第850話 せめて美味しく食べて供養してあげようね

 藍大の武器が封印された翌日、藍大とリル、ゲン、パンドラは八王子ダンジョンの9階にやって来た。


 昨日まではブラドが改築したダンジョンで探索していたが、モルガナも自分が管理するダンジョンを改築するからチャレンジしてほしいと頼んだのだ。


 9階はオーソドックスな遺跡風の内装だが、リルは少し歩いてからぴたりと止まった。


「リル? どうかしたか?」


『ここの床、わずかにだけど奥に向かって下に傾いてるよ』


「モルガナが探索開始早々に仕掛けて来たか」


「言われてみれば、あそこの天井が怪しい」


 藍大とリルの会話を聞いてパンドラが頭上の天井に違和感があると伝えた。


『正解だよ。僕達が進んだ後に天井がずれて鉄球が後ろから転がって来るギミックなんだ』


「それはこのタイミングでバレると悲しい罠だな」


『ワフン、見え見えの罠を仕掛けるのが悪いんだよ。ということで、えいっ』


 リルが<神裂狼爪ラグナロク>で攻撃して天井を壊せば、鉄球が通路に落ちてそのまま転がっていった。


「行っちゃったな」


『行っちゃったね』


「行っちゃったねってリルがやったんじゃないか」


 他人事のように言うリルに対してパンドラがジト目でツッコんだ。


 その直後に通路の奥から連続して何かが作動する音が聞こえた。


「連動するタイプの罠だったのか」


『全部空振りだけどね』


「モルガナが家で罠が空振りになったことをしょんぼりしてそう」


『大丈夫。モルガナがしょんぼりしてたら舞がギュッとハグして慰めてあげるから』


「それは大丈夫じゃないと思う」


 (目を瞑ればぐったりしてるモルガナの姿が思い浮かぶね)


 リルとパンドラの話を聞いて藍大は苦笑した。


 その時、通路の奥からいくつもの悲鳴が聞こえて来た。


「「「・・・「「ギィアァァァァァ!?」」・・・」」」


「何事?」


『さっきの鉄球に雑魚モブモンスターが轢かれたんじゃないかな』


「楽して倒しちゃったかもね。見に行こうよ」


「そうだな。せめてどんなモンスターなのか見に行かないと」


 藍大はパンドラの言い分に頷いた。


 自分達を襲撃しようと待ち構えていたにもかかわらず、実際にやって来たのはギミックの鉄球だったというかわいそうな雑魚モブモンスターがなんだったのかきになったのだ。


 悲鳴の聞こえた場所に向かう途中には、炎が噴き出した穴や射出されて散乱した針等の役目を終えた罠があった。


 それらをスルーして現場に急行してみると、そこにはリザードマンとマンドラゴラを足して2で割ったようなモンスターの集団が倒れていた。


「リザマンドラLv100。どの個体も虫の息だな」


「かわいそうに。介錯してあげるよ」


 パンドラは鉄球に轢かれた後で放置されていたリザマンドラ達に対し、<忘却水流オブリビオンストリーム>でとどめを刺した。


 そのアビリティの効果もあり、リザマンドラ達の表情は苦痛に満ちたものからほげっとボケた顔になって力尽きた。


「パンドラさんや、こ、これはブフッ」


「僕もここまで酷いとは思ってなかったんだ。次はやらないよ」


 藍大は吹き出してしまい、パンドラもヒクヒクしつつもどうにか笑いを堪えていた。


 ちなみに、リザマンドラは本来、敵を硬直させる叫び声や植物に関する魔法系アビリティと肉弾戦を織り交ぜたスタイルで戦う。


 だが、先程の悲鳴は敵を硬直させるのではなく純粋な悲鳴であり、鉄球に轢かれて瀕死のところをパンドラにとどめを刺された。


『ご主人、哀れなリザマンドラ達って食べられるんだよね?』


「珍味らしいぞ。頭から生えてる草と根っこになってる尻尾は香辛料で、体はささみに近い触感だってさ」


『せめて美味しく食べて供養してあげようね』


「そうだな。出番もなくこんな退場のさせられ方じゃ不憫だもんな」


 倒されたリザマンドラ達は藍大達に手際よく回収された。


 きっと後で藍大が美味しい料理にすることだろう。


 それはさておき、気持ちを切り替えて藍大達は生きているリザマンドラ達はいないだろうかと通路の先に進む。


 しばらく進むと藍大達よりも前に転がっていった鉄球が穴に落ちており、その先は壁になっていて前進できなくなっていた。


 その代わりに右に通路が伸びていたが、パンドラがリルに話しかけた。


「リル、僕の予想が当たってたら行き止まりの壁に何かあると思う。どうかな?」


『ファイナルアンサー?』


「・・・ファイナルアンサー」


 リルが真剣な表情で本当にそれで良いのかと訊き返すと、パンドラがゴクリとつばを飲み込んでから頷いた。


 藍大はその様子をビデオで撮影しながら見守る。


 じっくりと溜めた後、リルはにっこりと笑って頷いた。


『正解だよ。あの壁の向こうに何か隠されてるね』


「よしっ」


 自分の予想が当たってパンドラはガッツポーズした。


 パンドラがガッツポーズしている姿は珍しいので、録画している藍大は静かに笑った。


 それに気づいたパンドラは少し照れたような素振りを見せる。


「ご主人、僕だってガッツリ喜ぶことはあるんだよ」


「わかってるって。普段は感情表現が控えめだから珍しいと思っただけだ」


「それは僕以外のキャラが濃過ぎるだからであって、僕の感情表現が控えめに見えるだけだよ」


「うん、確かにそうだな」


 パンドラの言う通り、逢魔家はキャラが濃い者ばかりいるせいで相対的にパンドラのリアクションが薄く感じられてしまうのである。


 とりあえず、パンドラがリルと同じように行き止まりの壁の向こうに何かあるのは突き止めたので、藍大達はそれが何か確かめることにした。


『パンドラ、どうすれば壁の向こうに行けるかわかる?』


「残念だけどまだわからない」


『そっか。それならここから先は僕のターンだね』


 リルは得意気に言って<風精霊祝ブレスオブシルフ>で穴に落ちた鉄球を攻撃した。


 上から下に向かって突風が吹き、鉄球が穴の底へと押し付けられる。


 それによってカチリと音が鳴って岩の壁が倒れて穴を封じる蓋になるとともに、向こう側に渡るための橋になった。


 壁の向こうには豪華な装飾の鏡が安置されていた。


『ご主人、看破の魔鏡だよ。鏡の前に立った者が欲しいと強く願うものを言い当て、どうすれば手に入れられるか教えてくれるんだって』


「なんかおとぎ話にそんな鏡が出て来たっけ」


『面白そうだから試しにやってみようよ』


「良いね。じゃあ、言い出しっぺのリルがやってみたら?」


『わかった!』


 リルが試してみたそうに尻尾を振っていたため、藍大はリルが最初に看破の魔鏡を使って良いと言った。


 その言葉を聞いてリルが嬉しそうに鏡の前に移動した。


『鏡よ鏡、僕の欲しいものを当ててごらん』


『主である逢魔藍大の作る食事だ。普通に作ってくれと頼めば作ってもらえるだろう』


『すごいよご主人! この鏡は本当に僕が欲しい物を言い当てたよ!』


「よしよし。愛い奴め」


 リルが看破の魔鏡はすごいんだとアピールするから、藍大はリルの頭を撫でて落ち着かせる。


 パンドラはやれやれと言わんばかりに首を振ってリルの隣に立つ。


「ちょっと待った。リルが欲しいものは僕達家族なら簡単にわかる。ここは僕が試してみる」


 パンドラも看破の魔鏡を試してみたいらしい。


 リルが鏡の正面から退いてパンドラがその正面に立って訊ねる。


「鏡よ鏡、僕の欲しいものを当ててみなよ」


『造作もない。つがいのミオとの間の子供だ。今まで通りに夜に励めばいずれ子供ができるだろう』


「・・・正解」


 看破の魔鏡に自分が欲しがっている物を言い当てられてパンドラはちょっぴり悔しそうだった。


「パンドラも子供が欲しかったのか」


「うん。だって優月達は可愛いし、リルやリュカもルナがいて幸せそうだからさ」


「確かに子供は良いぞ。子供の元気な顔を見てるだけで自分も元気づけられるし」


『ワフン、子供の成長する姿を見守るのも楽しいよ』


 子供を持つ父親達の意見を聞いてパンドラはなるほどと頷いた。


 次はいよいよ藍大の番である。


 自分達の欲しいものを言い当てられたので、きっと藍大の欲しいものも言い当ててくれるに違いないとリルもパンドラも思っていた。


 ところが、藍大が看破の魔鏡の前に立ってもそれは黙ったままだった。


「あれ? 俺の欲しいものはわからないの?」


『難しい。これは実に難しい。既に満ち足りてる者が欲しがるものは我にはわからぬ』


「ほう、そういうこともわかるのか」


『ご主人は何も欲しくないの?』


 看破の魔鏡が出した答えを聞いてリルが首を傾げると、藍大はリルの頭を優しく撫でる。


「今の生活があれば十分ってことさ。大好きな家族と暮らせれば良い」


「クゥ~ン♪」


「良いこと言う。流石ご主人だね」


 藍大の出した回答にリルもパンドラも藍大に甘えたくなった。


 藍大達が看破の魔鏡を回収して探索を開始するまで10分程かかったのは仕方のないことである。

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