第865話 雑食材というパワーのある新出単語が飛び出してきたぞ

 白雪が秀の次に美海のキッチンを選んだのは休憩を挟みたかったからだ。


 秀の対応で少し疲れてしまったので、その後すぐに雑食神のキッチンに行きたくないというのが白雪の正直な心境だろう。


 実際、雑食神のキッチンはツッコミ待ちな食材で溢れているから彼女の判断は正しい。


 さて、美海は洗った米を炊飯器に入れて早炊きの設定をしてからブロック肉を切り分けていた。


「美海さん、前回はカツ丼でしたが今回も丼もので攻めますか?」


「米を使うのはご覧の通りだが、今回はちょっと工夫した料理になるぜ」


「ほほう、工夫ですか。見たところ、そちらはブロック肉としてはかなり珍しいもののように思いますがどんなお肉なんでしょうか?」


「トリニティワイバーンだ」


「『トリニティワイバーン!』」


 美海がニヤリと不敵な笑みを浮かべて言えば、舞とリルが反応しないはずなかった。


 ワイバーンはお肉という言葉を常識化させた舞達にとって、美海がトリニティワイバーンの肉を使うというだけで興味が確実に強くなっている。


「審査員の方々を意識してますね」


「そりゃそうさ。作る相手の喰いたい物を作るのが料理人なんだから。のが伊藤美海の料理道さ」


 (それはすごく共感できる)


 美海の持論を聞いて藍大はうんうんと頷いた。


 藍大も基本的に家族が食べたい物を作るから美海と考え方は同じなのだ。


 ちなみに、美海が自己満足と言ったのは秀を意識してのことである。


 秀の場合、いかに自分の料理の腕が優れているかアピールしたいという欲求が前面に出ている。


 それが突き抜ければ相手を満足させられるかもしれないけれど、藍大や美海とは考え方が違うと言えよう。


「素晴らしい考え方ですね。その考えに基づいて、今日はどんな料理を作るんでしょうか?」


「トリニティワイバーンのひつまぶしだ」


「ひつまぶしって鰻の蒲焼を使う料理でしたよね?」


「諸説あるが、お櫃に入れたご飯にまぶす、つまりは乗せたものを喰う側が茶碗に取り分けて喰うからひつまぶしって言うらしい。そこで私は思ったんだ。乗せるのは鰻の蒲焼に限定しなきゃならねえ道理はねえってな」


「なるほど。その柔軟な発想は”雑食道”に加入して会得されたんですね」


 白雪は「Let's cook ダンジョン!」本番を迎えるにあたって出場者達に関する情報をなるべく多く集めた。


 その方がMCとして出場者をより引き立てられるからだ。


 美海について白雪が調べたところ、”雑食道”に入る前は型破りな料理を作る機会が滅多になかった。


 ”雑食道”という可能性の幅を広げるクランに入ってから、美海は扱う食材の幅が広がってアレンジ料理も作るようになったのだ。


 美海は白雪に指摘されて恥ずかしそうに笑う。


「まあな。狩人はぶっ飛んだ奴だからツッコミどころ満載だけどよ、あいつとの出会いが私を料理人として成長させてくれたと思ってる。だから、”雑食道”に入って良かったと思ってるぜ」


「私から振っといてあれですけど惚気てます?」


「べ、別に惚気てなんかねえよ!」


「はい、美海さんのツンデレいただきました」


 (世間的にそれはツンデレじゃないかな。ゴルゴンもそんな感じだし)


 逢魔家にもゴルゴンという立派なツンデレキャラがいるため、藍大の基準では美海がツンデレ認定された。


「ツンデレだね~。ゴルゴンちゃんみたい」


『ゴルゴンと一緒だもん。ツンデレだよ』


 舞とリルも白雪のツンデレという言葉からゴルゴンを連想したらしい。


 ゴルゴンは逢魔家のメンバーと共に家で「Let's cook ダンジョン!」を見ているからこの場にはいない。


 まさか自分の名前がテレビ番組で出て来るとは思っていなかったので、家で一緒にテレビを見ている家族にドヤ顔を披露しているのは別の話である。


「美海さんのツンデレはさておき、トリニティワイバーンのひつまぶしはお茶漬けにして食べることもできるんですよね?」


「勿論だ。ちゃんとトリニティワイバーンの照り焼きにマッチするお茶を選んだから楽しみにしててくれよな」


「わかりました。逢魔さんから質問はありますか?」


「そうですね。では、ワイバーンには派生種もいくつかいる中でトリニティワイバーンを選んだ理由を教えて下さい」


 藍大は美海が何故ワイバーンの中でトリニティワイバーンを選んだのか気になって質問した。


 これはトリニティワイバーンと同等あるいはそれ以上のレア度のワイバーン派生種がいることから気になったのだ。


「トリニティワイバーンを選んだのは自分の腕前を考慮してのことだ。狩人からワイバハムートを用意しても良いって言ってもらったんだが、私が十全に味を引き出せるのはトリニティワイバーンだと判断して選んだ」


「そうでしたか。十全に引き出されたトリニティワイバーンのひつまぶしを楽しみにしてます」


「おう。楽しみにして待っててくれよな」


 美海は自分の料理で藍大にぎゃふんと言わせてやると更に気合を入れた。


 時間からしてそろそろ次のキッチンに行く頃合いになったため、白雪は覚悟を決めて雑食神のキッチンに移動した。


「雑食神、おまたせしました。今日はどんな雑食を作るんですか?」


 白雪はストレートに訊ねた。


 雑食神のキッチンに辿り着くまで時間がかかったので、雑食神に自分の料理をアピールする時間を確保するべく最初から本題に入ったのだ。


「今日作ってるのは雑食八宝菜です」


「雑 食 八 宝 菜」


 八宝菜の八という字には8種類ではなく多くのという意味である。


 したがって、雑食八宝菜とは多くの雑食食材を使った中華料理のことだ。


 その意味を考えるだけでゾクッとするが、藍大は使う食材を事前に審査しているので白雪と違って驚いていない。


「おや? もしかしてどんな雑食材が使われてるか気になりますか?」


 (雑食材というパワーのある新出単語が飛び出してきたぞ)


 雑食神が嬉々として白雪に訊ねるが、藍大は雑食材なるニューワードが気になってしまった。


 それは白雪も同じだった。


「雑食材ってなんですか? いえ、訊かなくてもニュアンスでわかってしまうのでやっぱり大丈夫です。どんな食材を使ってるのか教えて下さい」


「了解です。雑食八宝菜に使ってる食材ですが、ソロモン72柱のモンスター食材を複数使ってます」


 その瞬間、観客席が騒がしくなった。


「アイエエエ! ソロモン72柱! ソロモン72柱ナンデ!?」


「ブエルじゃないよな!?」


「フールフールは嫌だ!」


 吐血のバレンタインを引き起こしたブエルやムキムキ剛毛で鹿の角を生やしたおっさん悪魔なのに化粧して網タイツ姿で出て来たフールフールは食材に適さないと考え、観客席では具体的な種族名まで出した拒絶反応が見受けられた。


 白雪は藍大が事前に食材をチェックしていることから、比較的食べようと思えるモンスター食材が使われるだろうと信じて質問を続ける。


「ソロモン72柱ですか。その中のどのモンスターを選びましたか?」


駱駝ウヴァル人魚ウェパルです。八宝菜の餡には人魚ウェパルの涙も使ってますよ」


「人魚の涙・・・だと・・・?」


「飲むだけで美しくなるという人魚の涙?」


「羨ましい・・・」


 雑食神の口から人魚ウェパルの涙なんて言葉が出て来たことから、観客席にいた女性陣がどうにかして雑食八宝菜を食べられないだろうかという表情になる。


 確かな根拠もないのに下手なことをいう訳にはいかないので、白雪は藍大にその点について訊ねることにした。


「逢魔さん、ウェパルの涙にはマディドールの泥のような効果はありますか?」


「飲むか化粧水の要領で使えば美肌になる効果はありますが、定期的に飲み続けるか使い続けないと効果は持続しません。永続的な効果はなく、八宝菜に使う程度の涙であれば、食べてから24時間の美肌効果ですね」


「その通りです。美しくなって意中の相手を落としたいそこの貴女、使える物は雑食でも使いましょう!」


「雑食神、いきなり布教しないで下さいね」


 藍大の言葉を良いように捉えて雑食神が布教したため、白雪が笑顔で注意した。


 その笑顔はテレビに映って何も問題ない美しさであると同時にプレッシャーを感じるものでもあったと補足しておこう。


 その後、出場者達は着々と料理を仕上げていき、遂にタイムアップを告げるタイマーの音がスタジオに鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る