後日譚5章 食いしん坊ズ、吟味する

第855話 チョコにする? それともチーズ? 僕はいつでも準備OKだよ

 時が少し流れて10月になった。


 シャングリラの藍大の家に茂が千春と子供達を連れてやって来た。


「千秋ちゃんは今のところ問題なさそうだな」


「その節はお世話になったな。助かったよ」


 千秋は茂と千春の2番目の子供であり、その出産間際に千春が体調を崩してしまったため藍大達が力を貸したのだ。


 サクラが<生命支配ライフイズマイン>を使って助けられない者なんていない。


 母子共に万全な状態で千秋は生まれ、それから2週間程経って千秋が茂に抱っこされたまますやすや眠っているのを見て藍大も安心した。


 千秋という名前の由来は千春の千の文字に加えて生まれた季節が秋だからである。


 ちなみに、千秋も超人として生まれて鳥教士の職業技能ジョブスキルを持って生まれた。


 茂も千春もまさか自分の子供達がテイマー系職業を持って生まれるとは思っていなかったので、千秋が鳥型モンスターをテイムできるようになったら助けてほしいと藍大に頼んだ。


 騎士である衛は舞に教えてもらい、千秋が藍大に教えてもらうとなれば芹江家の次代はとんでもないことになりそうだ。


「茂にはいつも胃を痛めてもらってるからな。困った時は力になるさ」


「ありがたいがそう思うなら突飛な報告はしないでほしい」


「前向きに検討することを善処する」


「善処じゃなくて実行に移してくれ」


「俺達が神になってから神様関連の話が増えた。関わるのが日本の神々だけじゃないから約束できん」


 こればっかりは藍大の意思とは関係ない。


 トールなんて孫や曾孫と会いたいからという理由で気軽に地下神域に来るし、伊邪那美経由で海外の神々と関わらざるを得ない時もある。


 茂の頼み事でも藍大にはどうにもできないときがあっても仕方あるまい。


 藍大の状況について理解しているので、茂もそれ以上無理には言わなかった。


「それは仕方ないか。まあ、神様云々はさておき、今日は今月行う料理大会の件だ」


「千春さんも参戦するんだってな」


「おう。遥から話を聞いて以来やる気満々だぜ」


 料理大会とは「Let's cook ダンジョン!」のことだ。


 一度目の大会が行われて以降、当時の編集長のパワハラ・セクハラ発言もあって二度目の大会を翌年に開くのは止めておこうという話になっていた。


 そうしている内に週刊ダンジョンでは「Let's eat モンスター!」だけでも十分に盛り上がっており、わざわざ料理大会Let's cook ダンジョン!を開かなくても十分だったのだ。


 しかし、遥が編集長に昇進してから週刊ダンジョンは勢いを増しており、雑誌自体も”楽園の守り人”の投資を受けているから質が担保されていているのでもう一押し何かやりたいと遥は考えた。


 その結果、食欲の秋に「Let's cook ダンジョン!」の第2回大会を開こうということになった訳だ。


 「Let's cook ダンジョン!」は開催までに間が空いてしまったこともあり、話題作りをする必要があった。


 どうやってこの特番を盛り上げるかと考え、遥は藍大達に審査員の全ての枠を任せる結論を出した。


 審査員長は藍大、残る審査員の枠を舞とリルが埋めたのだ。


 他の逢魔家のメンバーも審査員に立候補したのだが、番組からして食いしん坊ズが出た方がコメントに説得力があるということで仲良しトリオはその枠から外れた。


 食いしん坊ズの中では伊邪那美達のように古くから日本を見守って来た神々がメディアに出ると面倒なことになりその枠から外れ、舞やリル、ブラド、ミオ、フィア、ルナ等が残った。


 ここから先の選考は食いしん坊ズ達によるなんでもありの模擬戦が地下神域で行われ、勝ち残った舞とリルが審査員の枠をゲットしたのである。


 余談だが、藍大の料理が見たいと言う声も多いから、藍大が番組内で料理することはなくとも事前に用意した料理を披露する時間が設けられる。


「今回はMOF-1グランプリみたいに出場者の枠が増えてるから掲示板が大騒ぎになってるぞ」


「それな。千春も今回の大会で優勝してなんとしてでもちみっこ調理士の二つ名を変えてやるって言ってた」


「無理じゃね?」


「言うな。俺もかなり厳しいと思ってるが、千春は本気なんだから」


 千春の二つ名はちみっこ調理士から変わる気配がしない。


 それぐらいしっくり来ている二つ名であり、藍大も茂も変わらないだろうと思っている。


 そうだとしても、本人が変えてやるとやる気を出しているのだから否定する訳にはいくまい。


「二つ名の話は止めておこう。ところで、第1回大会に出た2人と千春さん以外の参加者が決まったんだけど大会のホームページは見た?」


「見た。雑食神を出すって遥も藍大も正気なのか?」


「話題性はあるし、MOF-1グランプリで真・・・モフ神が出てるんだから雑食神にもメディアに出る機会がないと不平等かと思って」


 自分の膝上で丸くなって撫でられているリルがピクっと反応したので、藍大は真奈と言いかけたけどモフ神と言い直した。


 天敵の名前はリルのリラックスしている心を一気にざわつかせてしまうから、藍大も気を遣っているのだ。


「それもそうか。モフ神についてはわかってるんだが、雑食神の方は逢魔家でどんな扱いなんだ? 誰か天敵認定してるのか?」


「天敵までとはいかないけどサクラが警戒してる」


「私は未来永劫虫食受け入れないし、主にも絶対作らせない」


「いつの間に来たんだ?」


「主が私の名前を呼ぶ予感がしたから来た」


 藍大が雑食神に対するサクラの反応を口にした時にはサクラが背後にいたため、藍大はやれやれと苦笑した。


 サクラはまだバンシーだった頃にマネーバグの集団に数の暴力で痛めつけられたので、虫型モンスターを嫌っている。


 戦ってしまえばサクラの圧勝だけれど、嫌いなものは嫌いなのだから仕方ないだろう。


 こういうものは理屈じゃなくて感情なのだ。


「俺が家族が嫌がる料理を作るはずないだろ」


「うん。主、大好き」


 サクラはホッとして座っている藍大に後ろから抱き着いた。


 藍大が家族とスキンシップ多めなのは茂も理解している。


 それゆえ、特にその部分に触れずに話を続ける。


「後は”迷宮の狩り人”の進藤さんも出るんだっけ?」


「出るぞ。マルオがレアなモンスター食材を提供するから地味にダークホースだと思う」


 茂が口にした進藤とは進藤綾香のことだ。


 マルオと同い年で”迷宮の狩り人”のクランマスターである成美の高校からの友達である。


 綾香も千春よりは頻度が落ちるけれど、藍大と一緒に料理を作ることがある。


 調理士でもないのに藍大の腕が調理士以上なので、その技術を学びに来ていたのだ。


 あまり”迷宮の狩り人”の中でも面に出ようとしないから、今回の「Let's cook ダンジョン!」ではダークホースになるかもしれない。


 藍大と茂が話し込んでいると、藍大の家のキッチンでミスリルとユグドラシルの調理器具の鑑賞を終えた千春が戻って来た。


「いやぁ、堪能しました! いつ見ても良いですよね!」


「どれが一番気になりました?」


「ミスリルフォンデュタワーです! あれってなかなか家にある物じゃないですから!」


「言われてみればそうですね。フォンデュもしますか?」


「やりたいです!」


 DMUの職人班としてバリバリ働いていた頃でも、職場にはフォンデュタワーなんて存在しなかった。


 だからこそ、それが逢魔家にあったので気になってしまうのである。


 フォンデュと聞いてリルがシュッと起き上がる。


『チョコにする? それともチーズ? 僕はいつでも準備OKだよ』


「よしよし。落ち着くんだ。今日は千春さんと一緒にケーキを作る予定だからな。ちょっとだけだぞ」


『うん!』


 藍大にちょっとだけと言われてもリルはテンションが上がって尻尾をブンブン振っている。


 その横でサクラは静かに額に手をやっていた。


「ケーキにフォンデュなんてカロリーが大変なことに・・・」


 美味しい物はカロリーが高い。


 藍大の前で常に最高のプロポーションでありたいサクラとしては、食べたいけど食べたらその後頑張ってカロリーを消費せねばと決意した。


 それから藍大と千春が複数のケーキを用意してチョコレートフォンデュまで用意するから食いしん坊ズと子供達は大喜びだった。


 逢魔家と芹江家の合同スイーツパーティーが終わった後、地下神域にて全力で体を動かす女性陣の姿が見られたのは言うまでもない。

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