第801話 マスター、せめて着陸してから言わなきゃ

 藍大達が月のダンジョンで休憩している頃、T島国では国内のあちこちのダンジョンからモンスターが溢れ出て来てパニックになっていた。


「数が多過ぎてファル達だけでは足りない・・・。本部長、増援は来ないの!?」


『日本から”迷宮の狩り人”の死皇帝が派遣される予定だ。現在、高速艦朝霧でこちらに向かってると連絡を受けてる』


「いつ来るのよ!?」


 既に3ヶ所のスタンピードをノンストップで鎮圧している黄美鈴は通信先のT島国のDMU本部長に向かって怒鳴った。


 邪神の存在が明らかになって以降、日本では国外に向けた覚醒の丸薬Ⅱ型の輸出を五色クランの協力を得て行っていた。


 それもあってT島国にも覚醒の丸薬Ⅱ型が出回り始め、三次覚醒した冒険者の数もそれなりに増えているのだが、今回のスタンピードは国内全てのダンジョンで起きているせいで鎮圧し切れていない。


 冒険者の数が足りていないのである。


 美鈴は三次覚醒者の中でも国内では期待の星の鱗操士なので、どうしてもこのような非常事態においてあちこちから助けを求められる。


 今も4ヶ所目のダンジョンのモンスターが出て来なくなるまで狩りをしている最中だ。


『道中で問題がなければあと10分で着くと聞いてる。私が戦えないのを棚に上げて言わせてもらうが、国内の問題を国外の助っ人ありきで考えるのは恥ずべき行為だろう? 悪いがT島国民としての意地を見せてもう少し頑張ってくれ』


「あぁもう、そもそもT島国の冒険者だけで対応できてないのが駄目なのよね! わかったわ! 10分粘って死皇帝を待つ!」


『すまない。これでも日本の芹江ビジネスコーディネーション部長は最速で応援を寄越してくれたんだ。それはわかってほしい』


 美鈴は深呼吸して落ち着きを取り戻し、茂がこれでも最速で助っ人を向かわせてくれたことに感謝する。


「そうね。日本から遠い他の国はもっと酷い状況なんだもの。芹江君に感謝して耐え凌いでみせるわ。じゃあね」


 T島国は日本から近いので、自分が馬車馬のように働いている間に応援が来てくれる。


 他の国はT島国よりも遠く、応援が駆け付けるまで更に時間がかかるのだろう。


 そう思うとこれ以上文句を言っていられないと通信を切って美鈴は目の前のモンスター達との戦いに集中した。


 美鈴達が戦っているのは高速艦が停泊する予定の港に近いダンジョンだ。


 ここを綺麗に掃除しておかなければ、高速艦が港に寄りつけずにマルオ達が応援に来れない。


 美鈴はなんとしてでもこの港付近のスタンピードは鎮圧してみせると従魔達に喝を入れる。


「もう少しの辛抱よ! 気合を入れて頑張りなさい!」


「おう! オラオラオラオラオラァ!」


 ファルは美鈴の他の従魔に比べても高い実力を有しており、<火炎拳フレイムフィスト>と<氷結拳フリーズフィスト>を左右交互に繰り出してモンスターを蹴散らして回った。


 そうしている内に日本からの高速艦が美鈴の視界に入った。


 港周りがまだ片付いていないのに高速艦が到着すると不味いので、減速して速度を調整していた。


 それでは到着までの時間にロスが生じてしまうと考えたからか、マルオはテトラを憑依した状態でローラに運ばれて来た。


「俺、参上!」


「マスター、せめて着陸してから言わなきゃ」


 マルオはローラに地上に降ろしてもらってから咳払いする。


「おほん。改めて言おう! 俺、参上! 【召喚サモン:ポーラ】【召喚サモン:ドーラ】【召喚サモン:メジェラ】」


 ふざけていないで戦ってくれとツッコまれるよりも先に、マルオは従魔達を召喚してあっという間に港近辺を制圧してみせた。


 強さでは負けていなかったけれど、数で押され気味だった美鈴はマルオ達の戦いを見て実力の差を思い知った。


 しかし、ここでマルオを妬んでいる場合ではないので気持ちを切り替える。


「死皇帝、応援に来ていただきありがとうございます」


「いえいえ。間に合ったようで良かったです。これで芹江さんの胃も少しは痛みが和らぐはずです」


「芹江君がそこまでT島国のことを気にかけてくれてたんですか?」


「この国だけじゃないです。交流のある各国への応援を逢魔さんから一任されてますので、芹江さんは責任重大なんですよ」


 茂が日本でも重要な地位にあることは美鈴も理解していたが、まさか藍大からとても大きな責任を背負わされていると知って美鈴は自分がちっぽけに思えた。


「魔神様は今どちらにいらっしゃるんですか?」


「月です。逢魔さんは月で邪神のダンジョンに挑んでますよ」


 マルオが人差し指で空を指すと、美鈴はぽかんと口を開けてしまった。


 10年前は同級生で立場はチヤホヤされている自分の方が上だったにもかかわらず、今となっては藍大が雲の上の神になってしまったのだから仕方ないだろう。


「マスター、こんな所で時間を無駄にしてて良いの?」


「良くないな。黄さん、おーい、戻ってきて下さいよー」


 マルオが美鈴の目の前で手を振れば美鈴も正気に戻る。


「失礼しました。モンスターが溢れてるのはここだけではありません。ご同行願います」


「了解って言いたいところですけど、二手に分かれた方が効率良くないですか? 見た感じ、黄さんは俺達がいなくても戦えますよね?」


「戦えますけど死皇帝はT島国の地理をよくご存じなのでしょうか?」


「空から移動しますので道がわからなくても問題ありません」


「あっ、はい」


 ローラが運んでくれれば空を飛べるので、マルオはT島国の地理に詳しくなくとも問題ない。


 美鈴は空を飛べる従魔がいないのでその発想がなかったが、マルオにそう言われてしまえば二手に分かれた方が効率的なのは明らかなのでマルオの意見に賛成した。


 美鈴が従魔達を送還してバイクで次の現場に向かったのを見送ると、マルオもローラ以外を一度送還してからローラに抱き締められた状態で空を飛んだ。


 空からT島国を見下ろせば、あちこちで冒険者達がダンジョンから溢れ出たモンスター達と戦闘を繰り広げている。


「やってるやってる」


「マスター、質問したいことがあるんだけど良い?」


「なんだいローラ?」


「なんであの女と一緒に行かなかったの? 私達はあくまで応援。この国のために効率最優先で戦う義理はないから一緒に行けば良かったじゃん」


 ローラの言い分は褒められたものではないけれど、そう考える者がいない訳でもないぐらいには頷けるものだった。


「そうなんだけどさ、俺は逢魔さん達よりも温い戦場で手を抜いてましたって報告をしたくないんだ。だって逢魔さん達は月で邪神と戦うんだぜ? それなのに一番弟子が舐めプしてましたなんて言えないだろ?」


「なるほど。それは言えてるね」


「だろ? わかってくれたなら一番冒険者達が押されてるところに行こうぜ」


「わかった」


 マルオの言い分を聞いてローラは納得した。


 その後、マルオ達はT島国の冒険者達が劣勢な場所から順番に手助けをした。


『死皇帝ありがとう!』


『死皇帝最高! 助かった!』


『死皇帝素敵! 抱いて!』


「え?」


「マスター、余所見しない。そこ、マスターは私の。さよなら」


 女冒険者から飛び出た言葉に思わず反応してしまったマルオに対し、ムスッとした表情のローラがマルオを抱きしめてからその場を飛び立った。


「ローラ、ごめんって。さっきのは予想外の言葉に驚いちゃっただけだから」


「マスターは本当に仕方のない人だね。帰ったら私と花梨とポーラでカラカラになるまでマスターを絞り尽くす」


「話せばわかる。話せばわかるはずだ」


「あっ、モンスターの群れ見つけた」


「お願いだから俺の話を聞いて!?」


「レッツゴー」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ローラはマルオの声が聞こえないふりをして棒読みで言いつつ、モンスター達が溜まっている場所に急降下した。


 ジェットコースターならばシートベルトがあり、車体の手すりと足場で踏ん張ることができる。


 だが、今のマルオはローラに抱き着くしかないので脚はぶらぶらしていて踏ん張りが利かない。


 その状態で地上に向かって急降下すればマルオが絶叫するのも当然のことと言えよう。


 着陸したマルオが地面に足が着いていることのありがたみを感じている中、ローラはとても生き生きした表情でモンスターをサクサク狩った。


「マスター、終わったよ。次の場所に行こうか」


「行く。行くから急上昇と急降下は止めよう?」


「ダ~メ♡」


「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この日、T島国にはマルオの絶叫があちこちで聞こえ、その後にはモンスター達が1体残らず狩り尽くされた。


 T島国のスタンピードを鎮圧した後、マルオが燃え尽きた様子だったのは言うまでもない。

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