第873話 ならばやるしかあるまい! 調教士増員計画!

 神に関する話なら必ずソフィアは発言するだろうと誰もが思っていたが、やはりその予想は外れなかった。


『ランタ様に質問です。どのようにすれば第二の邪神の誕生を阻止できるでしょうか?』


「大きく分けて3つの手段があるでしょう。1つ目は負の感情を抑えることです。生物に負の感情が起きにくくするようにコントロールするか、負の感情が生じる原因を取り除くかというところが挙げられますね」


 生物が抱く負の感情を抑え込めることができるなら、負の感情が自然に発散される分と相殺して邪神の誕生を防げるかもしれない。


 やり方を選ばなければ洗脳や薬学的アプローチで負の感情を閉じ込めるなんてこともできるだろうが、それはやってしまった瞬間から対象者に歪みが生じかねない。


 アプローチの方法については要検討である。


 藍大は指を2本立てて話を続ける。


「2つ目は負の感情の発散を促進させることです。生物が複数存在する以上、比較によって負の感情が生じるのは仕方のないことです。であれば、抱いた負の感情を大きくすることなく発散させれば良いだろうという考え方ですね」


 1つ目に出した手段と比べ、2つ目に出した手段の方が人道的あるいは自然と言える。


 抑え込むことも大事だが、生じた負の感情を発散させる仕組みや手段を講じる方が健全なのだ。


 例えばスポーツで昇華させるとか、趣味に熱中するとかでも負の感情は発散されるだろう。


 こちらは上手くいけば文化や産業の発展にも繋がるから、この手段を選ぼうとする者は多いはずだ。


 各国の代表者達が自分だけの思考の海に入ってしまわぬように、藍大は3本目の指を立てる。


「3つ目は負の感情に手を加えかねない悪神や負の感情を取り込もうとする神を討伐することです。もっとも、この手段は神殺しになりますから実現できるのは各神話の神や私達新神ぐらいでしょう」


『神殺し・・・。魔神様はる気なのか?』


『既に邪神を倒してるんだ。邪神未満を殺せない道理はないか』


『実は神殺しの手段も既に用意されてたりなんてしないですよね?』


 (ゴッドスレイヤーがあるんだよなぁ。地下神域の神殿に封印されてるけど)


 本人は冗談半分で口にしたのかもしれないが、とある参加者が一般的に隠された事実に辿り着いていた。


 ドライザーが作った藍大の神器であるゴッドスレイヤーがあれば、神殺しは実現可能だ。


 各国の参加者達は藍大には既に悪神に見当がついており、倒す準備をしているのではないかと思っていた。


 それでもそんなことを口にすれば不敬だろうとも思っているため、間違ってもその想像を口にすることはない。


 藍大から3つの手段を聞いたソフィアは質問を続ける。


『追加質問です。ランタ様はその3つの手段の内、どの手段を選ぶべきだと考えてますか?』


「この場にいる皆さんに協力いただける手段であることから、2つ目の負の感情の発散促進じゃないですね。1つ目は生物の心に負担がかからない方法を探すのは大変でしょうし、3つ目はできる者が限られてますから」


 藍大の答えを聞いてシンシアが立ち上がった。


『ならばやるしかあるまい! 調教士増員計画!』


 (それを言い出すなら貴女だと思ってましたよ、シンシアさん)


 シンシアの言ってやったぜと言わんばかりの顔を見て、藍大は心の中で苦笑した。


 その時、リルが藍大にテレパシーで話しかけて来た。


『ご主人、天敵2号がとんでもないことを言わなかった? 急に寒気がしたんだけど』


 (たった今、調教士増員計画を進めるべきだって熱弁してるぞ)


『そんな恐ろしい計画絶対に潰して!』


 (リルからしたらそうなるよな。でも、効果があるのは否定できない)


『クゥ~ン・・・』


 藍大に悲しい事実を突きつけられてリルは悲しそうに鳴いた。


 きっとシャングリラではリルが股の下に尻尾を丸めていることだろう。


 日本ではMOF-1グランプリが国内最高の視聴率を記録したり、モフランドやモフリパークの来客数が高止まりしているから効果があるのは間違いない。


 というよりも、志保がこの議論を見守りながらとても良い笑顔でアルルを撫でているのが何よりも効果がある証明になっている。


 外国ではCN国の国民が100%モフラーだから、モフモフと戯れられる機会が増えれば負の感情はどんどん発散されるだろう。


 他の国だって可愛いモフモフがいれば癒しになるし、調教士が増えることで国内で流通するダンジョン資源が増えるだろうから悪くない計画なのだ。


 藍大とリルがテレパシーで話している間にもシンシアは調教士増員計画を熱弁した。


 一般人も冒険者も関係なく調教士になれば皆が幸せになれるという発言には宗教染みたパワーすら感じる程である。


「主、これを予想して奈美に依頼を出してたんだね」


「そんなところだ」


 サクラが言っている奈美への指示とは、転職の丸薬の作成のことだ。


 テイマー系冒険者に転職できるは今のところ、超人になった時にそのように覚醒するか、生まれた時からそうなっているか、転職してなるかのどれかしかない。


 前の2つは手の出しようがないとすれば、おのずと残る1つの方法が注目を集めるだろう。


 転職の丸薬に注目が集まるのは良いが、その現物がないことによって負の感情が大量に生じる可能性は否定できない。


 したがって、藍大は奈美に今作れる種類のテイマー系冒険者の転職の丸薬を作ってほしいと依頼した訳だ。


 現時点で奈美は調教士と鳥教士、蔦教士、釣教士に転職できる転職の丸薬を材料さえあれば作れる。


 誰かがテイマー系冒険者を増やそうと言い出した時、多くの者の嫉妬によって負の感情が世界において増えたとしても、テイマー系冒険者が増えて従魔をその者以外と交流させれば負の感情の発散が促進されるはずである。


『ということで、私はもっとモフラーを増やしたい! モフラーが増えればモフモフを通じて世界は幸福感で満たされる!』


『モフモフ、良いかも』


『モフモフ、欲しい』


『触りたいな、モフモフ』


 会場内ではシンシアのせいでモフモフと戯れたいと思う者が増えていた。


 アルルを抱っこしている志保を見て、エアーモフモフし始めた者がいるのは確実に重症と言える。


「こいつはヤバいな」


「リルには見せられない」


 違いないと藍大もサクラも同じように頷いた。


 リルがエアーモフモフしている者達を見たら、藍大の膝の上でブルブル震えるに違いない。


 今回は本当にリルが藍大に同行しなくて良かっただろう。


 それはそれとして、モフラーが布教を始めれば対抗心を燃やす雑食神なる者がいる。


「待って下さい。モフモフだけが負の感情を発散させると考えるのは早計です。汝、雑食を受け入れなさい。未知の食事は人生を彩ります」


 (こっちはこっちでまたなんか始まっちゃったよ)


 突然神託を出し始める雑食神に会場内は3人を除いて混乱した。


 3人とはザッショク教国のDMU本部長とT島国の代表2人だ。


 雑食教を進行する彼等にとって、雑食神の教えは騒がず静かに受け入れるものだから、彼等は手を組んで祈りをささげるポーズを取っていた。


 これ以上は収拾がつかなくなると判断し、時間を無駄にしたくないサクラが行動に移った。


「静まりなさい」


 サクラがそう言った直後に会場が静かになった。


 何が起きたのかと言えば、サクラが<十億透腕ビリオンアームズ>で藍大以外の体を拘束して口も塞いだのだ。


 つまり、力技で黙らせたのである。


 この場においてサクラに敵う者はいないので、当然1人残らず静かになる訳だ。


「主がわざわざこの場に来たというのに無駄な時間をこれ以上過ごさせると言うならば、私は主を連れて帰る。調教士増員計画も雑食も案として出て来たことは否定しない。それ以外にないの? ないなら具体的にどうすれば負の感情を発散できるか議論しなさい」


『『『・・・『『Yes ma'am!』』・・・』』』


 逆らえばどんな目に遭うかわかったものではないから、藍大以外の者達が声を揃えて返事をした。


 この後しばらく真面目にブレインストーミングが行われ、試しにいくつかの実践しやすい案が実行されることになった。


 議論が進む中、サクラが良い仕事をしたと満足そうな表情で藍大と椅子を近づけて藍大の肩に体重を預けていたのだが、誰も指摘できる者はいなかったと言っておこう。

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