第856話 暴走は私の個性だよ。自分が肯定しないで誰が肯定するんだい?

 「Let's cook ダンジョン!」開催まで残り1週間となった今日、”雑食道”の雑食神と美海は赤石ダンジョンに来ていた。


 赤石ダンジョンは雑食神の従魔であるアンリが管理するダンジョンだ。


 雑食神と美海は「Let's cook ダンジョン!」で作る料理の食材を仕入れに来たのである。


「さあ、最高の雑食を作るために頑張りましょう!」


「オー!」


 雑食神が拳を上に突き出せば、ディアンヌも勿論それに倣う。


 早速暴走しそうな雑食神とディアンヌを見て美海は額に手をやる。


「狩人もディアンヌも落ち着けよ。神になる時も魔神様に食べてもらえきゃ審査してもらえないって言われたんだろ? だったら、比較的食べやすそうなモンスターを選ばなきゃ駄目だろ」


「おっと、雑食への熱いパトスが迸って危うく審査してもらえないところだった。やはり常識人枠の美海にブレーキをかけてもらわないと駄目だね」


「暴走ありきのスタイルに呆れるべきか、自分が特殊って理解してるだけマシと考えれば良いのか」


「暴走は私の個性だよ。自分が肯定しないで誰が肯定するんだい?」


「やれやれ」


 美海は大きな溜息をついた。


 呆れる方に自分の天秤は傾いたが、美海は雑食に全力な雑食神の姿勢が嫌いじゃない。


 自分だって料理人だから、自分の目指す究極の料理に向かって突き進もうとする気持ちはよくわかるのだ。


 ただし、それが他人に迷惑を掛けたら不味いので美海が呆れているのである。


 ましてや今回は雑食神がテレビ番組で堂々と雑食をアピールするのだから、飛ばし過ぎて雑食から視聴者や会場の観客達にドン引きされて凹む雑食神を見たくないと美海が思っても仕方あるまい。


「安心して良いよ。今回、私は虫食を封印するから」


「それは賛成だが一体どういう風の吹き回しだ?」


「魔神の筆頭従魔が虫食を嫌がってるから、それを出して審査員の心証を悪くしたくない」


「美味しいけど仕方ない。サクラ様は虫食が苦手」


「あぁ、なるほどな。納得した」


 しょんぼりする雑食神とディアンヌの言葉を聞いて美海は納得した。


 サクラを大切にする逢魔家ならば、虫食が出された瞬間に評価が最悪になる可能性がある。


 虫食というだけでその評価は偏見が強いと思わなくもないが、審査員の好みに合わせるのも料理勝負の重要な要素なのだ。


 雑食神やディアンヌを擁護する気持ちが少しでもある以上、美海も常識人ではあるものの雑食神に毒されているらしい。


「じゃあ、どんな食材を使おうって考えてるんだ? 虫以外でインパクトのあるモンスターって何をイメージしてる?」


「使うのはソロモン72柱かな。良い感じに強くて雑食向きだったよ。ボティ重ウマウマ」


「蛇肉のボディス以外だとなんだ? 牛肉のハーゲンティとか馬肉のガミジンだとパンチが弱いとか思ってる?」


 美海が食べられるソロモン72柱の中でも食べるのに抵抗がない2体を口にしてみると、雑食神が残念そうに首を横に振る。


「牛肉や馬肉は普通に美味しいからね。オセとかウェパルのお肉を使いたいかな」


「豹と人魚じゃねえか。豹はともかく人魚は賛否両論じゃね?」


「人魚の肉、美容に良い」


「それって迷信じゃねえの? 涙が美容に効果があるなんてニュースはあったけど、肉は食べられてなかったはず」


「ウェパルの涙をスープに混ぜればあるいは・・・」


 ディアンヌと美海の会話を聞いて雑食神は閃いたらしい。


 考えがまとまってすぐにアンリに頼んでウェパルをダンジョンに召喚してもらった。


 召喚されたウェパルは自分を見る雑食神とディアンヌの目が捕食者のそれだったことに恐怖し、庇うように自分の体を抱き締めた。


 しかし、それだけでウェパルが自分の体を守れるとは考えにくい。


 何故なら、赤石ダンジョンの今いる場所には水場がなく、歩けないウェパルはピチピチと藻掻くのが精いっぱいだった。


「何よアンタ! 陸地だからって良い気になってるんじゃないわよ! 連れ歩いてる女達よりも私の方が美しいんだからね!」


「すげえ、今の発言だけで同情も哀れみも吹き飛んだわ」


 そう口にした美海は食材風情がふざけんなと苛立ちを覚えた。


「倒す個体に同情したくないだろう? だからアンリに倒しても心が痛まない個体を召喚してほしいって頼んだんだ」


「そんなことは”ダンジョンキング”でも無理なんじゃなかった?」


「僕の雑食への強い気持ちが奇跡を呼び起こしたんだね」


 本来、”ダンジョンキング”のブラドであってもダンジョン内に召喚するモンスターの細かい調整はできない。


 それでも性格の悪いウェパルが現れたのは、雑食神が雑食に関わる運命に影響を与えたからだろう。


「ディアンヌ、やっておしまい」


「任せて」


 ディアンヌは手をワキワキさせながらウェパルを糸でぐるぐる巻きにして、ダンジョンの天井からウェパルを吊るした。


「解放しなさい! 私を誰だと思ってるのよ!」


「誰だも何も食料に決まってる」


「ぴぎゃぁぁぁ!」


 自分のことを本気で食べる気だと悟ってウェパルは泣き始めた。


 その涙を瓶に詰めてからウェパルは糸でぐるぐる巻きにして圧死させた。


「うん、本来ならもっと罪悪感があるはずなのにスカッとした自分がいる」


「スッキリしたところで次に行こうか。ウェパルは魚料理とスープに使えるだろうから、今度は肉料理の食材を確保しよう」


「本当にオセを呼ぶ気か?」


「駱駝肉のウヴァルにしとく?」


 ウェパルを倒した後、次のソロモン72柱を召喚しようとする雑食神に美海が尋ねたところ、雑食神はオセじゃなくて駱駝ウヴァルもありかもしれないと止まる。


「強いて言えば駱駝の方が雑食っぽい」


「雑食ミュージアムにステーキとかつくねを作ってるお店があったね」


「駱駝肉は低コレステロール、高タンパク、低カロリー、低脂肪で非常に栄養価が高いから、筋トレ好きやアスリート、ダイエット中の人にピッタリだもんなってなんだよ?」


「いや、別に」


 美海が駱駝肉について理解が深いことを知って雑食神がニコニコしていた。


 その顔が何を意味するのか気になって美海が訊ねるけれど、雑食神は答えたりしなかった。


「隠すようなことじゃないなら言えよ」


「美海が雑食知識をスラスラと披露できてるのが嬉しいなって思っただけ。家族と趣味を共有できるのは嬉しいからさ」


「・・・ほっとけ」


 雑食神のニコニコしている理由がくだらないものではなく、ちょっと恥ずかしく感じる内容だったので美海の顔が赤くなった。


 結局、この後アンリにウヴァルを召喚してもらい、それを倒して雑食神は駱駝肉を手に入れた。


「さて、私ばっかり食材集めをするのは悪いから次は美海の番にしよう。どんなモンスターが良い?」


「狩人さえ構わないなら、トリニティワイバーンの肉を肉料理に使いたい」


「トリニティワイバーン? ワイバハムートにしなくて良いのかい?」


「悔しいけどワイバハムートを扱うには私の腕に不安がある。だが、トリニティワイバーンなら十全に扱える自信がある。だから、DPに余裕があるならトリニティワイバーンを召喚してほしい」


 美海がトリニティワイバーンを肉料理に使おうと考えたのは審査員が藍大達だからだ。


 ワイバーンはお肉という概念を常識化させたのが藍大達ならば、ワイバーン系統の肉に興味を示すに違いない。


 美海は審査員の好みを考慮しつつ、自分の実力で完全に料理として仕上げられるギリギリの食材の名前を挙げた。


 身の丈に合わない食材を使うと作る者も食べる者も食材も不幸なので、美海の考え方は謙虚だが確実性のあるものと言えよう。


 雑食神は美海が自分に甘えるのは珍しいから快諾する。


「良いよ。さっきも言ったけど、ワイバハムートだって構わないんだ。美海が甘えてくれるのは珍しいし嬉しいからね」


「ば、馬鹿!」


 バシッと音が出るぐらいの勢いで美海は雑食神の肩を叩いた。


 雑食神は雑食のことさえなければ、人当たりが良くて容姿が整っているから美海は不覚にもときめいてしまったようだ。


「狩人様、美海がときめいてる。もっとやっちゃえ」


「ちょっ、ディアンヌは黙ってろよな!?」


「わかってるよ。美海のこういうところが可愛いよね」


「狩人てめえ!」


 美海が照れ隠しで暴れたせいでトリニティワイバーンを召喚するまでそれから10分かかった。


 この日以降も雑食神と美海は大会当日に向けて着実に準備を進めるのだった。

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