第811話 ここから先はずっと雑食のターンです

 真奈がモフ神に神化したとなれば、次はお待ちかねの雑食教皇の番である。


「ここから先はずっと雑食のターンです」


『藍大、なんとかしてほしいのじゃ! フルコースは嫌じゃ!』


 とても良い笑顔の雑食教皇を見た直後、伊邪那美は喋らずにテレパシーを藍大に飛ばして来た。


 口で直接言わないあたり、一応は雑食教皇に気を遣っているようだけれど伊邪那美の目はマジだった。


 食いしん坊ズに属する伊邪那美は美味しいものをいっぱい食べたいのであって、雑食をフルコースで食べたい訳ではない。


 雑食神を名乗るならフルコースを披露し、神々に自分がまごうことなき雑食神だと認めさせなければならない。


 雑食教皇はそのように考えているため、もう料理を出しても良いですかと言わんばかりの顔になっている。


 藍大は雑食教皇の審査を邪魔できる立場にないので、伊邪那美からスッと目を逸らした。


『妾は虫食なんて嫌じゃ! なんとかしてたもう!』


 先程よりもテレパシーから伝わる必死さが強まり、藍大はやれやれと溜息をつく。


「雑食教皇、フルコースを審査してもらう気満々ですね」


「勿論です。私の雑食への愛は特別なフルコースを見て、食べて判断していただかなければなりません」


 雑食教皇はキリッとした良い表情で藍大に応じた。


「雑食神を目指すならばそれもまた正解なのでしょうが、雑食教皇は忘れてることがありますよ」


「忘れてること? 一体なんでしょう?」


「雑食レシピを神々に食べてもらうにしても、最初からパンチが強過ぎると見た目で食欲が減衰する可能性です。食べてもらえなきゃ審査してもらえませんよね?」


「なるほど。その通りですね。私、雑食神になることを意識し過ぎて食べてもらうことを疎かにしてました」


 藍大の言い分を聞いて雑食教皇は裏のフルコースを出さんとする勢いから落ち着いた。


「雑食教皇が雑食ミュージアムで披露しているようなライトな雑食を提供してみてはどうでしょうか? 日本では解決されてますが、他国ではまだ将来的に食料不足になりかねない国があります。広く雑食を広めるためには、雑食教皇が既にやってるようにまずは受け入れてもらうことが最優先だと思うのですがいかがでしょうか?」


 そこまで聞いた雑食教皇は感銘を受けたらしく、藍大にこれでもかというぐらいに拍手を送る。


「素晴らしい! さすまじですよ! 神様に受け入れてもらえたならば、その神様が管轄する国でも紹介してもらえる可能性があります! 私はそのビッグチャンスを自分の欲望で不意にしてしまうところでした! ありがとうございます!」


「わかっていただければ良かったです。審査員でもないのに口を挟んでしまってすみませんでした」


「いえいえ! 貴重なご意見でした! 私は雑食の探究者であっても料理人としてはまだまだでした! 有識者のお話を伺う機会は定期的に設けないといけませんね!」


 (うん? 俺、有識者じゃないぞ?)


 いつの間にか自分が雑食に関しても有識者扱いされていると知り、藍大はそんなものになった覚えはないと心の中でツッコんだ。


 それを声に出さなかったのは、ここでツッコミを声に出せば良い感じになった話の流れが気の迷いで処理されて裏のフルコースが提供されるかもしれないからだ。


 伊邪那美の救援要請を受諾した以上、受諾したなりの結果責任を果たそうとする藍大は立派である。


『感謝感激なのじゃ! 藍大、よく言いくるめてくれたのじゃ! お礼に帰ったら膝枕して耳かきしてあげるのじゃ!』


「むぅ、伊邪那美様から主を甘やかそうとする気配がした。それは私の役目だから奪わないように」


「藍大を甘やかすの~? 私も甘やかすよ~」


 サクラが伊邪那美のテレパシーを傍受したらしく、自分の役目を奪うなと注意した。


 舞も一足遅れたけれど、自分だって藍大を甘やかすと言い出した。


「サクラも舞も落ち着こうか。そういう話は帰ってからするんだ」


「「は~い」」


 真奈や雑食教皇がいるのだから、自分が恥ずかしくなるようなことは言わないでくれと藍大に遠回しに言われれば、サクラも舞もおとなしく言うことを聞いた。


 若干疲れを見せる藍大を見て、リルはすかさず藍大に頬擦りする。


『ご主人、お疲れ様。僕を撫でて癒されてね』


「ありがとう」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルの気遣いに感謝してリルの頭を撫でた。


 その様子を目の当たりにして真奈がガルフに期待した目を向ける。


『何?』


「ガルフはいつデレてくれるのかなーって」


『あんなにバステト様をモフったのにまだモフリ足りないの?』


「ガルフ、モフモフに終わりはないのよ」


「クゥ~ン・・・」


 マジかよとガルフは尻尾を股下にしまい込みながら力なく鳴いた。


 真奈とガルフはさておき、そろそろ良いだろうと雑食教皇の審査が始まった。


 伊邪那美達はシャングリラリゾートに配置されたスタッフ型ホムンクルス達が準備した椅子に座った。


 審査員が席に着いたならば、雑食教皇が収納袋から表のフルコースのオードブルからテーブルの上に並べる。


 国際会議の際はシェルザリガニのザリガニアボガドがオードブルとして紹介されたが、今ここに出されたのはキメラピラニアのマリネだった。


 (魚料理に使われてたキメラピラニアか。つまり、魚料理がパワーアップした?)


 シェルザリガニに代わってキメラピラニアをオードブルに使った理由を察し、何が魚料理で出て来るのだろうかと藍大は楽しみ半分不安半分な気持ちになった。


 それでも自分が審査員として雑食のフルコースを食べないので、気分を楽にして眺めていられる。


「ふむ。食材の名前を言われなければ普通に美味しいと思うのじゃ」


「良いんじゃねえか? これなら受け入れやすいと思うぜ」


「美味しいんだな」


「キメラピラニアは初めて喰うが悪くないな」


「魚はいつ食べても美味しいにゃ」


 伊邪那美達のリアクションを受けて雑食教皇がグッと拳を握った。


 その隣にいるディアンヌも雑食教皇のオードブルが受け入れられてニッコリ笑っている。


 スープはヨーウィーのスープ、サラダはパラサイトマッシュとゴーストマト、ツッパリカクタスのサラダということで国際会議と変わらなかった。


 この2品についても見た目は普通に美味しそうであり、伊邪那美達は嫌そうな顔をせずに食事を味わえた。


 さて、次はキメラピラニアから変わったであろう魚料理の番だ。


「次はコロトラングルのアクアパッツァです」


 (コロトラングルってエイに近いんだっけか?)


 雑食教皇の紹介を聞きながら藍大はアイヌの伝承にコロトラングルという巨大魚の化け物がいることを思い出した。


 北海道に旅行していた雑食教皇達がR国K島でスタンピードを鎮圧したが、元々の目的は北海道のダンジョンでこのコロトラングルのように雑食になりそうなモンスターを探すことだった。


 ちゃっかりフルコースに入っているということは、味も見た目も雑食教皇の琴線に触れたのだろう。


「ふむ。雑食でお洒落な料理が出て来るとは予想外だったのじゃ」


「食べ応えがあるじゃねえの」


「びっくりしたけど美味しいと思うんだな」


「食わず嫌いは良くないらしいの」


「この魚料理も美味しいニャ」


「まだまだ続きますよ。むしろここからが本番です」


 自身の雑食フルコースが好評なことで雑食教皇は満面の笑みである。


 肉料理のケンタウロスエリートのランプを使ったメンチカツ、主菜の雑食五目炒飯は国際会議の時と変わらず、デザートはハニービスケット(クリケット抜き)でドリンクはナチュラルブレンドコーヒーが提供された。


 それらを食べ終えて伊邪那美達は目を見合わせて頷き、審査員を代表して伊邪那美が口を開く。


「見事だったのじゃ。雑食というジャンルにありながらも見た目と味にも拘りを見せたその努力は認めざるを得ないのじゃ。其方は今から雑食神じゃな」


『おめでとうございます。逢魔藍大のアドバイスにより新種の雑食神が誕生しました』


『初回特典として集めた神の中で現時点で完全回復していない者達が一律で10%分回復しました』


『おめでとうございます。ペレが完全復活しました』


『報酬として地下神域の温泉に浸かると美肌効果が付与されます』


『おめでとうございます。天之狭霧神が完全復活しました』


『報酬として地下神域からシャングリラリゾート以外の神域にも移動できるゲートが配置されました』


『おめでとうございます。国之狭霧神が完全復活しました』


『報酬として地下神域の警備が強固になり、許可なき侵入者を排除する力が強まりました』


 (神様が一気に復活したのは嬉しいけど、雑食絡みってだけでなんとも言えない)


 ペレと天之狭霧神、国之狭霧神が復活したことは喜ばしいことだが、その決定打となったのが雑食神の雑食だと思うとなんとも言えない気分になるのは仕方あるまい。


 何はともあれ、今日は日本にモフ神と雑食神が誕生しためでたい日になった。

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