第869話 傲慢だったあの国はどこへ消えたんだ

 1月10日の土曜日の朝、藍大はサクラとゲンと共に八王子のDMU本部にやって来た。


 いつもは国際会議にリルを連れて来るのだが、偶には自分が行きたいとサクラが言い出したのでリルがサクラに譲ったのだ。


 移動については藍大がリルの<時空神力パワーオブクロノス>を使えるので、リルがいなくても問題ない。


 問題があるとすれば、会議が退屈な時に藍大はリルを撫でて時間を潰せないことだろう。


 流石に会議中にサクラとがっつりイチャイチャするのはTPOに反するし、神になったからと言ってそこまで傍若無人に振舞うつもりもない。


 なお、ゲンはいつも通りに<絶対守鎧アブソリュートアーマー>で藍大の護衛をしながらぼーっとするスタンスである。


 藍大達はDMUに到着してから応接室に通され、茂もすぐにその場にやって来た。


「おはよう藍大。2日間よろしく頼む」


「おはよう茂。意味のある議論をするならちゃんと参加するさ」


「時間の無駄だったら私が主に何をするかわからない」


「「え?」」


 サクラのまさかの発言に茂だけじゃなくて藍大も不安そうな表情をする。


「私はリルみたいにモフモフじゃないけど、主の膝の上に座って主に甘えだすかもしれない」


「サクラさんや、そんな新手の脅しは止めよう? 茂を見てみろ。国際会議用に用意した胃薬を飲んでなお胃が痛そうにしてるぞ?」


「サクラさん、お願いだ。それは勘弁してくれ。会場内を色欲テロされると大変なことになる」


 (エロテロじゃなくて色欲テロって言うあたり、言葉を選ぶ余裕はあるのか)


 藍大は茂を心配していたが、茂の言葉選びから案外まだ余裕がありそうだなんて思っていた。


 茂も胃痛の程度を演技で盛ることを覚えたのかもしれない。


 そのタイミングで応接室のドアをノックする音が聞こえる。


「失礼します」


 声の主はDMU本部長の志保だ。


 まさかのモフランドのアルルを抱っこしてのエントリーである。


 これには藍大がどういうことだと茂にジト目を向けた。


「そんな目で見ないでくれ。俺も止めたんだ。でも、吉田さんがアルルを国際会議に連れ込むメリットについて1日中プレゼンしようとしたから、仕事の邪魔をされるぐらいならと思って許可するしかなかったんだ」


 (そりゃリルに天敵認定されるって)


 志保の行動力が理由に今の状態があると聞き、藍大はリルが志保を天敵と認定しても当然だと改めて思った。


 現在のDMUは茂のおかげで”楽園の守り人”と極めて友好的な関係を築けており、茂がビジネスコーディネーション部長としての職責も果たしているから成り立っていると言える。


 そんな茂の時間を1日も奪ってモフモフを国際会議にアルルを連れ込もうとする志保の執念には恐ろしいものを感じた。


 だがちょっと待ってほしい。


 志保がアルルを連れ込みたいと思うきっかけは藍大にある。


 藍大がリルと一緒に国際会議に参加し、退屈な時はモフモフしているのを見たからこそ志保もアルルを国際会議に連れ込むために行動を起こしたのだ。


 そう考えるとなんとも言えない気分になり、藍大は溜息をつくしかなかった。


「おはようございます。今日はリル君と一緒じゃないんですね」


「リルはお休み。DMU本部長にエロい目で見られるのが嫌だからって私に交代してほしいって言って来た」


 サクラがちょっとがっかりしている志保に対して脚色した内容を伝えた。


 リルが志保にモフ欲を隠さない目で見られるのを嫌がっているのは事実だが、藍大と一緒にいられるなら我慢できる程度で欠席するまでではなかった。


 それでも今後の志保のリルに対する視線が少しでもまともになれば良いと思い、サクラは脚色してリルの欠席理由を述べたのだ。


「そ、そんな、私はリル君を吸いたいだなんて思ってませんよ!?」


「吉田さん、誰もそんなことを言ってないのに自爆しないで下さい」


 志保が勝手に自爆し始めたので、茂が額に手をやりながらツッコんだ。


 トップがぶっ飛んでいるとその次に偉い立場の者がその面倒を見ないといけないのだから大変である。


 茂は藍大に伝えておくべきことがあるのを思い出して話しかける。


「藍大、例の件だけど現実になってしまった」


「マジで? A国は正気なのか?」


「もうA国じゃない。ザッショク教国だ」


「雑食神恐るべし」


 何が起きたのかと言えば、A国が雑食神を崇める国になって国名も気持ちも変えるから国際会議に復活させてほしいと申し出があったのだ。


 A国は邪神討伐後も神を見つけられず、ペレについては一応A国の神だったがシャングリラに所属するようになったので神がいない国になっていた。


 そこでA国のDMUは国内で勢力が最も強い雑食教を国教に据えて国名を改め、国際社会での発言権を取り戻そうと動いたのである。


 去年まではまだ噂だったのだが、年明けになって急激にその動きが加速して国際会議に間に合わせる形でA国はザッショク教国になってしまった。


 それどころか、今日の国際会議にザッショク教国として参加することになっている。


 結果として、参加国は日本とCN国、E国、I国、D国、F国、T島国、IN国、EG国、G国、N国、ザッショク教国の12ヶ国になった。


「今日この場にいるザッショク教国のDMU本部長は雑食教の大司教だ」


「ん? 教皇はいないのか?」


「雑食神がいるのに教皇は名乗れないってことで、ザッショク教国の雑食教では大司教が運営上のトップらしい」


「忠誠心が強いな。ザッショク教国の冒険者って誰が来るの?」


「とっくにわかってるだろ?」


 普段日本にいる雑食神がザッショク教国の冒険者代表では無理があるだろうと思っての質問だったが、藍大は茂の言い方から答えを察した。


「雑食神が来ちゃうのか」


「ザッショク教信者にとって、雑食神を差し置いてザッショク教一番の冒険者を名乗れないらしいぞ」


「傲慢だったあの国はどこへ消えたんだ」


「俺もそう思うけど事実だ。ただ、雑食神は藍大と争って影響力を増やしたいと思うような神じゃないから、イキってトラブルが起きることはないだろうな」


「それだけはありがたい」


 旧国名だった頃は自国が世界一だという驕った態度を見せ、痛い目を見て来たのがザッショク教国だ。


 それゆえ、ザッショク教国が藍大に突っかかって来るようなことがなくなるのは良いことである。


 こんな話をしている内に移動する時間が来たため、藍大達は大会議室に向かった。


 藍大達が大会議室に入ろうとしたところ、先に志保がアルルを抱いてその中に入るから待っていてほしいと言われた。


「何をするつもりだろうな?」


「主がいきなり入ると各国の代表が殺到するから、整理券でも配ってるんじゃない?」


「整理券ってそんな大袈裟なことする?」


「主、私達は邪神を倒した地球の救世主だよ? 手紙だけでお礼を済ませようなんて思うはずないよ?」


 サクラがそう言った直後に扉の奥から志保が戻って来た。


「逢魔さん、サクラさん、どうぞ中にお入り下さい」


 志保の案内で大会議室の中に入ると、各国の代表者達が整列して待っていた。


『『『・・・『『魔神様、世界を救っていただきありがとうございました! 国を代表してお礼申し上げます!』』・・・』』』


 息を揃えて感謝の言葉を述べ、頭を下げる各国の代表者達を見て藍大は引き攣った笑みを浮かべた。


 その一方でサクラは藍大に対する彼等の態度に満足したのかうんうんと満足そうに頷いている。


 (リルがここにいたら心を落ち着かせられたのに)


『呼んだ? 撫でて良いよご主人』


「ありがとう」


 リルが藍大の助けを求める心の声を察知して駆け付け、藍大に自分を撫でて落ち着いてと言った。


 藍大が自分の頭を撫でて落ち着くと、リルはジト目を向けて来るサクラに遠慮してすぐにシャングリラに戻った。


「むぅ、癒してほしいなら私がなんでもするのに」


「外でなんでもはできないでしょうが」


「ということは中でならなんでもできるんだね。言質取ったよ」


「しまった。これはサクラの罠だった。じゃなくて、礼は受け取りましたので面を上げて下さい」


 いつまでも各国の代表者達に声をかけない訳にもいかないから、藍大はさっさと彼等に解散してほしいという気持ちも込めて声をかけた。


 志保がその意図を酌んで各国の代表者達を自席に移動するように伝えたことでその場は収まり、藍大達も日本の席に着いた。


 既に少し疲れた藍大だったけれど、国際会議はこれからが本番である。

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