第835話 僕達は元々毛皮に覆われてるから人間の裸とは別じゃないかな?

 1週間後の8月9日、藍大とリルは午前8時にはMOF-1グランプリの会場である代々木競技場の控室にいた。


 MOF-1グランプリに出場するペアあるいは審査員だけがそれぞれに部屋を用意されており、藍大のコネで逢魔家と広瀬家は来賓席を確保している。


「リル、そろそろ行くか」


『そうだね。茂の代わりにお仕事しなくちゃ』


 茂の代わりの仕事とはドーピング検査だ。


 自前のアビリティでバフをかけるのはありだけれど、薬品によって身体能力を強化することは禁止されている。


 正直なところ、MOF-1グランプリに参加するペアがドーピングなんてつまらないことをするはずないが、大会の健全性をアピールするためには必要な対応なのだ。


 過去2回の大会は鑑定士の茂がドーピング検査を行っていたが、茂はDMU本部長の志保がMOF-1グランプリに参加する都合上対応できない業務の代わりをすることになり、今回は検査をする暇がない。


 それゆえ、審査員長の藍大とリルが茂の仕事を引き継ぐことになった訳である。


 真奈のモンスター図鑑では獣型モンスターしか検査できないから、真奈がドーピング検査をやりたがったが藍大がそれを押し留めた。


 真奈の場合、モフ神ゆえにモフモフを触ればその状態を把握できるレベルまで極まっているけれど、それはあくまでも直感的なものであり根拠となるデータはない。


 加えて言うならば、検査と称して出場するモフモフ従魔達をモフった結果、大会に支障が出てしまう可能性すらあるので、とてもではないが真奈に任せることはできないだろう。


 検査担当者はあくまで大会に影響のない範囲で検査を行う必要があるから、モフラーには任せられないのは当然である。


 控室を出た藍大とリルは自分達の控室から近い順番に検査を始めることにした。


 最初に入ろうとしている部屋に入っているペアの札を見て、リルがグッと体を強張らせる。


「リル、大丈夫だ。何があってもリルをモフらせたりしないから」


『ありがとうご主人!』


「よしよし」


 リルが嬉しそうに自分に甘えるので、藍大はリルの頭を優しく撫でた。


 最初の部屋にいるのはリルが天敵3号に認定したリーアムとニンジャのペアだ。


 ノックをしてから控室の中に入ると、リーアムが座禅を組んでおり、彼が組んでいる脚の上にニンジャも座って座禅らしきポーズをしていた。


 どうやら本番前に瞑想をしているようで、リーアムがリルをモフらせてくれと言うような雰囲気は微塵も感じられなかった。


「おはよう。準備はばっちりかい?」


「おはようございます。やれることは全てやりました。後はそれを大会でぶつけるのみです」


「気合が入ってるね。やっぱり、今回初参戦のあのペアを警戒してるのかな?」


「その通りです。最初にあのペアが出ると聞いた時、リル君とガルフが優勝して出られなくなったから優勝できる可能性が高まったなんて甘いことを考える余裕はなくなりました。絶対に負けません」


「プゥ」


 リーアムもニンジャも気合十分だった。


『ご主人、ニンジャは異常なしだよ』


「了解。じゃあ、本番ではベストを尽くしてくれ」


「はい!」


「プゥ!」


 審査員長という立場だから、どれか1つのペアを贔屓することはできない。


 だからこそ、藍大はベストを尽くしてくれと応援するに留めた。


 次の控室の前ではリルが怯えることはなかったので、普通に部屋の中に入った。


「おはようございます。調子はどうですか」


「おはようございます。勿論ばっちりですよ。私もカームもプロなので」


「ピヨ」


 部屋の中にいたのは白雪とカームのペアだった。


 カームは幼女形態ではなくモフモフな見た目のモフトリスの姿になっており、白雪にブラッシングしてもらっていたらしい。


 白雪の拘りのおかげで万全の状態でここにいるらしく、ニンジャとは違って精神統一は要らないみたいだ。


 モンスター図鑑で念のために鑑定してみると、当たり前だが問題はなかった。


 ただし、備考欄を見て藍大は苦笑した。


 (私の思考を読まないで下さいって警戒されてるなぁ)


 カームは藍大とリルを警戒していた。


 これはカームが図太くマイペースなキャラを演じており、実際は計算高い性質を隠しているからである。


 白雪に自分のキャラを知られるのは主人だから良いが、藍大とリルに鑑定されて自分の本質がバレるのは芸能界で生きていくには不味いと思っているのだろう。


 藍大もリルもカームのキャラを暴いて脅そうなんて考えていないので、そんなに警戒しなくてもと苦笑するだけだった。


 白雪とカームの部屋を出た後は、”グリーンバレー”の結衣とマロンの部屋に向かった。


 マロンはまだ衣装を着ておらず、藍大とリルが部屋に入って来たタイミングで自分が全裸だと気づいて両腕で胸を庇うような仕草をした。


「チュッチュ」


『僕達は元々毛皮に覆われてるから人間の裸とは別じゃないかな?』


「チュウ」


 リルにそう指摘されれば、それもそうだとマロンもその仕草を止めた。


 条件反射でそのポーズをしてしまうあたり、マロンはかなり人間っぽいと言えよう。


「おはようございます。結衣さんもまだ衣装は着てないんですね」


「はい。逢魔さんとリル君だけに衣装を先に見せる訳にはいきませんから」


「わかりました。では、本番を楽しみにしてますね」


 マロンも問題がなかったので藍大達はすぐに次の部屋へと移った。


「お邪魔します」


「おはようございます。逢魔さんもリルさんも検査お疲れ様です」


『お疲れ様です』


 藍大とリルを出迎えてくれたのは重治とダニエルだった。


 このペアの控室は今までのどのペアとも異なりオーケストラのBGMが流れていた。


 白雪とカームのペアとは違う形で寛いでいたらしい。


『ダニエルも体調はばっちりだね。検査も問題ないよ』


『ありがとうございます』


 リルがニッコリ笑って検査の結果を伝えると、ダニエルは礼儀正しくお礼を言った。


 口調が硬いように思うかもしれないが、緊張しているのではなく元々ダニエルはこんな喋り方なので重治にダニエルを心配している様子はなかった。


 用事も済んだことだし、長居をしてリラックスしているのを邪魔するのも悪いと思って藍大とリルは重治とダニエルの部屋を出た。


『次が理人さんの控室だね』


「そうだな。水棲型のモフモフモンスターをテイムしたって聞いたけど、どんな従魔か楽しみだ」


 藍大が理人の控室のドアをノックすれば、どうぞと理人の声が聞こえる。


 許可が出たので部屋の中に入ってみると、理人の隣で今にも寝そうな白くてモフモフしたアザラシがいた。


 藍大は理人に挨拶してからモンスター図鑑を視界に展開して調べ始める。



-----------------------------------------

名前:マーレ 種族:メロシール

性別:雌 Lv:100

-----------------------------------------

HP:3,000/3,000

MP:2,500/2,500

STR:2,300

VIT:2,700

DEX:2,500

AGI:2,000

INT:2,500

LUK:2,000

-----------------------------------------

称号:理人の従魔

   ダンジョンの天敵

   到達者

二つ名:なし

アビリティ:<水支配ウォーターイズマイン><騒音砲ノイズキャノン><剛力滑走メガトングライド

      <拒絶リジェクト><回復歌ヒールソング><子守歌ララバイ

      <眠魔変換スリープイズマジック><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:ね、寝てないよ

-----------------------------------------



 (眠いけど寝ていないとアピールしてる。可愛いな)


 マーレが自分の従魔にいない水棲型モンスターであり、備考欄のコメントがツボに入ったのか藍大はほっこりした気持ちになった。


 藍大の頬が緩んだのを察してリルが対抗する。


『ご主人、僕というものがありながら他のモフモフに気を取られちゃ駄目だよ』


「愛い奴め。嫉妬させちゃってごめんよ」


「クゥ~ン♪」


 藍大が謝ってからわしゃわしゃと撫でると、リルは気持ち良さそうに鳴いた。


「今日も逢魔さんとリル君は仲良しですね」


「勿論です」


『ワッフン。理人さんもマーレと仲が良いんだね』


 リルがドヤ顔になって胸を張ってから、理人とマーレの関係が良さそうなことに触れた。


「そうなんです。マーレは本当に良い子ですよ。瀬奈に理不尽なことを言われてもマーレがいれば私は立ち直れます」


 (瀬奈さん、理人さんにもっと優しくしてあげて下さい)


 マーレという癒しがなければ駄目だったと言外に伝える理人を見て、藍大はこの場にいない瀬奈に理人を労わってくれと願った。


 ここまでは元々出場することがCMでも発表されていたペアだが、他にも第3回MOF-1グランプリに参加するペアがいる。


 彼等の検査を済ませて控室に戻った後、藍大達は番組スタッフに呼ばれてすぐに出番となった。

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