第825話 主君、今の吾輩の発言はカットしてもらえないだろうか?

 翌日、藍大とリル、ブラドが優月とユノ、ナギに付き添ってD国にやって来た。


 D国とF国は神を見つけられず、過去にA国と仲良くしていたせいでギリギリまで日本に頼らないようにと粘っていた。


 しかし、スタンピードを早く鎮圧させないと冒険者ではない一般人からのさっさと日本に頭を下げろという声が大きくなり過ぎて折れた。


 F国には既に暇を持て余している他の冒険者達が派遣されており、D国にもこれからそういった冒険者達が派遣される。


 そこに茂が藍大達をこっそり紛れ込ませたのだ。


 D国とF国の国境付近にはダンジョンがあり、その辺りは両国共鎮圧の優先度が低い。


 そんな場所ならば、優月とユノ、ナギが戦っても問題ないだろうから遠征先として選ばれた。


「ユノ、”さいやく”をやっつけようね」


「うん。さっさと倒して”英雄”になる」


「グルゥ」


 優月とユノは余裕そうだけれど、ナギは初めてのスタンピードに不安を感じてらしい。


 それを察した優月がナギの頭を撫でる。


「ナギ、だいじょうぶ。ナギはつよいもん。それに、ユノはもっとつよいからあんしんして」


「グルゥ!」


 優月に声をかけられて安心したらしく、ナギの声に力が入った。


 ナギの見た目は立派なドラゴンだけれど、心はまだまだ子供のようだ。


 (優月は順調に従魔の主らしくなってるじゃないか)


 ナギに対する優月の接し方を見て藍大は息子の成長を喜んだ。


『ご主人、早速敵が来たみたいだよ』


 リルの示す方向に目を向けてみれば、ヘルハウンドの群れが自分達に向かってやって来ているところだった。


「優月達だけでできるかな?」


「やってみる! ユノ、ナギにお手本を見せてあげて」


「わかった」


 ユノは<衛星光刃サテライトエッジ>を発動してヘルハウンドの群れに複数の回転する光の刃を飛ばす。


 藍大とリルの鑑定に寄れば、ヘルハウンドの大群の平均レベルは50だった。


 その程度ではLv100のユノの攻撃を躱せるはずもなく、あっさりと物言わぬ死体が大量にできあがった。


「グルゥ・・・」


 ユノの手際を見てナギはすごいと言っているようだ。


「優月、終わったよ」


「おつかれさま」


 ユノはニッコリと笑う優月を抱え上げてギュッと抱き締めた。


 戦った後のご褒美としてこれぐらいは良いよねと甘えているのである。


 それから戦利品を回収していると、血の臭いに釣られて今度はオーガとトロールの混成集団がこの場に近づいて来た。


 優月も敵の集団を見つけてナギに声をかけた。


「つぎはナギがやってごらん」


「グルゥ!」


 (えっ、そっちでやるの?)


 藍大はナギが<自然砲ネイチャーキャノン>で一掃すると考えていたのだが、その予想を裏切るようにナギは<竜闘術ドラゴンアーツ>を駆使して肉弾戦でオーガとトロールを倒していった。


 ブラドは藍大がビデオを撮影している隣で唸る。


「うぅむ、なんとなく騎士の奥方に影響されてる気がするのだ」


「それはどういう意味で?」


「<竜闘術ドラゴンアーツ>というアビリティの割に動きが荒いのだ。騎士の奥方のように力でどうにかしてる感じなのである」


 ブラドが専門家のような雰囲気を出しながらそんな発言をすると、リルがふと気づいたことを口にする。


『ブラド、ご主人がビデオで撮影してるってことをわかってる?』


「主君、今の吾輩の発言はカットしてもらえないだろうか?」


「その声すら入ってる時点でアウトだろ」


『ブラドは舞にハグされる運命なんだよ』


「・・・神は死んだのだ」


「いや、生きてるから」


『元気だよ』


 ブラドがニーチェの言葉を引用すると、”魔神”と”風神獣”が冷静にツッコんだ。


 違う、そうじゃないと言いたげなブラドだが、何を言っても帰ったら舞にハグされそうだと感じてこれ以上反論しなかった。


 藍大達が話している間にナギは荒々しい肉弾戦でオーガやトロールを倒し終えていた。


「グルゥ」


「さっぱりさせてあげる」


 良い運動したと言わんばかりの表情で額を拭うナギを見て、ユノが<浄化クリーン>でその体を綺麗にしてあげた。


「ナギ、おつかれさま」


「グルゥ♪」


 体が綺麗になっているので、ナギは躊躇うことなく優月に甘えた。


 ヘルハウンドの群れやオークとトロールの群れを倒したことにより、D国とF国の国境付近にいたモンスターの数は急激に減った。


 優月達が戦利品を回収している内にそのことに気づいたらしい存在がこの場にやって来た。


 (懐かしい。ヒッポグリフじゃん。こいつが”災厄”か)


 その存在とは日曜日のシャングリラダンジョン地下3階で”掃除屋”だったヒッポグリフだった。


「リルはヒッポグリフをテイムしようか悩んでた主君にテイムしないでほしいと言っておったな」


『いつでもどこでも移動できる今、僕が空を飛べるヒッポグリフに嫉妬なんてしないよ』


「愛い奴め。ということは、あの時もブラドは俺達を見てたのか」


「当然であろう。あの頃は吾輩にとって主君達が居住地を脅かす外敵だったのだから」


 リルの頭を撫でている藍大にブラドは当時の心境を語った。


 実際、ただの”ダンジョンマスター”だった頃に藍大達が自分のダンジョンに攻め込んで来れば、ブラドは何度も心が折れそうになった。


 DPの回収ができるからダンジョンを強化できたけれど、増築して難易度を上げても藍大達が特に苦戦せずに自分に近づいて来るのだから当然だろう。


 早い段階で藍大の従魔になったことはブラドの英断と言えよう。


 それはさておき、ヒッポグリフは空から藍大達を見下ろしていた。


 その事実にユノはムッとして白銀の竜の姿に戻り、優月を背中に乗せてヒッポグリフよりも高い位置まで飛び上がった。


「ヒッポグリフ風情が私と優月を見下ろそうなんて許さない」


「ピョッ!?」


 先程まで見下ろしていた存在がまさか自分よりも遥かに強そうなドラゴンだと知り、ヒッポグリフはマジでかと驚いた。


 自分が喧嘩を売ってはいけない相手に売ってしまったと知った時にはもう遅い。


 ユノが手加減した <極光吐息オーロラブレス>でヒッポグリフを仕留めていた。


 その直後にユノが”災厄殺し”を会得し、それが”ダンジョンの天敵”と統合されて”守護者”になる。


 それに加えて、Lv100に到達した際にユノが会得していた”到達者”が”守護者”と統合されて”英雄”に変わった。


 これで当初の目的は達せられた。


 ナギも優月と同一パーティーなので”災厄殺し”を会得できたが、”ボス殺し”を会得していないから”ダンジョンの天敵”を会得できておらず、”守護者”の称号は手に入らなかった。


 ナギが”守護者”になるにはあと2体のフロアボスかエリアボスを倒す必要がある。


 モンスター図鑑で調べてそれに気づいた藍大は優月に提案する。


「優月、あと2体のボスを倒せばナギが”守護者”になれるぞ。このままヒッポグリフが出て来ただろうダンジョンに行ってみるか?」


「いく! ユノもナギもいいよね!?」


「勿論。優月が行きたいなら私は一緒に行くよ」


「グルゥ!」


 優月に笑顔で行こうと言われたら、ユノとナギが賛成しないはずがない。


 藍大は事前に茂からD国のスタンピードに介入するにあたり、”災厄”を倒した後に”災厄”を外に送り出したダンジョンに攻め込んで良いか確認していた。


 D国は自国のダンジョンを藍大に入られることに難色を示したが、自分達で処理できなかったからスタンピードが起きてしまったことも理解しているので、茂経由で藍大に許可を出した。


 事前に許可を取っているため、これから藍大達がダンジョンで暴れようと文句を言える者はD国には存在しない。


 藍大達が入っても良いと許可を貰ったダンジョンは大地震が所有者が亡くなった倉庫だった。


 倉庫の周りの家に住んでいる者もおらず、放置していてもすぐに国民に被害が出ないだろうという判断から放置されがちになっていた。


 その結果、邪神が強制的にスタンピードを起こしたせいでモンスターが周辺に溢れ出した訳だが、優月達によってその事態も解消された。


 ここで帰っても藍大達が文句を言われる筋合いはないけれど、ナギがもう少しで”守護者”になれるとわかれば藍大も優月も倉庫ダンジョンに挑む選択をするに決まっている。


『他所のダンジョンは月以来久し振りだね』


「そうだな。まあ、今回は優月達がメインなんだし、俺達は温かく見守ろうぜ」


『うん!』


「このダンジョンを掌握してしまっても良いのだろう?」


「それは優月達の頑張り次第だな」


「であるか」


 藍大とリル、ブラドはやる気満々な優月達を見守りながら倉庫ダンジョンの中に入った。

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