第827話 ぼくしってる。これがくさはえるってやつだね

 2階も1階と変わらずコンテナの詰まれた倉庫だったが、1階と違うのはあちこちから草や苔、蔓が生えており、自然に呑まれつつあるところだろう。


「ぼくしってる。これがくさはえるってやつだね」


「ゼルママが言ってたやつだっけ?」


「そうそう」


 (ゼルさんや、帰ったらお話しようじゃないか)


 優月とユノの会話を聞き、藍大はテレパシーで帰ったらしっかりお話するから覚悟して置けと念じた。


 その念を受け取ったゼルは、自宅でしまったと慌てて自分のやったことを理論武装しているのはまた別の話である。


「優月もユノもゼルがおふざけで伝えた言葉は覚えなくて良いぞ」


「「は~い」」


「よしよし。素直で良い子達だ」


 自分の言葉に素直に応じる優月とユノに対し、藍大は頭を撫でて褒めてあげた。


 藍大は褒めて言うことを聞いてもらうスタンスなのだ。


 それはさておき、コンテナからぶら下がるようにして優月達を待ち構えるモンスターの姿があった。


「あそこ見て。ザックームがいるわ」


「ホントだね。ナギ、あれはおいしくないからたべちゃダメだよ」


「グルゥ」


 ユノがザックームを見つけて知らせると、優月はナギに初めて見るであろうザックームを食べてはいけないと教えた。


 ザックームの実は薬にはなってもそのまま食べるには適さないから、優月の言っていることは正しい。


 最初にザックームが食べられないと伝えるあたり、舞の食いしん坊の血が色濃く優月に受け継がれているのだろう。


 優月に注意されたナギは<自然砲ネイチャーキャノン>を発動し、次々にザックームを撃破していく。


 このフロアのザックームは平均Lv60ではあるものの、ナギに能力値で負けているためナギの攻撃に耐えられなかったようだ。


 歩いて動けない植物型モンスターだから、自分を守る手段がないと攻撃を受けるしかないことも一方的にやられる原因となっている。


 ナギを労ってから倒したザックームを効率良く回収した後、優月達は慎重に先へと進む。


 ザックームを倒しながら先に進んでいると、進行方向からドシンドシンと揺れを伴いながら音が近づいて来る。


「優月、私の後ろにいて」


「うん」


 ユノが通路の奥から接近する何者かを警戒してそう言えば、優月はユノの言う通りにユノの後ろに移動する。


 迂闊に近づかずに迎撃態勢でいたところ、通路の奥からサイクロプスが縦に並んで3体現れた。


 (サイクロプスが雑魚モブモンスター扱いか。警戒度合いを上げとこう)


 ダンジョンによっては”掃除屋”やフロアボスとして現れてもおかしくないサイクロプスが雑魚モブモンスターとして現れたため、藍大は倉庫ダンジョンに対する警戒を強めた。


「ナギ、やれる?」


「グルゥ」


「よし。やっちゃえ!」


「グルゥ!」


 優月にGOサインを出され、ナギは先頭のサイクロプスに接近する。


「グォォォォ!」


 先頭のサイクロプスはナギを迎え撃とうとして手に持っていた棍棒を振り下ろすが、ナギは体をくるっと回転させてその攻撃を受け流した。


 そして、それは<竜闘術ドラゴンアーツ>によって洗練された動きになっており、遠心力を上乗せした尻尾が先頭のサイクロプスの腹部に命中する。


「グォ!?」


 バランスを崩して後ろに倒れる先頭の個体に押され、真ん中にいた個体が咄嗟に支える。


 一番後ろのサイクロプスの動きも止まり、どうぞ狙って下さいと言わんばかりに的と化したサイクロプス達に向かってナギは<自然砲ネイチャーキャノン>を放った。


 周りに草や苔、蔓があることで巨大な種がナギの正面から飛んで行き、サイクロプス達の体を貫通した。


 大きな音を立ててサイクロプス達が地面に倒れたのを見て、ナギは嬉しそうに優月の目の前まで戻って来る。


「グルゥ!」


「ナギ、ナイスファイト!」


「グルゥ♪」


 優月に頭を撫でてもらってナギは嬉しそうに鳴いた。


 その時、コンテナの陰からザックームが突然現れ、優月とナギに攻撃を放とうとした。


「やらせる訳ないでしょ」


 藍大達が動き出す前に、ユノが<衛星光刃サテライトエッジ>でザックームを仕留めた。


 (ユノは周りをよく見てるな。それにしても、騙し討ちしてくるとはやるね)


 サイクロプス達を倒した後、確かにその周囲にモンスターは見当たらなかった。


 戦闘経験がまだまだ少ないので、ナギは周囲をサッと見て敵がいないから優月に甘えてしまったが、その隙を突いて攻撃するだけの狡猾さが倉庫ダンジョンにはあった。


 ユノが敵の出現に気づいて動き出さなかったならば、後ろで見ていた藍大達が介入していただろう。


「ユノ、ごめんね。ゆだんしてた」


「グルゥ・・・」


「誰にでも失敗はあるよ。今度私が失敗したら優月やナギが助けてね」


「うん!」


「グルゥ!」


 自分のミスを認めてすぐに謝る優月とナギ、それに優しく応じるユノを見て藍大達は頬が緩んだ。


「優月達は良いパーティーになって来たな」


『ワフン、優月達も僕達みたいな温かいパーティーになるよ』


「そうであるな。吾輩も同感である」


 藍大達がほっこりしていた時、通路の奥からバタフライマスクを装着して背中からも蝶の翅を生やしたオークが飛んで来た。


 それは”掃除屋”のオークインLv65だった。


「ブモォォォォォッ♡」


「優月は汚させない!」


「グルゥ!」


 ユノが<衛星光刃サテライトエッジ>でオークインをバラバラに切り刻み、それらが床に落ちる前にナギが<解体デモリッション>でただの素材に変えてしまった。


 ユノとナギの見事な連係だった。


 ユノはオークインを倒してすぐに優月を抱き締めた。


「優月、あんな醜い翅雌豚に変な目で見られて怖かったよね。もう大丈夫だよ」


「ユノ? だきつくちからがつよいよ?」


 オークインを倒したユノの姿は藍大には過去に自分を守るべくオークインを瞬殺したサクラとダブって見えた。


 (ユノも順調にサクラの後を追ってるってことだな。優月、頑張れよ)


 遠くない将来、優月がユノに悩まされる時が来るだろうと察して藍大は心の中で優月にエールを送った。


 戦利品回収をしてから魔石はナギに与えられ、ナギの<自然砲ネイチャーキャノン>が<大地吐息ガイアブレス>に上書きされた。


 <大地吐息ガイアブレス>は今までの自然ネイチャー系のアビリティと異なり、周囲の環境で放たれるものが変わる訳ではない。


 何処で撃っても魔力砲に変わりはないが、周囲の自然から魔素を取り込んで威力を上乗せできるため、人工物の比率が少ない場所の方が威力は強くなる。


 オークインを倒した場所から探索を再開し、何度か遭遇したザックームとサイクロプスを倒すとボス部屋の扉が見えて来た。


 優月達はまだまだ元気いっぱいであり、ボス部屋の扉を開いてその中に進む。


 部屋の中には槍と鎧を装備した雌のケンタウロスが待ち構えていた。


「待ってたぞ冒険者よ。さあ、私と熱い戦いを始めようではないか」


 正々堂々と戦うことを好む性格による発言かと思いきや、藍大が視界に展開したモンスター図鑑に映し出された情報はそれを否定するものだった。



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名前:なし 種族:ケンタウロス

性別:雌 Lv:70

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HP:1,200/1,200

MP:1,700/1,700

STR:1,200

VIT:1,200

DEX:1,000

AGI:1,000

INT:900

LUK:1,100

-----------------------------------------

称号:2階フロアボス

アビリティ:<槍術スピアアーツ><紫雷波サンダーウェーブ><岩砲弾ロックシェル

      <闘気鎧オーラアーマー><自動再生オートリジェネ

      <痛魔変換ペインイズマジック><全耐性レジストオール

装備:ナイトスピア

   ナイトアーマー

備考:男の子に私を全力でぶっ叩いてほしい!

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 (おいおい、内面は変態じゃねえか。優月と関わらせたくないんだが)


 ケンタウロスのステータスの備考欄を見て藍大の顔が引き攣るが、それは藍大の隣のリルも一緒だった。


『ご主人、あいつは優月にとって悪影響だよ』


「仕方ない。介入しよう。優月、あいつは事情があって俺達がやる」


「わかったー」


 藍大が優月にこの戦闘を譲ってもらったため、ブラドはどういうことなのか気になって訊ねる。


「主君、一体あいつのステータスに何が記されてたのであるか?」


「あのケンタウロスはドMだ。優月に全力で打ってほしいって備考欄に記されてた」


 ブラドの質問に対して藍大はブラドの耳元で静かに答えた。


「ケンタウロス、貴様は吾輩を怒らせた!」


 ブラドは藍大から話を聞いた後、距離を詰めてから<破壊尾鞭デストロイテイル>を放ってケンタウロスを向こうの壁まで吹き飛ばした。


 壁から地面に倒れたケンタウロスは力尽きていたが、どことなく満足したような笑みを浮かべたまま死体となっていたため、それが余計に藍大達の顔を引き攣らせた。


 稀にではあるが癖の強い個体が登場するので、能力値で勝っても油断してはいけないのがダンジョン探索だと藍大達は改めて思ったのだった。

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