第872話 貴方も人間ですよね? 何様のつもりですか?

 昼休憩が終わって国際会議は午後の部に突入した。


 1日目の午後は用意されたテーマに対して議論する時間である。


 スクリーンに最初のテーマが投影された。


 司会進行は例年通りに開催国のDMU本部長である志保が担当する。


「最初のテーマは冒険者と一般人の格差問題です。各国から事前に状況の連絡を受けておりますが、先進国は特に一般人から冒険者を危険視する声が上がりつつあります。今後、世界が平和になればなるだけその声が大きくなると考え、この場で議論できればと思います」


 ここで言う一般人はDMUに所属している超人ではない者達を除く。


 つまり、志保は覚醒していないがDMU関係者なので冒険者を危険視して声を上げる者に含まれない。


 各国の代表者達は最初にこの話題が来たかという表情になった。


 変に間を空けると隣同士で喋り出す者が出て来る可能性があるので、志保はそのまま話を続ける。


「まず、日本で出て来た声を一部紹介しましょう。例えば、『他国と比べてスタンピードも起きなければ新しいダンジョンも発見されていない今、冒険者が今までと同じだけ必要なのか』とか、『武装して歩いてる人を見ると怖い』なんて声がありました」


『贅沢な言い分だ』


『我が国でもそんな風に言ってみたいですね』


 そのように呟いたのはD国とF国のDMU本部長だった。


 2人が反応した理由だが、両国とも陸地のダンジョンは新しいダンジョンが見つかることはなかったが、海中に見つかるケースがあってスタンピードにならないように大急ぎで対応した経緯があってのことである。


 日本は北都府も含めて全て領域内のダンジョンが発見されており、大手クランもしくは中堅中小規模でも上位層のクラン、DMUのいずれかがダンジョンを管理している。


 それゆえ、ダンジョンでスタンピードが起きる可能性もなく、安心してダンジョン探索が可能な状況だ。


 また、D国もF国も直近までスタンピード対策で冒険者が忙しなく活動していたため、武装している人を外で見かけない日はなかったのだから、日本の一般人の言い分は平和ボケしているという認識になる。


 少し苛立った表情になるのも仕方のないことだろう。


 志保は更に話を続ける。


「無論、ダンジョン資源は今の日本にとって欠かせませんから、冒険者の方々には頑張っていただく必要があります。その事情は理解されておりますので、冒険者は必要か不要かという質問や冒険者の数を減らしてダンジョン資源の確保が遅れても良いかという質問ではそれぞれ必要と良くないという回答が100%でした」


『危険視はするけれどいなくなっては困るという身勝手な考えが見えますね』


『わが身可愛さに正論だと思うことを振りかざすのは人間の悪い癖です』


 (貴方も人間ですよね? 何様のつもりですか?)


 藍大は人間という言葉を使ったT島国のDMU本部長に心の中でツッコんだ。


 その発言ができるのは神や従魔だけじゃなかろうかと思うのは当然である。


「皆様の国ではどんな声が上がってますか? 教えていただける方がいれば挙手して発言して下さい」


 志保が話を振れば、CN国のDMU本部長が手を挙げて発言する。


『CN国では冒険者は調教士になるべきだから、魔神様に額が擦り剝ける程土下座して転職の丸薬(調教士)を大量に確保すべきなんて一般人の声がありました。これには武装を恐れる点もありますが、モフモフでもっと国を溢れさせたいという願望が多分に含まれてますね』


 (流石モフラーの国。考え方が違うわ)


「リルがいたら主の膝の上で震えそうだね」


「それな。リルがここにいなくて良かったよ」


 サクラの言う通りだと藍大は頷いた。


 ちなみに、同時刻のシャングリラでは何かを察してブルッと体を震わせるリルの姿があった。


 リルはその原因を国際会議にあると察して藍大にテレパシーを送って来た。


『ご主人、何かとんでもない発言が国際会議でされなかった?』


 (CN国が俺に土下座して冒険者をもっと調教士に転職させるべきだってさ)


『・・・ご主人、CN国を極めて穏便に黙らせることはできないかな? 天敵だらけの国ができるのは阻止したいよ』


 (リル、落ち着け。CN国だけ贔屓するなんてしないから実現しないぞ)


 藍大とリルがテレパシーで会話しているのを察し、むすっとした表情のサクラが隣の席から藍大の手の上に自分の手を重ねる。


「主、リルと話してばかりは狡い。私のことを忘れないで」


「わかったから指を絡めようとするのをやめようか」


 会議中にもかかわらず悪戯を仕掛けて来るサクラに対して、藍大はここでやることじゃないぞとやんわり注意した。


 そうしている間に今度はI国のDMU本部長が挙手して発言していた。


『嘆かわしいことですが、I国では一時期おとなしくしていたマフィアが職業技能ジョブスキルに目覚めた者達を中心に犯罪行為をするケースがちらほら出て来ました。それもあって、冒険者を危険視する声が出ております』


 日本では暴力団と道を踏み外した冒険者が藍大のパーティーを恐れて旧SK国に逃げ、海を越えた先で”大災厄”のシトリーに殺されて喰われた。


 それ以降、犯罪組織は日本から存在しなくなった。


 藍大達がいる以上、日本で裏社会を牛耳るなんてことをしてもやらかし三大国を襲った不幸がその身に降りかかる可能性が高いからだ。


 そう考えるとI国で起きている状況は日本の前例を参考に対処すべきだと言えよう。


 マフィアが国内で活動できない程に人と物、金、情報の動きに気を付け、何かあれば国内トップの冒険者が制圧する姿勢を見せればおとなしくなるだろう。


 特に神の恩恵を得ている聖女ソフィア=ビアンキの発言や行動は注目の的なので、彼女がマフィアを撲滅しようと言えばI国でマフィアは過ごしにくくなってやがて解体する可能性が高い。


 マフィアさえいなくなれば、I国では過剰に一般人が冒険者を恐れることはなくなるはずだ。


 その後も各国で出た声を共有した後にザッショク教国の番になったが、この国で出た声は他の国々とは異なった。


『ザッショク教国では食料の確保が急務です。したがって、武装してるから怖いなんてことはなく、少しでも栄養豊富なモンスター食材を手に入れられるよう全国民が武装しております。一般人が武装に怯えるなんてことはありません』


 (ザッショク教国はいろんな意味で危険だろうな)


 雑食教が国教になっていることも怖いが、元々拳銃の保持が認められる国だったこともあり、一般人すら武器を持ってダンジョンに突っ込むのだからザッショク教国は恐ろしい。


 雑食神の教えを勝手な解釈で歪め、他国に雑食を布教するためなら武力衝突も厭わないなんてことにならないことを祈るばかりである。


 各国から一通りどのような声が出たか共有してもらってから、志保は懸念事項について口にする。


「皆様、共有いただきありがとうございました。この場で冒険者と一般人の格差から出て来る声の話をしましたが、これをテーマとして提示したのは理由があってのことです。逢魔さん、お願いできますか?」


 神格関連の話を志保がすると誤った解釈のまま進めてしまう可能性があるため、ここから先は藍大にバトンタッチした。


「わかりました。冒険者と一般人の格差から出る声に注意すべきと考える理由ですが、負の感情の集合を原因とした第二の邪神誕生を阻止するためです」


『第二の邪神・・・ですって・・・?』


『新たに邪神が現れるというのですか?』


『なんということでしょう』


 会場内が一瞬にしてざわついた。


 邪神が倒されてもう安心と思ったところに第二の邪神の話をされれば無理もない。


 ざわつく会場に対してサクラがピクっと反応すると、会場がすぐにしーんと静かになった。


 各国の代表者達は藍大の発言の邪魔をすればただじゃすまないと判断したのだろう。


「これは邪神をよく知る神様に伺った話ですが、負の感情の集合体自体が邪神になったりモンスターになることはないそうです。しかし、そこに悪神が手を加えたり神がそれを取り込んで邪神になることはあり得るとのことでした。適度な嫉妬は健全な競争のきっかけとなりますが、度を超せば邪神の素になりかねません」


 そこまで藍大が話したところでI国のソフィアが挙手した。


 (やっぱりビアンキさんが手を挙げたか。何を言って来るかな?)


 藍大はソフィアが手を挙げるだろうと予測していたが、それが実現したので彼女の発言を待った。

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