第846話 ワフン、パンドラは僕が育てた

 伊邪那美のアナウンスにより、パンドラのアビリティが上書きされたことがわかった藍大だが、神の名を冠するアビリティが上書きされたケースは初めてだった。


 迦具土は月のダンジョンで邪神を倒した後に完全復活した。


 今までは神の名を冠するアビリティを会得したタイミングにおいて、完全復活していない神の力を借りていたから上書きされなかったのだろうか。


 そんなことを考えたけれど、藍大はすぐにその仮説を否定した。


 既にトールやロキ、バステト、ヘパイストス等が完全復活しており、その後もリルやミオ、ドライザーは彼等の名を冠するアビリティをかなりの頻度で使っていた。


 魔石もたくさん取り込んで来たが、神の名を冠するアビリティが変化しなかったのだからこの現象は迦具土に寄るものだろうと思い直した訳だ。


『藍大の考える通りだよ。僕がパンドラを強化したんだ』


 (やっぱり迦具土の仕業だったのか)


『うん。パンドラは働き者で苦労してるからね。<迦具土刃エッジオブカグツチ>だけじゃ不便だと思って強化したんだ。藍大に与えた加護よりは弱いけど、パンドラには僕の炎を自由に使えるようにしたんだ』


 (それは助かる。迦具土、ありがとな)


 藍大はテレパシーで話しかけて来た迦具土に感謝した。


 迦具土が力を取り戻して藍大を自分の神子にした際は、藍大にテレパシーで意思疎通ができるだけでなくを炎を支配する力が与えられた。


 この力があれば炎を使った攻撃ができるのは当然だが、料理中の火加減が絶妙な調整を必要としても難なく調整できるようになった。


 戦闘以外にも料理で使える力を迦具土に与えられた時、藍大と食いしん坊ズが喜んだのはまた別の話である。


「ご主人、僕は今までよりもずっと迦具土の炎を自由に使えるようになったみたい」


「そうだな。たった今、迦具土からパンドラがいつも頑張ってるから強化したってテレパシーで教えてくれたぞ」


「そっか。帰ったらお礼を言わないとね」


「迦具土が喜ぶと思うからそうしてあげてくれ」


 迦具土から配慮されたと知り、本当に良い神から力を与えられたとパンドラは喜んでいた。


 尻尾の揺れ方がパンドラの喜びを如実に表しているので間違いない。


 ただし、誤解しないように補足するならばレンタル先ではパンドラがこんなにわかりやすく尻尾を揺らすことはない。


 藍大の前だからこそ、肩肘張らずに自然体でいられるのである。


 そこに今度はブラドのテレパシーが藍大に届く。


『むぅ、やはり午前中だけでここまで突破されてしまったか』


 (この上の階は用意されてるのか?)


『ギリギリあと1階は用意しておったぞ。まあ、今日のところは昼も近いのだし帰って来てほしいのである』


 (了解。これから帰るよ)


『うむ。今日の午後には秘境ダンジョンの改築を進めるのでそうするが良いぞ』


 ブラドとテレパシーでの会話を終えた時にはリルが解体を済ませており、頭を撫でてほしそうな目で待っていた。


「よしよし。愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 今日の探索の主役はパンドラだったが、自分だってちゃんと働いてるんだぞとアピールするリルが愛らしくて藍大はその頭をわしゃわしゃと撫でた。


 リルも望み通りに撫でてもらえて嬉しそうに鳴いている。


 リルが満足した後、戦利品の回収を済ませたことだし藍大達は秘境ダンジョンを脱出して帰宅した。


 家に戻って来た藍大達は舞達に出迎えられた。


「おかえり~。あっ、パンドラの力が強くなってる~」


「でしょ。僕は午前中だけでも強くなったんだよ」


 舞に強くなったと気づいてもらえてパンドラはご機嫌である。


 そんなやり取りをする隣ではサクラが藍大に話しかけていた。


「おかえり。宝箱をゲットしたんじゃない?」


「勿論だ。今日はリルに少しだけ力を借りたけど、どこにあるかはパンドラが特定したんだ」


「ふ~ん。パンドラもやるね」


『ワフン、パンドラは僕が育てた』


「全部じゃないけどね。まあ、探索面では本当に教わることが多くて感謝してるけど」


 サクラに対して自分よりも早くドヤるリルにツッコミを入れつつ、パンドラは素直にリルのおかげであることを口にした。


 素直なことは良いことである。


「パンドラは宝箱から何を取り出してほしいの?」


「蓮の種が良いな。ご主人が前に作ってくれた蓮根チップを食べたい。ご主人、メロが蓮を育てたら作ってくれる?」


「任せろ。サクラ、蓮の種を頼む」


「任されました。はい、どうぞ」


 サクラはあっさりと宝箱の中から蓮の種を取り出した。


神蓮しんれんの種だね。蓮根チップが待ち遠しいよ』


 リルも蓮根チップの話はちゃんと聞いていたため、鑑定結果に蓮根チップのリクエストを念押しした。


 念押ししなくても大丈夫だと藍大は笑い、安心させるべくリルの頭を優しく撫でた。


 そこにメロが新しい植物の種の存在を察知してやって来た。


「マスター、おかえりです。新しい種の気配がして来たですよ」


「流石はメロだな。今日は神蓮の種だ。美味しい蓮根を頼むよ」


「はいです! 午後になったら植えて育てるです!」


 メロが元気いっぱいに返事をしたので、藍大はメロの頭も優しく撫でた。


 メロが満足した後はおなかを空かせた食いしん坊ズからの視線を感じ、藍大は昼食をテキパキと作った。


 今日も今日とて食卓は戦場だったようだが、食いしん坊ズ以外はサクラの協力もあって穏やかな昼食だった。


 昼食の後、藍大は伊邪那美に声をかけられる。


「藍大、ちょっと良いかの?」


「どうしたの伊邪那美様? 夕食はまだ先だぞ?」


「妾は昼食を取ったことを忘れたボケ老神じゃないのじゃ!」


「良いツッコミだ。それで、本題は何かな?」


 藍大は自分のボケにきっちり伊邪那美がツッコんでくれたことで笑顔になり、そのまま伊邪那美に本題が何か訊ねた。


「菊理媛のことじゃ」


「菊理媛?」


「うむ。菊理媛は藍大達に邪神の件で迷惑をかけたから言い出せないようじゃが、地下神域にいてまだ完全復活してないのは菊理媛だけなのじゃ。そろそろ復活させてあげてほしいぞよ」


「今朝時点の復活率が90%だったっけか。確かにあとちょっとだな」


 藍大は朝に菊理媛の確認した時のことを思い出してポンと手を打った。


 邪神を倒して以来、急激に神の力を取り戻すようなイベントが減ってしまったため、今は藍大が作る食事が力の回復を担っている。


 コツコツと藍大の作った料理を口にして来た結果、今朝の時点で菊理媛は復活率90%に達していた。


「そうじゃろう? 仲間外れなのは良くないのじゃ」


「とは言ったもののどうしろと? 何かイベントでも起きないと一気に10%も復活率を上昇させるのは厳しいぞ?」


達成報酬アチーブメント狙いで考えると良いじゃろうな」


達成報酬アチーブメント、ねぇ。直近で見込みがありそうなのはパンドラの強化かね」


 伊邪那美に言われて藍大がパッと思いついたのはパンドラの強化だった。


 今日の午前中だけでもアビリティが2つ統合して強化され、空いた枠で新しいアビリティを会得した。


 おまけに”憂鬱な皇帝”の称号も獲得しており、神化していないゲンや仲良しトリオ、ブラドとパンドラは同じ領域に足を踏み入れたことになる。


 いや、正確にはパンドラの方が上かもしれない。


 何故なら、ゲン達は神の名を冠するアビリティを会得していないからだ。


 神の名を冠するアビリティを会得している分、ゲン達よりも高位の存在に近いと言えよう。


 自分の話をされているとわかると、ミオにべったりとくっつかれた状態でパンドラが現れた。


「僕の話?」


「そうだけどミオは何やってるんだ?」


「僕が神獣になれるようにくっついてるんだってさ」


「そうニャ。パンドラとお揃いになれるようにくっついてるニャ」


 (それだけで神獣にはなれないと思うんだが)


 リル達四神獣が四属性の神獣になった時の条件を思い出し、ミオの気持ちはわかるがそれは厳しいだろうと藍大は心の中でやんわりとミオにツッコんだ。


 バサッとそれでは無理だと斬り捨てないのは藍大と伊邪那美の優しさである。


「そっか。まあ、明日もパンドラと秘境ダンジョンの続きから探索するんだし、パンドラを鍛えてく内に何か起きるさ」


「そうじゃな。藍大達なら何かしらやってくれる気がするのでゆるりと待つことにするのじゃ」


 藍大の言い分を聞いて伊邪那美は納得した。


 パンドラは明日も藍大とダンジョンに行けると聞いて喜んだ。


 今まで耐えに耐えて来たパンドラは、藍大達と同じ領域に足を踏み入れるまであと僅かなのかもしれない。

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