後日譚4章 白執事、覚醒する

第843話 このダンジョンって僕のためにあるんだ?

 MOF-1グランプリの翌朝、藍大はリルとゲン、パンドラを連れて山梨県にある秘境ダンジョンにやって来た。


「ご主人、なんで秘境ダンジョンなの?」


「ブラドが秘境ダンジョンをパンドラの強化用に改築したからだ」


「このダンジョンって僕のためにあるんだ?」


「厳密に言えば”楽園の守り人”のメンバーなら誰でも挑めるダンジョンなんだけど、パンドラがサクラやリル達に並ぶ強さを得るまではパンドラの強化のためだけに開放するってブラドが言ってた」


「へぇ。後でお礼を言っとくよ」


「そうしてあげてくれ」


 パンドラは秘境ダンジョンが今は自分のため改築されたと聞き、全ての尻尾を嬉しそうに揺らした。


 いつも司達のパーティーでお目付け役として同行していたが、その役目を家でサボっていたモルガナに引き継ぎ終えたので、今日から藍大のパーティーで力をつけるつもりである。


 ゲンは<絶対守鎧アブソリュートアーマー>で藍大に憑依しており、リルはパンドラだけでは手数が足りない時にサポートするために同行している。


 それゆえ、今日からしばらくの探索はパンドラがメインなのだ。


 その事実もパンドラの機嫌を良くさせている要因の1つと言えよう。


 さて、秘境ダンジョンの中は相変わらず神社の内装になっており、今までは天使を模った無機型モンスターが冒険者を倒しに現れたけれど、改築された今は別のモンスターの集団が現れた。


 そのモンスターは毛の生えたツチノコを模した人形だった。


「ノヅチドールが5体。平均はLv40ってところか」


『同じ無機型でも天使じゃなくて妖怪のモンスターなんだね』


雑魚モブモンスターに時間なんてかけないよ」


 パンドラは藍大とリルの分析を聞いてからすぐに<迦具土刃エッジオブカグツチ>を放ち、ノヅチドールの集団をあっという間に焼き切った。


 平均してLv40のモンスターでは少しも手応えがなく、その後もノヅチドールの集団が現れてはパンドラにあっさり倒された。


 10回の戦闘を終えた後、通路の向こうから黒い毛に覆われた人形が飛んで来た。


「シコメドールLv45。”掃除屋”だってさ」


『僕知ってる。黄泉醜女よもつしこめがモチーフなんだよ』


「正解。パンドラ、やれるな?」


「当然。一撃で終わらせるよ」


 リルの頭を撫でながら藍大が訊ねれば、パンドラはこのぐらいどうってことないと<迦具土刃エッジオブカグツチ>でシコメドールを一刀両断した。


 倒した敵をさっさと回収すると、パンドラは藍大の前に戻って来て座った。


「よしよし。パンドラなら余裕だったな」


「まあね」


 藍大に頭を撫でてもらってパンドラは嬉しそうに目を細めた。


 パンドラの気が済んでから探索を再開すれば、今度はリルがピクッと反応する。


「リル? この辺りに違和感があるのか?」


『あるよ。そうだ、今回はパンドラに違和感のある場所を当ててもらおうかな』


「僕が?」


『うん。パンドラは僕から宝箱や隠し部屋の調べ方を習ったでしょ? だから、パンドラにその勉強の成果を見せてもらいたいな』


「わかった。探してみる」


 レンタル先の司達のパーティーが宝箱のある状態のダンジョンを探索することは滅多にない。


 それでも、外部のダンジョンに行った時にしっかり宝箱を回収できるようにとパンドラはリルに宝箱や隠し部屋の調べ方を学んだ。


 今日の探索ではパンドラがリルに自分の成長の程を知ってもらえるチャンスだから、パンドラは違和感探しにやる気を出した。


 周囲をじっくり見渡した後、パンドラは少し考えてから慎重に歩き始めた。


 脚で床を叩くようにして進み、音の違いがないか確かめている。


 床に異常がないとわかれば、次は両側の壁を調べ始めた。


 木目や板の切れ目がスイッチになっていないか調べるが、その予想も残念ながら外れてしまった。


 残るは天井なので、パンドラは<形状変化シェイプシフト>でドライザーの姿に変身して天井に違和感がないか叩いて調べた。


 そして、何度か叩いていく内にパンドラの耳は今までとは違う音がしたことを察知した。


「見つけた」


 パンドラは天井の板が外れることに気が付き、外した天井の先に宝箱があるのを見つけた。


 宝箱を掴んで地面に着地し、それをリルの前に置いてから<形状変化シェイプシフト>を解除した。


「リル、見つけたよ。僕の力だけで宝箱を見つけたんだ」


『おめでとう。パンドラはしっかり成長してるね』


『ぐぬぬ、リルならともかくパンドラにも見つけられてしまうとは・・・』


 ブラドの悔しそうな声がテレパシーで藍大に届いた。


 パンドラにはまだ見つけられないとブラドは思っていたようだが、パンドラの探索技術は着実に向上しているようだ。


「パンドラ、おめでとう。宝箱は帰ってからサクラに開けてもらうか?」


「そうする。僕が開けるよりもその方が確実だからね」


 過度に自分に自信を持たない現実主義なパンドラだから、宝箱は帰ってからサクラに開けてもらうことを選択した。


 藍大はその選択を尊重して宝箱を回収した。


 気持ちを切り替えて宝箱があった場所から先に進んで行くと、井戸の見た目をしたリサイクルベースが設置されていた。


「ノヅチドールの素材を入れてみる?」


『僕は入れてみても良いと思うよ』


「僕も賛成。売る分をいくらか残せば良いと思う」


 リルとパンドラの意見が一致したため、藍大は道中に倒したノヅチドールの素材の7割をリサイクルベースの中に入れた。


 その結果、リサイクルベースが光を放って光の中で形を変え、死装束を身に着けた老婆と呼ぶべきシルエットになった。


 光が収まったところで現れたのは奪衣婆を模した人形だった。


「「『なんで?』」」


 藍大達のコメントがシンクロした。


 それぞれに目の前の敵を鑑定したことにより、リサイクルベースの効果で現れたモンスターがダツエバドールLv50だとわかった。


 奪衣婆に需要がないのもそうだけれど、それを無機型モンスターが再現した理由が気になって藍大達は首を傾げたのである。


 ここで注目すべきはダツエバドールの身に着けている死装束だ。


 これには特殊な効果が備わっているので侮れない。


 驚くべきことに、ダツエバドールの死装束が破壊されるか脱げるとダツエバドールの全能力値が2倍になる効果があった。


 装備していた者が脱ぐことで強くなるならば手に入れたいと思うかもしれないが、この死装束はダツエバドール専用だから藍大達には使えない。


「とりあえず、あの装備を剥ぐね。特殊な装備だからドライザーや茂が興味を持つかもしれないし」


「そうだな。茂に鑑定させてからドライザーに装備の素材として渡してみるか。もしかしたら面白い物ができるかもしれない」


「そうだね。それじゃ剥ぎ取っちゃうよ」


 パンドラは<停止ストップ>でダツエバドールの動きを止め、その死装束を回収した。


 死装束を失ったまま<停止ストップ>を解除された途端、青白かったダツエバドールの体が赤く変色して全身から蒸気を出すようになった。


「リミッターが解除されて暴走してるっぽいな」


「変に暴れられても困るからさっさと倒しちゃうよ」


 藍大の言葉を受けてパンドラは<負呪破裂ネガティブバースト>でダツエバドールを倒した。


 バラバラの破片になったダツエバドールはそれぞれが高熱を放っており、その熱によって破片が熔けて変形し始めていた。


「リル、破片を1つにまとめてインゴットっぽくできる?」


『任せてご主人』


 リルは藍大に頼まれて熔け始めた破片を<仙術ウィザードリィ>で集めてインゴットの形に押し固めた。


 そこに藍大がゲンの力を借りて<液体支配リキッドイズマイン>を使えば、水の塊が創り出されてリルが押し固めたダツエバドールだった物が魔石を除いてインゴットになる。


 インゴットの熱が冷めたのを確認してから藍大達はそれを回収した。


 ダツエバドールの魔石はパンドラを強化するには物足りなかったため、忘れずに回収してから藍大達はボス部屋へと向かった。


 ボス部屋の中にはイクサドールという黄泉軍よもついくさを模った人形のモンスターが待ち構えていた。


 しかし、イクサドールはLv50で能力値は暴走したダツエバドールに比べて弱かったので、パンドラが粛々と<迦具土刃エッジオブカグツチ>で倒した。


「あっという間に1階が終わっちゃった。2階はもっと楽しめると良いな」


「大丈夫だろ。ブラドが改築してつまらないってことはないだろうし」


『その通りである。吾輩の改築した秘境ダンジョンはまだまだこれからである』


 パンドラが少し寂しそうに言ったのに対し、藍大はブラドならばやってくれるとパンドラを励ました。


 ブラドもこの程度で秘境ダンジョンを知った気になってもらっては困ると自信満々なテレパシーを藍大に送っており、藍大達の秘境ダンジョンの探索はまだまだ続く。

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