第851話 まったく、ロキ様ってば子離れできてないね

 隠し部屋の看破の魔鏡を回収した後、藍大達はボス部屋を目指して探索を再開する。


 少し進んだところで藍大達の前に現れたのは空を飛ぶホオジロザメだった。


「フライングジョーLv100。空飛ぶ鮫。食べられるぞ」


『フカヒレだねご主人!』


「正解」


「スープが定番ってちょっと前に特集されてたね」


 リルがリクエストをするのはいつものことだが、パンドラがリクエストをするのは珍しい。


 (パンドラのリクエストに応えてあげるか)


「キシャァァァ!」


「煩い」


 フライングジョーはパンドラの<憂鬱皇帝メランコリーエンペラー>の影響で突撃の威力が鈍った。


 そこに<忘却水流オブリビオンストリーム>で攻撃すれば、フライングジョーはぽかんとした状態になった。


『後は僕に任せて』


 パンドラがここまでお膳立てしてくれたので、リルが<雪女神罰パニッシュオブスカジ>で冷凍保存すれば一丁上がりだ。


「お疲れ様。フカヒレを無傷で回収できて良かったよ」


『ロスがあったら女性陣が怒りそうなモンスターだからね』


「確かに。美容に対する恨みは怖い」


 リルとパンドラが言った通り、フライングジョーのフカヒレはコラーゲンが豊富なのだ。


 もしも攻撃の過程でフカヒレの収穫量が減ったとすれば、女性陣総出のジト目を向けられてしまう。


 言わなければバレないのではないかと思うかもしれないが、逢魔家の女性陣が団結すれば藍大達の探索の様子なんて筒抜けになるから油断できない。


 フライングジョーは雑魚モブモンスターだったから、藍大達は現れる度に丁寧に冷凍保存して回収した。


 それから何度かフライングジョーやリザマンドラの集団との遭遇戦を経て、藍大達の視界には植物の蔓に覆われた広間が映った。


 早速足を踏み入れてみれば、今までの通路とは明らかに違う点があった。


「リザマンドラとフライングジョーがミイラになってる」


『倒された後に壁の蔓で縛って干されたんじゃないかな』


「あそこにいるトリフィドタンクにやられたみたいだね」


 広間の中心には3つの赤い花弁の肉食花を頭部に見立てた巨大な植物型モンスターがいた。


 花の中心からは触手のように長い舌が垂れ下がっており、その先端には棘付きのハンマーが付いている。


 モーニングスターのように扱うだろうことは誰の目から見ても明らかだ。


 そのモンスターの正体はトリフィドタンクLv100で、八王子ダンジョン9階の”掃除屋”である。


「体内に蓄えたオイルで手入れをすると美容に良いらしい。こいつも気を付けて狩らないとな」


『モルガナも雌だから美容が気になるのかな?』


「あのぬいぐるみボディは分体でしょ? 効果があるのか怪しいけど」


「『確かに』」


 リルの疑問にパンドラが私見を出し、藍大もリルもなるほどと頷いた。


 本体にトリフィドタンクのオイルを使うならばまだしも、ぬいぐるみボディにオイルを塗ったところでベタベタになるだけだ。


 ベタベタになったモルガナの姿を想像すれば、早く綺麗にしてあげたくなったので藍大達は効果がなさそうだと意見を一致させた。


「ニク、クワセロォォォ!」


 トリフィドタンクは藍大達が自分を放置して喋り込んでいるのをチャンスと捉え、長い舌を操って先端の打撃部で攻撃を仕掛けた。


「君に食べられる訳ないじゃん」


 パンドラは<混沌砲カオスキャノン>を発動してトリフィドタンクの胴体に命中させた。


 それによってトリフィドタンクは攻撃のコントロールが無茶苦茶になり、藍大達がいる所から離れた位置を打撃部で攻撃してしまった。


『舌が邪魔だから斬っちゃうね』


 リルは<神裂狼爪ラグナロク>でトリフィドタンクの舌を切断した。


 その部位はトリフィドタンクの痛覚が過敏になっており、更には<神裂狼爪ラグナロク>なんて大技で攻撃されたのだから絶叫しながら息絶えた。


 どう考えてもオーバーキルである。


「ナイスファイト。弱点丸出しな奴だったな」


 藍大はリルとパンドラを労ってから戦利品を回収した。


 魔石はパンドラに与えられ、それを飲み込んだ直後にパンドラの毛が艶々になった。


『パンドラのアビリティ:<叡智目録ウィズダムカタログ>がアビリティ<思金神祝ブレスオブオモイカネ>に上書きされました』


 (新たな神の手がかり!?)


 伊邪那美のアナウンスにより、藍大はパンドラが神の名前を冠するアビリティを会得したことと同時にまだ見つけられていない日本の神の手がかりが手に入って驚いた。


「ご主人、思金神おもいかね様の知識で鑑定能力と変身のクオリティが上がったよ」


「良かったな。パンドラがパワーアップできて嬉しいぞ」


 藍大に頭を撫でられてパンドラは嬉しそうに尻尾を振った。


 <思金神祝ブレスオブオモイカネ>は<叡智目録ウィズダムカタログ>の効果を純粋に強化しており、パンドラの知識量の増加や鑑定によってわかる情報の増加、変身した時に神による鑑定以外では見抜けなくなる効果だった。


 つまり、パンドラの変身は逢魔家ではルナには見抜けなくなったことを意味する。


 もっとも、パンドラがルナに悪戯をしかけることはないだろうから、そうなったことで影響はないのだが。


 その時、藍大の耳に再び伊邪那美のアナウンスが届いた。


『リルの称号”ロキの感謝”が称号”ロキの神子”に上書きされました』


 伊邪那美のアナウンスに続いて藍大の頭にロキの声が響く。


『息子想いなロキがパンドラに負けないようにリルにテコ入れしたんでよろしく』


 その直後に藍大は周囲を素早く確認したが、ロキの姿は確認できなかった。


『まったく、ロキ様ってば子離れできてないね』


「リルにとってはあんまり嬉しくない感じ?」


『嬉しくない訳じゃないけど、力の強化と引き換えにマーキングが濃くなった気がするのはちょっとね』


 加護を与えられてリルの能力値は全体的に強化されたが、その分自分の体からロキの気配がするのでリルは複雑な気分なようだ。


「大丈夫だ。ロキ様が変なことをしたらサクラがお仕置きしてくれるし、俺もトール様経由で抗議するからさ」


 サクラの<運命支配フェイトイズマイン>の影響範囲は距離を問わない。


 言ってしまえば、どれだけ逃げても必ず対象となったら逃げられずに定めた運命が訪れるから逃げるのは無駄なのだ。


 トールも藍大に食質を取られているから、藍大に頼まれたらトールもロキに余計なことをするなと注意するに違いない。


 以上2つの理由からリルの不安はなくなった。


『ご主人ありがとう!』


「よしよし」


 甘えて来るリルの頭を藍大はわしゃわしゃと撫でてあげた。


 リルが満足してから探索を再開してボス部屋までサクサク進んだ。


 部屋には待ち侘びたと態度で示さんばかりの赤黒い竜が待機していた。


 藍大はすぐにその正体をモンスター図鑑で暴き出した。



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名前:なし 種族:ピアサ

性別:雄 Lv:100

-----------------------------------------

HP:3,500/3,500

MP:4,000/4,000

STR:3,500

VIT:3,500

DEX:2,500

AGI:3,000

INT:3,000

LUK:3,000

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称号:9階フロアボス

   到達者

アビリティ:<紅炎吐息クリムゾンブレス><隕石雨メテオレイン><連鎖爆発チェーンエクスプロージョン

      <破壊突撃デストロイブリッツ><死毒尾鞭デステイル><吸収捕食ドローイート

      <自動再生オートリジェネ><全激減デシメーションオール

装備:なし

備考:一体いつまで待たせるつもりだ

-----------------------------------------



「ピアサは待たされてご立腹らしいぞ」


『お肉のくせに生意気だね』


「身の程を教えてあげよう」


「身の程を知るのは貴様等だ!」


 ピアサは藍大達の会話を聞いて怒り、<紅炎吐息クリムゾンブレス>で攻撃した。


「その程度の攻撃じゃ効かないよ」


 パンドラは<迦具土炎フレイムオブカグツチ>でピアサのブレスに迎撃した。


 ピアサのINTが3,000あろうとも、強化されたパンドラのINTより低いし、そもそも<迦具土炎フレイムオブカグツチ>がピアサの攻撃程度で威力負けすることもない。


 ピアサはパンドラの攻撃にやられて炎に包まれた。


「熱い! 熱いぞ!?」


『それなら冷やさないとね』


 自分の攻撃が打ち破られて炎に包まれたピアサは驚いてドタバタするが、リルの<雪女神罰パニッシュオブスカジ>で冷凍保存されてあっさり力尽きた。


『ピアサのお肉ゲットだね!』


「今日の戦果は文句なしだね」


「ナイスファイト。リルもパンドラも流石だな」


 藍大は一仕事したリルとパンドラを労った。


 ピアサの肉はブラドが解体するだろうから、その魔石だけ取り出して残りは藍大が亜空間にしまい込んだ。


 ピアサの魔石もパンドラに与えられ、パンドラは本日二度目の強化タイムに移る。


『パンドラのアビリティ:<忘却水流オブリビオンストリーム>がアビリティ<忘却追砲オブリビオンホーミング>に上書きされました』


 (直線的じゃなくて追撃するようになったのか)


 追撃できる攻撃なら戦略は大きく変わる。


 藍大はパンドラが強くなったことを祝ってその頭を優しく撫でた。


 そして、八王子ダンジョンでやるべきことは終わったから藍大達は帰宅した。

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