第871話 大変だなぁ。さて、弁当の時間だ

 各国からの報告が終わり、午前のプログラムが終わったところで藍大達は当然の如く茂の部屋を訪れていた。


「茂の部屋、やってる?」


「そんな番組はどのチャンネルでも放映されてないが、とりあえず中に入れ」


「お邪魔します。”楽園の守り人”のホームページでアップロードするという方法があるんだけどどうする?」


「やらんでよろしい。今ですら時々DMUに用事があって来た冒険者が聖地巡礼とか言って扉の前まで来たんだからな? これ以上燃料を投下しないでくれ」


 DMUの隊員は聖地巡礼なんてくだらないことを言い出せば、この組織で実質2番目に偉い茂に睨まれるのでそんなことはしない。


 しかし、冒険者はDMUに属していないから折角入ったDMUで一度は茂の部屋を拝んでおくかと軽い気持ちで前を通りかかるのだ。


 茂が部屋の外に出た時、偶然外部の冒険者がそわそわしながら自分の部屋の前を行ったり来たりする姿を見てしまい、何とも言えない気分になったのは別の話である。


「大変だなぁ。さて、弁当の時間だ」


「お腹空いた」


「空腹」


「自由か!」


 茂のツッコミが部屋に空しく響いた。


 ゲンもいつの間にか<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除しており、弁当を食べる気満々である。


 茂もツッコんだ後は慣れたもので藍大達と同じく弁当を鞄から取り出した。


 今日も今日とて千春の愛妻弁当だ。


「千春さん、今日は頑張ったんだな。重箱じゃん」


「そりゃ藍大が重箱を持って来るからだろ。俺だけで食べきれなかったら藍大達とシェアしてくれってさ」


「なるほど。じゃあ、俺の方も食べたいのがあったら摘まんでくれ」


「おう。サンキュー」


 食いしん坊ズがいたならば、こんなにのんびりと会話をしながら食べられなかったけれど、今日はいないので弁当をシェアすることだってできる。


 逢魔家と芹江家の弁当に舌鼓を打ちつつ、茂は藍大に訊ねる。


「んで、午前中の各国の報告ではどこのやつが気になった?」


「ネタ枠と真面目枠のどっちから聞きたい?」


「何その切り返し。ネタ枠ってあれか? ザッショク教国?」


 ネタ枠と聞いてザッショク教国が真っ先に挙げられるのは立国の経緯も考えると仕方あるまい。


「それそれ。ザッショク教国は驚く程A国の色が薄まってたぞ。そうだよな、サクラ?」


「うん。主相手にイキることなく、雑食によって国の復興が進んでる様子を真面目に報告してた」


「ぐちゃぐちゃになった国内を安定させるべく、藍大という時代の中心に要らないと言われた国は雑食神を支えにして復興したのか」


「食糧事情が改善しただけじゃなくて、モンスターを狩る冒険者達の目が違った。発表資料に動画が埋め込まれてたんだけど、冒険者達がどんなモンスターでも喰ってやるって感じだった」


「なんじゃそりゃ。ザッショク教国ヤバいな」


 藍大とサクラの話を聞き、茂はザッショク教国が想像以上に雑食教に染め上げられていることを知って戦慄した。


「ヤバいだろ。だって、動画内で『汝、雑食を受け入れなさい。食べれば食べる程汝は強くなる』とか聖句らしきものを唱えてる奴がいたし」


「虫を食べるのが理解できないけど、彼等が虫を食べ尽くしてくれたら世界が平和になると思った」


「サクラさんは虫系駄目だもんな。聖句については聞かなかったことにするわ。それで、真面目な方はどうなんだ?」


 雑食のことはもう良いから、各国の報告で藍大が注目した話を知りたいと茂は口にした。


 藍大もこれ以上ネタ枠の話をする気はなかったから、真面目に気になった話について話すことにした。


「複数の国が神のいる神域を見つけられてたのは良い傾向だな。でも、俺達が邪神を倒して切羽詰まった状況を抜けられたからか、どの神様も試練を用意してるっぽいぞ」


「試練か。それって藍大達が受けた菊理媛様や思金様の神域みたいな感じ?」


「知恵や知識を試すのもあれば、純粋に戦闘力を試す神様もいるらしい。神が用意した門番を中々突破できないって悔しそうにしてた」


「きっと試してる神も嘆いてる。この程度の試練も越えられないのかって」


 サクラの場合、舞とは違う意味で常識からかけ離れた力を持っているので、各国の冒険者が神の試練を突破できないことに呆れていた。


 サクラ目線でヌルゲーだとしても、そこそこ強い冒険者でも試練の突破が難しいのではと思ったため、茂は藍大に実際のところはどうなんだと視線を向ける。


「テイマー系冒険者が協力しても試練を突破できないあたり、神も神で拗ねてる気がする」


「拗ねてる? 見つけるのが遅かったからムッとして難易度を上げてるってことか?」


「そーいうこと。まあ、報告を聞いた俺の感想だけどな」


「諸外国は大変だ。神の気まぐれで難易度が上がるなんて困った話じゃないか」


「日本だって気まぐれで従魔に迷惑をかけてる神がいるけど?」


 (もしかしなくても真奈さんのことじゃね?)


 サクラの反論に茂は苦笑するしかなかった。


 被害者代表のガルフのことを思うと、誰もが今度会った時に優しくしてあげようと思ってしまう。


「某モフ神のことはさておき」


「某とか言ってるけどモフ神は世界で1柱しかいないぞ」


「オホン、それはそれとして他に気になる報告はあったか?」


 雑食神の話の後に真奈の話をするのは疲れてしまうから、茂は藍大に他に気になったことはないか訊ねた。


「CN国民がモフモフ愛ゆえに調教士になれる羽化の丸薬みたいなものを研究してるってことは気になった」


「モフモフから離れられねえのかよ」


「ふざけてるように聞こえるかもしれないけど、午後の一般人と冒険者の格差に関する議論ではポイントになりそうだろ?」


「あー、そう言われると確かに。すまん」


 藍大がふざけているのではなく、真面目に気になったのだとわかって茂は詫びた。


 羽化の丸薬は旧C国が一般人を超人に覚醒させるために開発した薬品であり、その副作用として寿命が縮むというものがあった。


 その寿命に関する副作用を取り除き、一般人でも調教士になれる丸薬の開発に成功すれば世界を揺るがすだろう。


「ディオンさんが国民全員がモフラー調教士ならばみんな幸せになれるって熱弁してたぞ」


「やっぱりふざけてるだろ? そうなんだろ?」


「いや、ふざけてない。CN国はモフラーの国だからディオンさんの言い分も間違っちゃいない。限度を超えて振り切れちゃってるだけで」


「・・・CN国民の視点で考えてみれば、自分も周りもモフモフ従魔をテイムできれば自分だけモフモフ従魔がいないと暴れる者がいないって発想になるのか」


 限度を超えないようなレベルまで抑えて茂は考えてみた結果、CN国ならばそうなのかもしれないと納得できてしまった。


「とは言うものの、全員が国民全員が調教士になったらモフモフ従魔同士を競い合わせて違う争いが生まれそうだけどな」


「そこはもうしょうがないだろ。どうやったって大なり小なり争いは起きるさ。それが健全な競争なのか、相手潰すまでやる競争なのかでは意味が全然違うがね」


「国際会議での議論の結果によっては本格的に転職の丸薬の素材集めをしなきゃいけなくなるか?」


「流石に全員が全員調教士ってことはないだろう。鳥教士と蔦教士になりたいって冒険者もいると思うぜ」


 藍大が若干うんざりした表情で言うと、茂は気休めになればと思って調教士以外になりたいって言う冒険者もいるだろうと励ました。


 実際、”ホワイトスノウ”の有馬白雪に憧れて鳥教士になりたいと考えている者もいれば、”ブラックリバー”の黒川重治のように蔦教士になって貴重な植物を手に入れたいと考える者もいる。


 その他のテイマー系冒険者になりたい声だって少なくない。


 藍大のように種類を問わずモンスターをテイムできる従魔士になりたいと思う者もいるし、優月のように竜騎士になってドラゴンの主人になりたい者だっている。


「奈美さんが釣教士になれる転職の丸薬と鱗操士になれる転職の丸薬を開発した話ってしたっけ?」


「・・・」


 茂は藍大がサラッと告げた言葉によって表情が硬くなり、無言で胃薬を取り出して飲み込んだ。


「主、昨晩できたって奈美から言われたんだから、朝に伝えてなかったら話してないよ」


「そうだった。すまん、茂。昨晩完成したものだから連絡が遅れた。新しい転職の丸薬が完成したぞ」


 サクラが自分のド忘れしていた部分の記憶を補ったことにより、藍大は軽く謝ってからサラッと重大発表をした。


「サラッと言うなよ!」


 茂のツッコミが再び部屋に空しく響き渡った。

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