【Web版】大家さん、従魔士に覚醒したってよ(書籍タイトル:俺のアパートがダンジョンになったので、最強モンスターを従えて楽々攻略 大家さん、従魔士に覚醒したってよ)
第864話 気まぐれであることに力を注ぎ過ぎじゃないですか?
第864話 気まぐれであることに力を注ぎ過ぎじゃないですか?
千春の次に白雪が訪れたのは同じく初参戦の綾香のキッチンだった。
「進藤さんの包丁、芹江さんと同じですね」
「色々見てみましたが、非売品を除いてDMUの職人班の包丁が一番だと思ったので購入しました」
非売品とは藍大の持っているミスリル包丁のことだ。
どういう訳か世界各地で見つけられた宝箱でミスリルやユグドラシルでできた調理器具だけは藍大達しか手に入れられていない。
ミスリルやユグドラシルという素材自体が手に入らないこともあり、完全に藍大のユニーク調理器具と化しているのだがそれは置いておこう。
「そんなコメントをしたら、DMUの職人班に包丁の注文予約が殺到しそうですね」
「あれ、私やっちゃいました?」
「あざとい! あざといですよ進藤さん!」
楽しそうに喋っているけれど、綾香はそれでも手を休めたりはしていない。
制限時間がある勝負なのだから、1秒たりとて無駄にはできないのだ。
「リル君」
『わかってるよ』
「何が? いや、うん。わかったわ」
舞とリルが通じ合ってニコニコしているのを見て、藍大は何がわかったのだろうかと疑問に思った。
しかし、綾香のキッチンにおいてある食材のラインナップから舞とリルが言いたいことを察したのである。
そんなやり取りをしっかりキャッチした白雪が藍大に訊ねる。
「逢魔さん、何がわかったんですか?」
「舞とリルが嬉しそうにしてる理由ですね」
「舞さんとリルさん、笑顔の理由を教えて下さい」
「綾香ちゃんの作る料理がわかったからだよ」
『料理大会に欠かせないメニューだよね』
舞とリルにその料理名を言われてしまうと番組的に不味いから、白雪はそうなる前に綾香に訊ねる。
「進藤さん、舞さんとリルさんがニコニコしてる理由である今日作ろうとしてる料理名を教えて下さい」
「はい! ハンバーグです!」
「ハンバーグ入りま~す!」
綾香から料理名を聞いて白雪は舞とリルが喜んでいる理由を理解し、大きな声で料理名を発表した。
ハンバーグと聞いて観客席はざわついた。
「やはりハンバーグか。誰か絶対に作ると思ってたぜ」
「魔神様の前でハンバーグを作るとはチャレンジャーだな」
「いや、弟子が師匠に成長したところを見せようとしてるんだ」
「私もハンバーグ食べたい」
「ハンバァァァグ!」
我慢できずにハンバーグと叫び出す少年が現れるぐらい観客席は盛り上がっていた。
オムライスの時も盛り上がっていたのは間違いないのだが、ハンバーグという響きには敵わないのかもしれない。
藍大は鑑定してわかっていたけれど、観客席やテレビの前の視聴者にも知ってもらうために質問する。
「進藤さん、ハンバーグに使う肉はなんですか?」
「ピアサとヴリトラです。マルオ君達が狩って来てくれたお肉を合挽にします」
「ドラゴンのお肉を合挽にするとは贅沢なハンバーグですね。試食が今から楽しみです」
白雪も普通のグルメ番組では出て来ない組み合わせのハンバーグに期待が高まった。
市場に出回るモンスター食材は基本的に
ピアサもヴリトラもダンジョンではかなり進まないと出て来ないようなボスモンスターだから、その肉を食べたことがある者は限られているだろう。
ちなみに、綾香が作ろうとしているハンバーグはつなぎを一切使用しないドラゴン100%のものである。
一応付け合わせの野菜も用意してあり、ツッパリコーンやバンディットポテト、ブッコロコリーという気象の荒い野菜系モンスターが綾香のキッチンの上に載っている。
気性の荒い野菜系モンスターを付け合わせに選択した理由だが、ハンバーグがこれでもかというぐらいに肉の主張をするから、野菜もそこそこパンチが効いていないと釣り合わないからだ。
もしもここで普通の野菜を使おうものなら、ピアサとヴリトラの合挽ハンバーグに太刀打ちできず味の感じられない何かを食べているような感覚に陥ってしまうに違いない。
それでは駄目だから綾香は付け合わせの野菜にも拘り、マルオに細かくリクエストしていたのだ。
綾香がハンバーグを成型し始めるとリルの視線がそれに釘付けになってしまうが、それでは番組として成り立たなくなってしまうから、藍大は白雪にアイコンタクトで次の出場者のキッチンに行ってくれと伝えた。
白雪も番組が食いしん坊ズのハンバーグに対する興味でひっくり返されては不味いと思い、綾香のキッチンから別の出場者のキッチンに移動した。
そして、白雪が綾香の次に選んだキッチンにいるのは秀だった。
(有馬さんがあそこを選んだことに作為を感じる)
藍大がそう感じるのも無理もない。
千春と綾香のキッチンで立て続けにオムライスとハンバーグというメジャーな料理名が出たから、白雪は一旦場の空気をリセットしようとしていた。
それなら美海のキッチンでも良いような気もするが、”雑食道”に加入したことで美海にどんな変化が起きているかわからない。
言うまでもないことだが雑食神のキッチンなんて論外だ。
間違いなくカオスなことになるだろうキッチンにこの流れのまま行くのはよろしくない。
それゆえ、お洒落に決めて場をリセットしてくれるに違いない秀のキッチンを白雪は選んだのである。
「速水さん、今日も魅せる料理をするんでしょうか?」
「期待に応えられず申し訳ないですが、今日は塩振りパフォーマンスをしません」
(別にそこは重要じゃないし興味ない)
藍大は秀のパフォーマンスが無駄に気障に感じるから心の中でマジレスした。
秀の料理の腕を下に見ているつもりはないけれど、わざわざ入れなくても良いパフォーマンスをする意味はあるのだろうかと疑問に思っている。
藍大だって元々は人間なのだから、どれも平等に好きでいられるなんてことはないのだ。
ぶっちゃけてしまえば白雪もそこまで興味はないのだが、触れておくのがお約束でもあるのでそれを守っただけだ。
「そうでしたか。ところで、今日は米料理じゃなくてパスタを使った料理なんですね」
「はい。前回は炒飯で負けてしまいましたが、その敗因は僕がエレガントに食材の魅力を引き出せなかったからだと思ってます。だからこそ、僕は自分の腕を磨いてエレガントな料理を極めんと努力し続けたのです」
(食材のレアリティと味で判断するってわかってるんだろうか?)
喋れば喋る程周囲の人間をイラっとさせ、正解から遠のいていくのもある意味才能なのかもしれない。
”ブルースカイ”で秀のようなキャラが
「努力の成果が出るよう頑張って下さい。さて、速水さんが今日作る料理について訊いても良いですか?」
「勿論です。僕が作るのはシェフの気まぐれペスカトーレです」
『気まぐれパスタじゃなくて気まぐれペスカトーレなんだね』
(それな。俺もツッコみたくなった)
リルが思わず呟いた言葉に藍大は心の中で同意した。
気まぐれというワードがくっつく時、気まぐれパスタや気まぐれサラダのように大抵はその後に続く言葉が具体的ではなくぼやけている印象が強い。
ついでに言えば、気まぐれと言いつつも色々考えて食材を選んで使っているから実は気まぐれじゃないのではと思わなくもない。
秀は自分に負けて以来、ツッコまれるために努力して来たのだろうかと藍大が気になっても仕方のないことである。
「秀さん、気まぐれってことですがペスカトーレを作るにしても毎回使う食材は違うんですか?」
「その通りです。僕はその日の気分でペスカトーレに使う魚介類を決めます。なので、今日のペスカトーレの食材を選ぶために4時起きしました」
「気まぐれであることに力を注ぎ過ぎじゃないですか?」
白雪のツッコミに審査員も観客も全員が頷いた。
もっと違うところに力を注げと言いたくなるのをグッと我慢した白雪に対して秀はフッと笑う。
「僕は心の赴くままに料理を作ります。何故なら、気分が乗った時こそ最高の料理が作れるからです。嘘だと思うなら、今から最高のペスカトーレを作って差し上げますから楽しみにしていて下さい」
「わかりました。試食の時間を楽しみにしてますね」
白雪はプロだから受け流し方も自然である。
今の切り上げ方ならば、内心はともかく料理に集中したいであろう秀のために気を遣ったと思ってもらえるだろう。
秀のキッチンを後にした白雪は美海のキッチンに向かった。
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