第859話 食欲が増すのは良いけど審査を忘れないでくれよな

 翌日、藍大は舞とリルに同席してもらって週刊ダンジョン編集部との打ち合わせをするためにパソコンの前に座っていた。


 「Let's cook ダンジョン!」を開催する前に編集部と当日の審査員が集まって認識の擦り合わせを行うのだ。


「舞とリルの準備は良いか?」


「大丈夫~。食べることに関する打ち合わせだもん。いつでもOKだよ」


『ワフン、僕もばっちりだよ。ご主人も舞もいつでも撫でてね』


 この場に真奈モフ神がいなくて本当に良かった。


 もしもこの場にいたとしたら、リルにいつでも撫でてと言われて喜んでとモフり倒そうとするに違いないからだ。


 もっとも、リルが真奈にお触りは許すはずないから、勘違いしたところで真奈がリルを触れる可能性は0%なのだが。


 打ち合わせ開始時刻になると、全員が揃ったので画面の向こうにいる遥がしゃべり始める。


『定刻になりましたので、これより打ち合わせを始めます。本日は逢魔さんと舞さん、リルさんに加えて「Let's cook ダンジョン!」のディレクターと司会MCの有馬さん、そして私が参加します。よろしくお願いします』


「「『『『よろしくお願いします』』』」」


『当日の進行に関する認識合わせを行い、番組を盛り上げましょう』


 ハプニングなくという部分を遥が強調したのは過去の大会で番組開始前にハプニングがあったからだ。


 当時の編集長が遥にパワハラとセクハラを行い、”楽園の守り人”のメンバーと一緒に移動するはずだったのに抜け駆けした健太と見張りで同行したパンドラが遥を助けたのである。


 今回は遥の役職が当時よりも2つも上がっており、パワハラとセクハラのない職場を目指して行動し続けたことで週刊ダンジョン編集部の働く環境はかなり改善されている。


 前回の大会の番組前のことはさておき、今回の大会もMCは”ホワイトスノウ”の有馬白雪が行う。


 白雪も以前は初々しさが残っていたが、今となってはすっかり大人気女優だ。


 今日に至るまでに数々の番組に出演したことで、安心して番組を任せられるまでになった。


『スタートはスポットライトが点いたら私のセリフを挟んでBGMが流れるんですよね?』


『白雪さんの言う通りです。前回との相違点ですが、今回は先に出場者の紹介を行います。審査員である逢魔さん達はその後に呼ばれますので入場のタイミングを気を付けて下さい』


「「『『はい』』」」


 出場者を先にカメラに映し、審査員を後から紹介するのは藍大達の紹介に大御所らしさを強調するためだ。


 初回優勝者の藍大が最後に紹介されるようにして、出場者は全員チャレンジャーであるという構図を演出する意図もある。


 舞は気になったことがあって白雪に訊ねる。


「ねえ、白雪さんもモフリー武田みたいに叫ぶ系のパフォーマンスをするの?」


『あれはモフリーさん特有のスタイルですから、私は普通に紹介させていただきます』


「そうだよね~。もしもシャウトしますって言われたらどうしようかと思ったよ~」


『やれと言われればやり切る自信もありますが、今回は私が目立つよりも料理人の方々に目立ってもらわないといけませんからやりませんよ』


 (相変わらず自信に満ち溢れてるなぁ)


 撮影で失敗しない女優と評判の白雪は求められた役割を完璧に演じられる。


 それでも、自分が演じることで番組としていまいちになるならば自分は程々に目立つようにコントロールする。


 これこそがプロなのだと白雪は言外に語っていた。


『入場と紹介が終わりましたら、有馬さんによるルール説明と番組タイトルの掛け声によって料理開始です』


『僕からも質問して良い?』


『リルさん、どうしましたか?』


『食材ってそれぞれ出場者が持ち込むよね。事前に検査した方が良いんじゃない?』


 リルがそのように指摘した瞬間、会議参加者全員がそれはすべきだと頷いた。


 何故なら、今回の大会には雑食神が参加するからだ。


 前回は一般的に食材として使用するのを躊躇う物を持ち込む者はいなかったけれど、雑食神ならば何かやらかすかもしれない。


 全員の不安がシンクロするのも当然である。


『当番組は全年齢向けなので、際どい虫料理はNGとしておりますがそれだけでは甘い気がしてきましたね。雑食神様ならばルールを掻い潜ってとんでもないことをやらかすかもしれません』


 ディレクターは雑食神が雑食食材の中でも上級者向けの物は使わないでくれと雑食神に対して事前にお願いしている。


 そうだとしても、雑食神ならばルールで縛られてもしれっとグレーゾーンな食材を持参しかねない。


 やらかす方に信頼されるあたり、ある意味真奈と同じタイプの神だと言えよう。


『それでは持ち込む食材の検査を番組の前に行うことにしましょう。逢魔さん、検査をお願いできますか?』


「わかりました。引き受けましょう」


『ありがとうございます』


 藍大も雑食神が自分の知らないとんでもない食材を使うリスクを考え、遥の頼みを快諾した。


『ご主人が回るなら僕も回るよ』


「まあまあ。審査員全員で行くのは参加者達を変に緊張させてしまうから、今回は舞と一緒に待機しててくれ」


『はーい』


 藍大はゲンに憑依してもらって自分とゲンだけで検査を行うつもりだ。


 ゲンが憑依しているならば藍大は安心なので、舞もリルもおとなしく楽屋で待機するだろう。


『それでは、元々予定にありませんでしたがリルさんの指摘もあったので、番組前に持ち込まれた食材の検査を追加します。逢魔さん、よろしくお願いいたします』


「わかりました。ちなみに、雑食はどこがNGの境界線と考えてますか? 私は虫型モンスターを食材とするのはこの大会につきNGにしたいと考えてます」


『そうですね。虫食に慣れてない子供達がうっかり雑食に憧れないとも限りません。虫食は物によって専門家以外口にするには危険な物もあるから今回は禁止しましょう』


 雑食神だから適切な処理をすることで食べられる虫型モンスター食材もあることを考え、今回は虫型モンスターの雑食食材は禁止された。


『他に質問がなければルール説明と掛け声の後の話をしましょう。前回は有馬さんだけが参加者に質問する形を取りました。今回はどうします? 逢魔さん達も質問がしたいですか?』


「気になる食材があればどう料理するか質問してみたいですね」


「私も質問してみたいな」


『僕も。色々知った方が食欲が増すもん』


 (食欲が増すのは良いけど審査を忘れないでくれよな)


 舞とリルの場合、質問の答えが出て食欲が刺激されてうっかり試食をペロリと平らげてしまいかねない。


 あくまで審査員なのだから、審査できるだけの判断力を残して試食しなければならないことを考慮すると、舞とリルはおとなしく料理の完成を待っていた方が良いのかもしれない。


 料理が得意な藍大ならば技術的な質問も期待できるが、舞とリルは食べるのが専門なので遥は頭の中で考えた内容を口にする。


『優先順位を決めませんか? まずはMCの有馬さんが番組を回すために質問をします。ただし、有馬さんだけでは技術的あるいはモンスター食材に対する知識が不足してしまうこともあるかと思いますので、その部分を逢魔さんの質問でカバーします。それでも疑問が解消されなければ舞さんとリルさんに質問してもらいます』


『私はそれで構いません』


「私も構いません」


「賛成~」


『僕も賛成だよ』


 遥は藍大と同じ不安を抱いていたらしく、藍大は心の中で遥に見事な誘導だと感心した。


 その後、実食の順番は籤引きで決まることや食材のレアリティと味の合計得点で競う点については前の大会から変更しないことで全員の意見が一致した。


『最後に相談したいのですが、逢魔さんの料理を作る風景の動画込みで紹介できませんか?』


『初代優勝者の逢魔さんの料理がどれぐらいパワーアップしたか披露していただきたいですね』


 遥の提案にディレクターが乗っかった。


 それに対して藍大は悩ましいと言いたげな表情になった。


「料理動画を作ることも披露することも構いませんが、番組のどこで紹介するんですか? 下手な扱いをされると観客や視聴者からの番組の評価が微妙になりますよ?」


『その点については考えてあります。優勝者の賞品として逢魔さんの料理を紹介し、その説明時にダイジェストで料理動画を流すんです。逢魔さんの料理は優勝者が決まったタイミングで用意してもらって、優勝者に試食してもらいます』


「それならば出場者のモチベーションを下げることにはならなそうですね。わかりました」


『『ありがとうございます!』』


 白雪は自分も藍大の料理を食べたいと思ったが、優勝者の賞品だと言われたので番組内で食べたい気持ちは我慢した。


 打ち合わせは以上で終わったが、その後に白雪がこっそり自分の分も作ってもらえないかと藍大にお願いしたのは仕方のないことである。

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