第803話 肉が良いんじゃなくて憎いって言ってるんだ

 休憩を終えた藍大達は月のダンジョンの探索を再開した。


 地下4階に降りると地下3階よりも空気中の邪気が濃くなり、サクラとリルが協力しないと空気を浄化してもすぐに邪気が発生する程だった。


「邪気がねちっこくしぶといとは嫌な感じだな。扉の装飾からして次が邪神の部屋かね?」


「そうじゃない? 気味悪いデザインだけど今までよりは装飾に拘りがありそうだし」


「悪趣味なデザイン。タイトルは地獄?」


『地獄門だって言われたらそうかもって思っちゃいそうだよね』


 藍大の問いかけに対して舞とサクラ、リルが自分の感想を言う。


 仲良しトリオやブラド、ミオ、フィアも目の前のボス部屋のデザインには嫌悪感を抱いているようだ。


 ボス部屋の扉には人や生物が苦しみ、怒り、争う壁画が描かれていた。


 ここで絵を見ていると気分が悪くなるので、サクラが<十億透腕ビリオンアームズ>で扉を開けた。


 その直後に室内から濃厚で粘り気のある邪気が溢れ出て来た。


「アォォォォォン!」


「消えて」


 リルが<風神狼魂ソウルオブリル>でボス部屋から漏れ出た邪気を消滅させ、サクラが開いた扉から室内の邪気を消滅させる。


 それが確認できてから藍大達はボス部屋に入るが、部屋の内装を見て全員の顔が引き攣る。


「キモいのよっ」


「壁も天井も顔だらけです!」


『(((((っ-_-)っキモイワ』


 仲良しトリオの発言が藍大達の総意である。


 ボス部屋内部の壁と天井には目を閉じた顔が無数に張り付けられており、それらがあるだけでも来訪者に精神的なダメージを与えて来る設計のようだ。


 その時、壁と天井にびっしりと並べられた顔が一斉に開眼して喋り出す。


「あいつさえいなければ良かったんだ!」


「みんな死ねば良いのに!」


「どうしてあいつはモフって良くて私は駄目なの!?」


「醜いのよこのブス!」


「この程度のことも満足にできねえのか!? ふざけんじゃねえぞゴラァ!」


「リア充爆発しろ!」


「なんで日本だけが優遇されるのよ!」


「アォォォォォォォォォォン!」


 あまりの煩さに苛立ち、リルが全力の<風神狼魂ソウルオブリル>を発動した。


 そのタイミングに合わせてフィアが<火神応援エールオブアグニ>をリルに向けて使っており、強化されたリルの咆哮によって壁面と天井の顔が黒い塵になって消し飛んだ。


「リル、ありがとう。おかげで静かになったよ」


『ワフン、僕にかかればこんなの余裕だよ』


「よしよし。頼りになる奴め」


 敵地でリルを撫でることに夢中になってはいけないから、藍大は軽くリルの頭を撫でてすぐに周囲を見渡した。


 舞達も周囲に邪神がいないか目で見て確認しているけれど、今は何も見当たらない無個性な部屋だった。


 ところが、部屋の中心部にいきなり邪気の塊が現れてそれが人型に形を変えていく。


 すぐに全身どす黒いマネキンが完成し、その手には悪魔の翼を模った黒い大剣が握られていた。


 柄の部分にはニヒルに笑う口がついており、剣の腹には黄色い目玉がある。


「憎いぃ、憎いぃぃ、憎いぞぉぉぉ」


「肉良い?」


「肉が良いんじゃなくて憎いって言ってるんだ」


「そっか」


 大剣の口から恨み言が吐かれていたのだが、発音の仕方が微妙に間延びしていたせいで舞には肉良いと聞こえてしまったらしい。


 藍大に訂正されて舞はそうだったのかと納得した。


 舞に訂正をしながら藍大はモンスター図鑑で目の前の敵について調べてみた。


 しかし、アザトースのようにモンスター図鑑には表示されなかった。


『ご主人、あれは邪神の操り人形だって。大剣は呪剣ウラミツラミって言うらしいよ』


 リルも藍大と同じように鑑定をしていたが、リルが<知略神祝ブレスオブロキ>を使っているので藍大よりも早く正確な鑑定結果を出した。


「見たまんまの名前の大剣だな。効果は?」


『斬った相手のHPとMPを除く能力値を一時的に5%カットするよ。ついでに恨み言を吐いて敵の気分を苛立たせる効果もあるみたい』


「地味に嫌な効果だな。それにしても、邪神の部屋かと思ったら邪神が出て来ないとはどこに隠れてるんだ?」


『う~ん、僕にも感知できないのがおかしいんだよね。どこかに気配を遮断した状態で神域を形成してそこに隠れてるのかも』


 (それが本当ならいつ不意打ちを仕掛けて来てもおかしくないぞ)


 藍大はリルの言葉を受け、邪神がいつどこから不意打ちして来るかわからないと判断して戦闘の方針を告げる。


「みんな、あいつは俺がやる。みんなは邪神がいつ出て来ても良いように周囲の警戒と必要に応じて俺の援護を頼む」


「主君が戦うのであるか?」


「突発的に邪神が現れるかもしれないんだ。それなら、みんなには力を温存しといてもらった方が良い」


 ブラドの質問に藍大が自分の考えを伝えれば誰も反論しなかった。


 今の藍大はゲンとドライザー、エルの3体を憑依しており、素の藍大とは比較にならないぐらい強いからこそである。


 流石に邪神本体と藍大だけが戦うと言えば止めるだろうが、そうでなければ藍大の作戦通りに動いた方が良いと考えたのだろう。


 藍大は天之尾羽張を左手に持ち、天之尾羽張そっくりに変化させたラストリゾートを右手に持った。


 そして、DDキラーは<仙術ウィザードリィ>で操ることで三刀流で戦う構えを見せた。


「行くぞ」


 跳ね上がった能力値で一瞬にして距離を詰め、藍大は邪神の操り人形に斬りかかった。


「なんでぇ、お前だけがぁぁ、武器を多くぅぅぅ!」


 操り人形はウラミツラミで藍大の攻撃だけを捌けず、ウラミツラミが口にするとおりの劣勢に陥った。


 藍大が派手な攻撃はせずとも着実にダメージを与えていくのを見て、ミオとフィアが目を輝かせる。


「ご主人がロマン溢れる戦い方をしてるニャ!」


『パパはやっぱりすごい!』


 特に天之尾羽張で斬りつけた時のダメージが大きく、操り人形は藍大の攻撃の中でも天之尾羽張による攻撃を警戒し始めた。


「あの人形、藍大の攻撃をわざと受けてない?」


「どういうこと?」


 舞は藍大と操り人形の戦いを見て気になったことを口にした。


 サクラは藍大が操り人形に対して優勢であることを疑っていなかったため、舞に何が気になるのか訊ねた。


「天之尾羽張で斬られるのが不味いから防ぐようにしてるのは置いておくとして、避けようと思えばちゃんと避けられるのにわざと攻撃を掠らせてる感じがするんだよね」


 舞のその言葉を聞いた瞬間、リルは再び<知略神祝ブレスオブロキ>で邪神の操り人形を鑑定した。


 先程は確認できなかった情報が追加されているのを発見し、リルは慌てて藍大にその情報を伝える。


『ご主人、そいつは自分が受けたダメージを倍返しにする一撃を狙ってる!』


「もう遅いぃぃぃ。恨みを知れぇぇぇぇぇ!」


 リルの注意した時にはウラミツラミの口が藍大達を嘲るように笑い、操り人形はウラミツラミから急激に邪気を放出しながら斬撃を放つ。


 だが、その動きは度重なる藍大への攻撃により、パンドラの<憂鬱メランコリー>が発動して操り人形の動きを鈍らせたことで決まらなかった。


 藍大はゲン達3体の能力値を活かして綺麗に攻撃を躱し、操り人形の背後から3本の剣で乱舞を放つ。


「喰らえ」


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅ!」


「煩い」


「ぎゃあぁぁぁぁぁ・・・」


 操り人形をバラバラに斬った後、藍大はエルの<光神罰パニッシュオブルー>で追い打ちをかけた。


 神聖な光の柱に操り人形とウラミツラミが呑み込まれ、その柱が消えた時には見事な意匠の大剣だけがその場に残った。


 周囲に追加で敵が現れることもなく、邪神も手を出して来なかったことから舞達が藍大に駆け寄った。


「藍大やったね~! カッコ良かったよ~!」


「主は余裕で勝つって信じてた。動画もしっかり撮ったよ」


「そんなことしてたの?」


 舞は素直に藍大の雄姿を見れて喜んでいたが、サクラは家で留守番している家族のために藍大の活躍シーンを録画していたらしい。


 実際、子供達が藍大の戦闘シーンを見たら喜ぶのは間違いないので、録画する余裕があるのならばサクラの行いを咎めることはできないだろう。


 藍大は他の従魔達からも先程の戦いについて労われたが、その途中でどこからかパチパチと拍手する音が聞こえて藍大達は臨戦態勢になった。


『ご主人、上に何かいる!』


 リルが告げた方向を見ると、藍大達の視線の先には球体状の邪気が出現してそれが藍大達の目の前に着陸した。


 どうやらここからが戦いの本番のようだ。

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