第868話 今年はどうか大きな問題が生じませんように

 午後になって茂が千春と衛、千秋を連れてシャングリラにやって来た。


 夜はクランメンバーと芹江家を招いた会食の予定であり、芹江家は逢魔家の神々の初詣もあって早くシャングリラに来た訳である。


 初詣を終えたら千春達が舞達と喋り出したので、茂は藍大を見て二礼二拍した。


「今年はどうか大きな問題が生じませんように」


「茂、俺に祈ってもその願いは叶わないと思うから諦めろ」


「最初から心を折りに来ないでくれよ」


「だって正月早々羽根つきラグナロクが起きかけたし」


「羽根つきラグナロク? 何それ怖い」


 藍大の口から聞き慣れない言葉が飛び出して茂の顔が引き攣った。


 そんな茂に藍大は何があったか説明を始める。


「朝からがっつりおせち料理を食べるじゃん?」


「逢魔家ならそうだな」


「いっぱい食べたら運動しないと昼食が入らないよな?」


「その通りだな。それで羽根つきか。でも、そこからラグナロクになるのかがわからない」


 逢魔家がよく食べるのは茂にとって百も承知だから、食べた後に運動として正月だから羽根つきをしたという流れは理解できた。


 しかし、それがどうしてラグナロクなんて物騒な話になるのかわからなくて藍大に訊ねた。


「トーナメント制で羽根つきをやることになったんだけど、最初の試合が伊邪那美様とトール様の激しいラリーだったって言えばわかる?」


「持てる力全て使って良いなんてルールにしてないだろうな?」


「してないしてない。純粋な身体能力のみでの戦いにしたさ。ただ、優月と蘭に応援されてどっちも頑張っちゃったんだ」


「あぁ・・・」


 トールが曾孫を可愛がってちょくちょく地下神域に遊びに来ることも、伊邪那美が藍大の子供達を可愛がっていることも茂はよくわかっている。


 それゆえ、ようやく羽根つきラグナロクの意味を理解できた。


 もっとも、理解した茂の表情は元日なのに既にぐったりしていたのだが。


「試合は伊邪那美様が勝った。トール様がフルスイングしたら羽根が弾けて消滅したんで負け判定になったんだ」


「今更だけどさ、その羽子板と羽根って何でできてたんだ?」


「ブラドが<創造クリエイト>で飛び切り頑丈な羽子板と羽根を創ったんだ」


「アビリティの無駄遣いじゃねえか!」


 茂の初ツッコミが輝いた。


 やはり今年も茂はツッコミ役から脱することはできないようだ。


「ちなみに、どの試合も激しくラリーが続いたせいで時間がかかったから、優勝者はいない」


「マジかよ。どこまで試合は消化したんだ?」


 ツッコミこそしたけれど、茂も逢魔家のメンバーが羽根つきで競ったらどうなるのか気になっていたらしい。


「ベスト4まで決まったぞ。舞とサクラ、リル、伊邪那美様だ」


「ちょっと待った。リルって羽子板を咥えて羽根つきに参加したの?」


 藍大の膝の上でおとなしく撫でられえているリルに視線を向けて茂が質問した。


『そうだよ。神獣のリーダーとして絶対に負けられない戦いだったんだ』


「どんなところに羽根を打たれても速く移動して返すから、リルが羽根を落とすところは全く想像できなかったぞ」


「ワッフン♪」


 藍大に褒められてリルはドヤ顔を披露した。


 そこまで評価される羽根つきが気にならないはずなく、茂は藍大に訊ねてみる。


「藍大、羽根つきの試合を撮影してたりしないのか? もしもその動画があるなら見てみたい」


「サクラに協力して撮ってもらったのがあるから見せてやるよ」


 茂は藍大のスマホからサクラが撮影したリルとドライザーの激戦を見せてもらった。


 ドライザーがスピンやスナップを利かせたスマッシュを織り交ぜようと、リルが余裕で打ち返した末に集中力の勝負でリルが勝った試合だった。


「羽根つきじゃなくてバドミントンじゃね?」


「それな」


 茂の感想は藍大と全く同じだった。


「これだけ動けば腹ごなしには十分だったろうな」


『うん。お昼もモリモリ食べたよ』


「午後は動かなくて平気なのか?」


『茂が来る前にシャングリラリゾートで体を動かしたから大丈夫!』


 リルのコメントを受けて茂は準備万端じゃないかと苦笑した。


「ところで、10日と11日の国際会議の議題で少し相談したいことがあるんだが良いか?」


「正月から仕事の話かよ」


「仕方ねえだろ。藍大達にも負担がかかるだろうことなんだから早い内に相談しておくべきだ」


「悪い報告こそ早くせよってのは報連相の基本だもんな。わかった。どんな話だ?」


 元日から仕事の話をするのは気が進まないけれど、茂が今しておくべきだと判断したからにはそれなりの事情や背景がある。


 そう考えて藍大は茂から続きを促した。


「実は、国内外から冒険者を危険視する声が上がりつつある。特に先進国の方がその声は多い」


 邪神を倒し、世界的に見ても先進国のてこ入れもあって邪神が引き起こしたスタンピードの鎮圧が完了した。


 スタンピードさえ鎮圧してしまえば、後はダンジョンをテイマー系冒険者に管理してもらうか潰すのみだ。


 そうなって来ると、いつまでも武装した者達にうろうろされるのはいかがなものかと言い出す者も出て来てしまうのである。


 無論、ダンジョン産のモンスター素材や資源はまだまだ需要があるから、その声が冒険者を廃業させるようなことにはなっていない。


 そうだとしても、一般人からしてみれば強くなり過ぎた冒険者は恐怖の対象になり得る。


 もしも冒険者が犯罪に手を出してしまえば、一般人ではどうすることもできないのだからそう考える者がいても不思議ではない。


 日本の場合、”楽園の守り人”に睨まれるような悪事をすれば実際はどうあれ何が起きるかわからないと思って現在では警察が暇を持て余す日があるぐらいには治安が良い。


 だが、日本以外の先進国の中には冒険者が悪事を働くニュースが時々報道されている。


 そういった背景から冒険者を危険視する声がDMUに届くようになったようだ。


「要は力の使いようだろうけど、何も力を持たない一般人からすれば力を振るわれなくとも冒険者が怖いってことか」


「そういうことだ。まあ、中にはただの僻みだろって声もあるけどな」


「負の感情が大勢から出て来るのは危険だな。第二の邪神が誕生してしまう恐れがある」


「それマジで言ってる?」


 茂はそんなことになってほしくないしその可能性を認めたくないが、”魔神”であり創世神デウス=エクス=マキナとも交流のある藍大の発言に嫌な予感がした。


「よくゲームとかであるじゃん。例え私を倒しても第二第三の私が現れてってやつ。人の負の感情が一点に集中して神を塗り潰すようなことがあったら、第二の邪神が誕生してしまう可能性は否定できない」


「由々しき事態じゃねえか。なあ、負の感情だけが集合してそれが神になるとかモンスターになるなんてことはないよな?」


「どうだろう? そこはマキナ様に訊いてみないとわからん」


『呼んだかい?』


 自分の名前が呼ばれたのを察してデウス=エクス=マキナが藍大にテレパシーを送った。


『マキナ様、人の負の感情が集まって第二の邪神とかモンスターになるってあり得る?』


『負の感情の集合体自体が邪神になったりモンスターになることはないよ。でも、そこに悪神が手を加えたり神がそれを取り込んで邪神になることはあり得るね』


 テレパシーで答えをデウス=エクス=マキナから聞いたため、藍大は茂にそのまま話した。


 それを聞いて茂は頭を抱えた。


「やっと平和になったのになんでこうなるんだ」


『生物が2つ以上いる限り、残念ながら負の感情が生じてしまうのは仕方のないことさ。負の感情は他者と比較することで生じるからね。だけど、比較することで競争するのは良いことでもある。こればっかりは切り離せないんだよ』


 茂の問いに対してデウス=エクス=マキナが藍大に答えたから、藍大はそれを茂に伝える。


「デウス=エクス=マキナ様でも無理ならどうにもならないか。せめて、負の感情を浄化できたり抑え込めれば良いんだが」


『美味しいご飯と家族がいればそれで十分幸せなんだけどね』


「よしよし。愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 リルは食欲と家族愛が満たされればそれで満足すると言ったので、藍大はその答えを聞いて頬を緩ませながらリルの頭を撫でた。


「かなり難問だな。それでも日本としての意見はある程度用意しなきゃならん。悪いが藍大にも協力してもらうぞ。第二の邪神が誕生してからよりは事前に対策できた方が良いだろ?」


「仕方ないな。協力しよう」


 平和な日常が続くようにと藍大達が動き出すことが決まった。

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