第814話 水風船釣りの五郎と呼ばれた私に勝てますかね?

 宴の翌日、藍大はサクラと蘭、咲夜とシャングリラリゾートの娯楽エリアに来ていた。


 娯楽エリアはスタッフ型ホムンクルス達による屋台や小規模な映画館等子供が喜びそうな場所になっている。


「おとうさん、おかあさん、あれやりたい」


「輪投げか。良いぞ。二郎、1回頼む」


『仰せのままに』


 名札に二郎と書かれたスタッフ型ホムンクルスは、藍大に言われて9つの輪を蘭に渡す。


 輪投げの屋台では縦3×横3のポールを用意されており、それぞれのポールに1点~9点のポイントが設定されている。


 9回輪を投げて得点に応じたプレゼントが貰えるルールなのだ。


 1本のポールは一度しか輪を通すことができないので、配点の高いポールを狙い撃ちすることはできない。


「蘭、頑張れ」


「蘭ならできるわ」


「うん! めざせコンプリート!」


 蘭は気合十分で輪を投げていく。


 輪を投げる位置は能力値に応じて決められており、蘭も現在の能力値に応じた位置から輪を投げていくのだが、その結果は9回中6回成功して39点というものだった。


『39点の蘭様にはこちらのブラド人形をプレゼントします』


「う~、おとうさんのおにんぎょうがほしかった~」


 満点の45点では藍大をデフォルメキャラにした藍大君人形がプレゼントされる。


 蘭は藍大君人形がお目当てだったらしく、二郎から悔しそうにブラド人形を貰った。


「主、ここはお父さんとして良いところを見せて」


「わかった。咲夜を頼む」


 サクラがやっても良かったが、サクラが輪投げにチャレンジすれば100%成功する結果しか見えないので面白くない。


 したがって、藍大が父親として蘭に良いところを見せるという口実で輪投げにチャレンジすることになった。


 サクラは藍大から咲夜を預かって抱っこし、藍大は肩を回してから二郎に9つの輪を渡してもらう。


 (さて、蘭に頼れる父親というものを見せてやらねば)


 藍大は適度な緊張感の中で輪を9連続で投げていく。


 それらはするすると9つのポールに吸い込まれていき、無事に満点を獲得できた。


「おとうさんすご~い!」


「ドヤァ」


「主のドヤ顔いただきました」


 蘭に褒められてドヤ顔の藍大を見てサクラはニコニコしていた。


 藍大が連続して輪を投げるところからドヤ顔を披露するまでの動画も<十億透腕ビリオンアームズ>を駆使してちゃんと撮影しているのがサクラらしい。


『ご主人様、どうぞ。藍大君人形です。今月はツナギを着てるバージョンですよ』


「ありがとな。蘭、俺からのプレゼントだぞ」


「ありがと~! おとうさんだいすき!」


「よしよし。俺も蘭のことが大好きだぞ」


 藍大がしゃがんで蘭に藍大君人形を渡すと、蘭はとびきりの笑顔でお礼を言って藍大に抱き着いた。


 藍大も父親らしいことができて優しい笑顔を浮かべており、そんな藍大を見られてサクラも幸せそうに微笑んだ。


 余談だが、満点の景品である藍大君人形は3種類を1ヶ月交代で順番に回している。


 1月と4月、7月、10月はミドガルズローブを着た藍大君人形。


 2月と5月、8月、11月はツナギを着た藍大君人形。


 3月と6月、9月、12月は戦う魔神フォームの藍大君人形。


 今は5月だからツナギを着た藍大君人形が手に入った訳である。


 蘭は藍大から離れた後、ツナギを着た藍大君人形を抱き締めてご機嫌な様子だった。


 次に藍大達が向かったのは水風船ヨーヨー釣り。


「ヨーヨーつりやる!」


「良いぞ。ん? ここはスタッフと対戦形式なのか」


「しょうぶ? やるやる!」


 シャングリラリゾートの娯楽エリアにある水風船ヨーヨー釣りはスタッフ型ホムンクルスと3分以内にどっちが多くヨーヨーを釣れるか勝負する形式だ。


水風船ヨーヨー釣りの五郎と呼ばれた私に勝てますかね?』


「まけないよ!」


『良いでしょう。かかっておいでなさい』


 (五郎にそんな通り名があったなんて知らなかった)


 藍大がそう思うのも当然だ。


 何故なら、誰もそんな通り名で五郎を呼んだことがないからである。


 スタッフ型ホムンクルスは客を楽しませるためにこんなサービスまでするらしい。


「審判は私がする。よーいドン」


 サクラの開始の合図を受けて蘭と五郎が同時に水風船ヨーヨーを釣り始める。


 最初は五郎の方が順調に水風船ヨーヨーを釣っていたけれど、蘭が苦戦しているのを察してペースを落とす。


 それをあからさまに行うのではなく、うっかり針で水風船ヨーヨーを傷つけてしまうスランプに嵌った演技で笑いを取りに行くのだからプロ根性がすごい。


 蘭がコツを掴んだ少し後にスランプを脱け出し、五郎はあと少しで蘭に追いつくというところでタイムアップを迎える。


「そこまで。7対6で蘭の勝ち」


「やった~!」


『くっ、やるではありませんか。私に勝った貴女には勝者の証であるバッジをお渡ししましょう』


 (いつの間にか水風船ヨーヨー釣りがジムバトルになってた件について)


 藍大はそのツッコミを心の中だけに留めておいた。


 水風船ヨーヨー釣りの後は射的や型抜きを楽しみ、フードコートで昼食を取ることにした。


「さくや~、これぜんぶおねえちゃんのせんりひんだよ~。すごいでしょ~」


「あい~」


 椅子に座って料理が来るまでの間、蘭は咲夜に自分がゲットした物を見せて自慢した。


 咲夜はニコニコしながらパチパチと手を叩いて応じた。


 蘭の言っていることを理解できているように見えるあたり、咲夜も薫と同様に1歳にしてはかなり賢いのだろう。


『お待たせいたしました。ラッキーセットでございます』


「アルファ、ベータ、ありがとう」


『いえいえ。午後もお楽しみ下さいませ』


『とんでもないです』


 料理を運んで来たメイド型ホムンクルスのアルファとベータに対し、藍大はお礼を言った。


 アルファとベータは恭しく頭を下げて優雅にその場から去った。


「主、今晩はメイドコスするから楽しみにしててね」


「サクラさんや、これは違うって何度も言っただろう?」


「メイドはお嫌い?」


「お好きでござるってそうじゃない。お願いだからほらやっぱりみたいな目で見ないで」


 サクラの誘導尋問お約束にうっかり引っかかった藍大はちょっと待ってほしいと言うが、サクラはわかっているから安心してほしいと優しく微笑んで応じない。


 こんな時、リルがいてくれたらモフモフして心を落ち着けられるのにと思った瞬間、子犬サイズのリルがいつの間にか藍大の膝の上に現れた。


『ご主人に呼ばれた気がして来ちゃった』


「愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


「いつの間に・・・」


「まあまあ」


 今日は自分達のターンだから割り込みはいけないと言いたげなサクラだったが、リルを呼んでしまったのは藍大なのでサクラからリルを庇った。


 リルもサクラの邪魔をしたら後で話があると言われると思っていたので、藍大が癒されたらすぐに元にいた場所に帰っていった。


 昼食後はリゾート内にある映画館に行ってみた。


「蘭は何が見たい?」


「めざせテイマーキング!」


「そっか」


「うん!」


 目指せテイマーキング。


 これは藍大達テイマー系冒険者を題材にした子供向けアニメだ。


 主人公がどことなく藍大に似ており、主人公が最初にテイムするのもバンシーなので藍大としては蘭にこのアニメの映画が見たいと言われて複雑な気分になった。


 しかし、楽しみにしているであろう蘭に水を差すのは避けたいから、藍大はどうにか笑みを顔に張り付けたまま頷く。


「わかった。じゃあ、早速見ようか」


「わ~い!」


「あい!」


 蘭だけではなく咲夜も目指せテイマーキングに興味があるようだ。


 藍大達はポップコーンや飲み物を用意した後、劇場に入って映画が始まるのを待った。


 いくつかの映画の広告が終わった後、スクリーンに映し出される映像がアニメのものへと変わる。


 いくら藍大を題材にしているからとはいえ、アパートの大家が従魔士に覚醒したという流れを子供に理解してもらうには難しい。


 それゆえ、主人公は最初から従魔士に覚醒しているし、年齢も中学生に変更されている。


 主人公とバンシーが出会うシーンだが、これも現実とは違って主人公がスタンピードが過去に起きたダンジョンの近くでボロボロなバンシーをテイムして助けたということになっていた。


 2時間後、映画を見終えた蘭はとてもご機嫌だった。


「さくや、おもしろかったね!」


「あい!」


 (咲夜も寝ないでしっかり見てたもんなぁ)


 驚くべきことに咲夜は劇場の中で寝落ちすることなく、映画をじっくり見ていたのだ。


 蘭に相槌が打てるくらいには楽しんでいたと知り、藍大は咲夜は賢いなと思いながらその頭を撫でた。


 映画を見た後はまだ遊んでいない屋台で遊び、藍大はサクラと蘭、咲夜と一緒に楽しい時間を過ごした。


 その日の夜、サクラがここから先は私のターンと盛り上がっていたのはまた別の話である。

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