリティだ。


 しかし、筋肉モリモリでSTRが3,000もあるアスタの肺活量から放たれる吐息は突風なんて生易しく感じられる威力だろう。


「このままだと興奮したアスタが大変なことになるかもしれないし、早くフロアボスを探そう」


「「異議なし」」


「賛成でござる」


 司達はアスタにマジックプロテインで上がった能力値と筋肉を確かめさせるべく、フロアボスの探索を始めた。


 ダイスチェンジャーとマトンチャリオットが出て来ても、アスタが単独でサクサク倒していく。


 その戦闘音を聞きつけたのか、通路の奥からチェーンソーを持ったモノアイの機械巨人が現れた。


「キリングフレームLv85。”首狂い”の称号あり」


 ”首狂い”の称号は敵の首を切断しやすくなるバフが生じる代わりに、それ以外の部位を攻撃するとバフによる強化が反転してデバフに代わる効果がある。


 マージがキリングフレームについて端的に説明している間、キリングフレームはチェーンソーを構えてどの首を斬り落とそうか吟味していた。


 そんなキリングフレームを前にしてアスタが一歩前に出る。


「筋肉最強筋肉最強筋肉最強! Look at me!」


 <賛筋昂耐マッスルインプライド>で力を高めてすぐにサイドチェストで<絶対注目アテンションプリーズ>を発動すれば、キリングフレームがアスタを狙わないはずがない。


 アスタを狙ってキリングフレームが前進するのに対し、アスタは大きく息を吸い込んでから<長呼気砲ブリーズキャノン>を放った。


 その時、轟音と共にアスタの口から息が吐き出され、キリングフレームの頭部と胴体の接合部が壊れて一瞬にして吹き飛んだ。


 首無しになったキリングフレームをそのまま放置することなく、手に持っていたアダマントデストロイヤーで一刀両断すれば、アスタは勝利のサイドトライセップスを決めた。


「うわぁ」


「これはヤバいわ」


「脳筋ここに極まれりだな」


「拙者、この結果は予想してなかったでござる」


 この後、アスタが魔石を貰って<破壊斬撃デストロイスラッシュ>が<致命斬撃クリティカルスラッシュ>に上書きされた。


 時間もそろそろ昼になるので探索を切り上げたが、今日の探索で一番充実した表情なのは間違いなくアスタだった。

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