第875話 周りの目ばかり気にしたって息苦しいだけだよ

 翌日の1月11日の日曜日、国際会議は2日目を迎えた。


 本日のプログラムは定番の流れで午前が各国の冒険者の模擬戦であり、午後はオークションの後に懇親会だ。


 模擬戦を行うために参加者全員が朝から訓練室に集まっている。


 藍大に同行するメンバーはサクラとゲンという昨日のメンバーに加え、リルも加わった。


 昨日は2回もリルがひょっこり会場に現れたため、どうせちょくちょく現れるならば最初から一緒の方が良いだろうと藍大が言ってサクラも納得したからそうなった。


 リルは藍大と一緒にいられるのでとても機嫌が良さそうに尻尾を振っている。


「リル、ご機嫌だな」


『ご主人と一緒だもん。昨日は一緒にいられる時間が短くて寂しかったよ』


「・・・愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルが嬉しいことを言ってくれるから、わしゃわしゃとリルが喜ぶ撫で方をした。


「もう、主ってばまたリルばっかり構う。そういうのは良くない」


「ごめんよ。でもサクラさんや、後ろから抱き着くのはわざとだよね?」


「当ててんのよ」


「うん、知ってる」


 藍大に構ってほしいサクラは藍大の後ろから抱き着き、自分の胸を藍大の背中に押し当てた。


 これには藍大もポーカーフェイスを維持するのが大変だったが、リルを撫でてどうにか煩悩を退散させることに成功した。


 そこに茂が声をかける。


「ちょっと目を離すとすぐにじゃれ合うなぁ」


「仲良きことは良いことだろ」


「そりゃそうだけどな。だが、周りから見られてるってことは考えた方が良いんじゃね?」


 茂の言い分に対してサクラとリルがキリッとした表情で反論する。


「私が主に甘えるのは従魔として正当な権利だから問題ない」


『周りの目ばかり気にしたって息苦しいだけだよ』


 サクラとリルの言い分も理解できるため、茂はそれに反論することなく代わりに溜息をついた。


 定刻になって模擬戦の進行と審判を自分が務なくてはいけないから、藍大達だけに構っていられないという理由もある。


「これより模擬戦を行います。最初に戦いたい人は挙手して下さい」


『『『はい!』』』


 手を挙げたのはCN国のシンシアとG国のマリッサ、N国のインゲルだ。


「私には同時に見えました。戦いたい相手を教えて下さい。マッチングした場合はそちらを優先させていただきます」


 自分の目には誰が速く手を挙げたか判断できなかったので、茂は戦いたい相手が一致していたらその組を優先することにした。


 ところが、茂の予想はある意味裏切られることになった。


『東洋の魔神との戦いを希望する』


『師匠と戦いたいです』


『師匠との勝負させて下さい』


 全員が藍大を指名するという結果は想定外だったので、茂は藍大の方を向いた。


 藍大は特に驚くこともなくサクラに訊ねる。


「サクラ、やれる?」


「やれるよ」


「わかった。じゃあ、サクラがまとめて相手する」


『なんという余裕だ』


『1対3ですか』


『負けませんよ』


 藍大からの提案にシンシア達は驚いた。


 まさか、まとめて相手をすると言い出すとは思っていなかったからである。


 話がまとまって藍大達と連合チームが1階に残り、それ以外が2階に移動した。


 シンシアはカーバンクリオンのヴィオラを召喚し、マリッサはフェンリルのアリシアを召喚した。


 この2体は藍大も見たことがあったが、インゲルが召喚した一本角を生やした深紅の毛皮の栗鼠は藍大にとって初見だった。


 それゆえ、藍大はすぐにモンスター図鑑を視界に映し出してそのステータスを確認した。



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名前:ルビー 種族:マギラタトスク

性別:雌 Lv:100

-----------------------------------------

HP:2,000/2,000

MP:3,000/3,000

STR:2,000

VIT:2,000

DEX:3,000

AGI:3,000

INT:3,000

LUK:2,500

-----------------------------------------

称号:インゲルの従魔

   歩く魔導書

   希少種

   英雄

二つ名:堅実騎士の懐魔術師

アビリティ:<紅蓮鞭クリムゾンウィップ><重力隕石グラビティメテオ><紫雷円陣サンダーサークル

      <暴君竜巻タイラントトルネード><囮磁弾デコイマグネット><音速移動ソニックムーブ

      <大賢者マーリン><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:あ、あの、サクラ様マジ強いんですけど戦わなきゃ駄目ですか?

-----------------------------------------



 (ルビーがサクラにビビってるけどこのまま戦って良いの?)


 ルビーは<大賢者マーリン>でサクラのステータスを確認したらしく、模擬戦とはいえサクラと戦わないといけないのかと悲壮感が出ていた。


『ルビー、メンタルで負けちゃ駄目!』


『そんなこと言ってもしょうがないじゃないの。サクラ様強過ぎ』


 ルビーが怯えているのを見てヴィオラがペシッとルビーを叩いた。


『甘ったれてるんじゃないわよ! これは模擬戦なの! 1対1じゃ戦いにならなくても3対1ならわからないでしょ!』


『・・・わかった。やるだけやる』


『それで良いのよ』


 ヴィオラに活を入れられたルビーは戦う気になった。


 アリシアはサクラが相手とわかって震えているけれど、それは武者震いだったのでヴィオラの説教ビンタを受けずに済んだ。


 サクラはいつでも戦える準備ができていたので、連合チームの準備が整ったと判断して茂は戦闘開始の合図を出す。


「模擬戦第一試合始め!」


「私に一撃掠りでもしたらそっちの勝ちで良い。先手は譲ってあげるからかかってきなさい」


 ここまで言われてムッとしないはずがなく、ヴィオラが<闘気鎧オーラアーマー>で体を強化した。


 ヴィオラが派手に自身を強化している間にルビーが<音速移動ソニックムーブ>でサクラの背後を取り、発生の速い<紫雷円陣サンダーサークル>で攻撃を仕掛ける。


「速さで勝負するならリルぐらい速くなりなさい」


 サクラはそう言ってルビーが放った円状に広がる雷を<深淵支配アビスイズマイン>で包み込んで消滅させた。


『ここだ!』


 アリシアはルビーの攻撃に対処して隙ができたと判断し、サクラの死角から<狙撃魔弾スナイプバレット>で狙撃する。


『えっ!?』


 驚きの声を漏らしたのはヴィオラだった。


 ヴィオラはアリシアの攻撃が避けられることを見越してサクラに接近中だったのだが、自分の体が操られるようにしてアリシアのエネルギー弾からサクラを守る位置まで移動させられてしまったのだ。


 <闘気鎧オーラアーマー>でアリシアの攻撃を軽減できたから良かったけど、もしも素の状態だったなら急いで回復しなければならなかっただろう。


 ヴィオラはアビリティを使えても体を微塵も動かせず、悔しそうな表情をしている。


 意図して攻撃した訳ではなくとも、結果的にヴィオラを攻撃してしまって固まってしまったアリシアはといえば、突然地面に這いつくばることになった。


 ヴィオラの体を移動させたのもアリシアを地面に押し付けたのも、サクラの<十億透腕ビリオンアームズ>が原因だ。


 ヴィオラとアリシアが動けなくなり、残るは自分だけという段階でルビーは打つ手なしだと判断した。


『降参する』


「そこまで! 第一試合、勝者は逢魔藍大&サクラ!」


 ルビーの降参宣言を受けて茂が勝負の決着を知らせた。


『圧倒的じゃないか魔神の筆頭従魔は』


『敵対しなくて本当に良かったです』


『数的不利をものともしないなんて神様は違うわね』


 観戦していた者達が戦慄している中、藍大は模擬戦を終えて戻って来たまま抱き着くサクラを労う。


「お疲れ様。最初に立ってた場所から動かずに勝利するとは流石だな」


「私が勝つのは当たり前。この模擬戦は私に逆らうとどうなるか少しだけ観客達にわからせるためのショーだった」


「魔王だった頃の俺よりも魔王プレイしてるなぁ」


『ご主人の魔王は従魔の王様だから意味合いが・・・、なんでもないよ』


 サクラのやり方が魔王のように力でマウントを取るものだったから、藍大はかつて自分が”魔王”の称号を獲得していた時よりもサクラの方が魔王っぽいと言った。


 リルはこれ以上言ったらわかってるねとサクラに目で訴えられ、自分の発言を取り消した。


 流石のリルもサクラとやり合えばただでは済まないから、サクラに睨まれてなおコメントを続けるつもりはないらしい。


 それはさておき、模擬戦第一試合が終わったから藍大達も連合チームも2階へ移動して次の試合のために会場を空けた。

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