第792話 妬む暇があるなら自分を磨きなさい

 翌日、藍大は舞とサクラ、リル、ゲンを連れて石川県にある白山比咩神社にやって来た。


 この付近に菊理媛きくりひめがいるかもしれないと伊邪那岐が言い出したからだ。


 伊邪那岐は迦具土神と再会できたことでわだかまりを解消し、それによって菊理媛に黄泉で会ったことを思い出したのである。


 菊理媛は伊邪那岐が変わり果てた伊邪那美の姿を目にして驚き逃げ出した後、黄泉比良坂で両者が言い争う場面で登場したとされる女神だ。


 神話では言い争う伊邪那美と伊邪那岐を調停したとされるが、どのように調停したのかとかどうして黄泉比良坂いたのか等謎が多い。


 実際のところ、復活前の伊邪那美が他者に見せられる姿ではなく、それを見て伊邪那岐が言葉に詰まって揉めそうになったタイミングで喧嘩を止めたそうだ。


 その手段は黄泉で手に入れられる精神をリラックスさせる薬草であり、菊理媛はその薬草を採集しに黄泉に来ていたらしい。


 過去の話はさておき、伊邪那岐が菊理媛のことを思い出して伊邪那美が日本の結界の中で探知した結果、白山比咩神社に微弱だが菊理媛の反応をキャッチした。


 手がかりが少しでもあるならばと藍大達が現地に向かったという訳だ。


『ご主人、あっちから神様の気配がするよ』


「リルは本当に仕事ができるなぁ」


「クゥ~ン♪」


 藍大に褒めてもらいながら撫でられてリルは嬉しそうに鳴いた。


 ご機嫌なリルに連れられて藍大達が向かったのは琵琶滝だった。


 大地震の影響で滝の勢いが強まっており、一般人どころか神社の神職でさえも近づけなくなっていたのだ。


「この滝に神域があるのか?」


『そうだよ。滝壺が入口みたいだね』


「主、水のコントロールだけお願い。それさえやってくれれば、後は私が全員を神域まで運ぶから」


「了解」


 藍大はゲンの力を借りて<液体支配リキッドイズマイン>で滝の水を支配し、自分達が水に濡れないようにする。


 サクラはそれから<十億透腕ビリオンアームズ>で自分達の体を固定し、神域に突入した。


 神域は白山比咩神社の境内と雰囲気が異なり、成仏できていない幽霊による行列ができていた。


『彼氏・・・なんとしても・・・』


『独りは嫌だ、独りは嫌だ・・・』


『ここも駄目ならあの人を殺して私も死ぬ』


 (幽霊は既に死んでるのでは?)


 どうやら幽霊達は自分の恋を実らせてほしいと菊理媛に願いに来たらしかったが、一部ヤバいことを口走っている霊は既に死んでいるので藍大は心の中でツッコんだ。


 そんな時、行列に並んでいる幽霊達が藍大達に気づいて視線を向けた。


『妬ましい・・・』


『幸せな家族・・・』


『ハーレム野郎・・・』


『リア充爆発しろ!』


『リア充死すべし慈悲はない!』


 最後の幽霊の言葉を合図に幽霊達が藍大達に襲い掛かって来た。


「主、ここは任せて」


「頼んだ」


 リルに<風神狼魂ソウルオブリル>を使ってもらった方が良いのではと思ったけれど、サクラが任せてほしいと言えば藍大は任せる。


 サクラに考えがあるのあらばそれを尊重するのが藍大の考え方だ。


「妬む暇があるなら自分を磨きなさい」


 サクラはそう言いつつ<完全浄化パーフェクトクリーン>で幽霊達を消滅させた。


 浄化して昇天させるリルのやり方とは異なり、サクラは自分にとって醜い物を消すという認識操作による力技だった。


「サクラさんや、正論だけど容赦なくない?」


「主、甘やかしたら駄目。野放しにしてるとクダオみたいなのが生まれる」


「そう言われると否定できないな」


 ”リア充を目指し隊”の2代目ジェラーリは嫉妬のせいでDMUが制定した冒険者が”ダンジョンマスター”になることを禁ずるというルールに抵触した。


 それにより、元クランメンバーに迷惑をかけるどころか死傷者を出し、挙句の果てには自分が召喚したモンスターに殺されて地位を乗っ取られる誰も救われない結末を迎えた。


 二度と同じような過ちを繰り返さないためにも、サクラのように徹底した対応が必要なのだろう。


 幽霊の行列が消えると鳥居の先には石造りの階段があった。


『ご主人、今度は僕の番だよね?』


「よしよし。次はリルに任せるから安心してくれ」


 階段の先が長いのを見て、これならば自分が藍大達を背中に乗せて走る番だとリルは期待を込めて尻尾を振った。


 藍大がリルの楽しみを奪うはずなく、舞、藍大、サクラの順番でリルの背中に乗った。


「リル君、GO!」


『行くよ~!』


 リルはとても楽しそうに駆けた。


 それでも、リルが本気を出せばすぐに階段の終点まで辿り着いてしまい、リルの楽しい時間はすぐに終わってしまった。


 階段が終わって神社が見えたのだが、そこには藍大達の行く手を阻むように2頭の狛犬の霊が立ちはだかった。


『『グルルルル』』


『僕に喧嘩を売るつもりじゃないよね?』


『『キャイン!?』』


 狛犬の霊達はリルがムッとした表情になると尻尾を股下にしまい込んだ。


 本能的にリルには勝てないと察したようだ。


「アォン!」


 リルが短く<風神狼魂ソウルオブリル>を発動すれば、狛犬の霊達はあっさり昇天した。


『ワフン、甘く見られたものだよ』


「そもそも神域の防衛がガタガタ。非リアの幽霊なんていくら束になろうが大差ない」


 リルの言葉にサクラも頷いた。


 サクラの言い方には棘があるが、実際その通りなので誰も反論しなかった。


 鳥居を抜けようとした途端、藍大達の前に光の障壁が現れた。


『貴方達にとって恋愛とは何か述べなさい』


 防衛システムらしき音声がそのように告げた。


 これに従わなくても力技で進めるけれど、無理にこじ開けた余波で弱っているだろう菊理媛を消滅に追いやってしまう可能性があるから藍大達は従うことにした。


「俺にとって恋愛はずっと一緒にいたいと思って共に過ごすことだ」


「私は愛する藍大のためならどんな敵からも守る盾になる覚悟だよ」


「私にとって恋愛と判断する基準はその相手の子供を産みたいかどうか。結論、ご主人以外認めない」


『僕にとって恋愛は食事と同じぐらい大事なものだよ』


 藍大達の答えが出揃ったことで光の障壁が消えた。


 これで菊理媛の所に行けるだろうかと思ったが、まだギミックは仕掛けられていた。


 再び光の障壁が藍大達の行く手を阻んだのだ。


『目の前に言い争う2人がいます。貴方達ならばどうしますか?』


 防衛システムらしき音声がそのように告げてすぐにリルが質問した。


『何が原因なのかって前提は僕達が決めて良いの? それとも、そっちが用意してくれるの?』


 自分の問いに応答がなかったため、リルは更に質問してみた。


『それなら目の前で言い争ってる2人は食べ物がどっちの物か言い争ってるって前提にするけど良いよね?』


『・・・許可します』


「良いのかよ。というか応答できるのか」


 リルの粘り勝ちとも言える対応だったが、藍大はまさか返答があると思っていなかったので思わずツッコんだ。


 それはそれとして、藍大達はリルの用意した前提で考えた回答を述べる。


「もう一人前用意すれば争いは終わる」


「争いの火種をなくせば解決だから自分が食べちゃう」


「半分こさせる。駄々をこねたら納得するまで言い聞かせる」


『ご主人に頼んで三人前追加してみんなで食べる』


 藍大は自分が料理を作る立場から回答した。


 舞は食べ物限定だがそもそもの原因を取り除くことにした。


 サクラはいざとなったら実力もちらつかせたうえで調停すると答えた。


 リルは調停しつつちゃっかり自分も得をする選択をした。


『審議します』


 先程とは異なり、答えただけでは光の障壁が解除されなかった。


 誰かの回答が用意していた答えに含まれておらず、正解として認めて良いか防衛システムらしき何かが検討しているらしい。


「舞、食べちゃうのは駄目なんじゃない?」


「これは一人前しかないから駄目なんだよ。漁夫の利を得ても良いはずだよ?」


「だったらこう考えて。これが雑食教皇の作った見た目がこれ見よがしな雑食でどっちが食べるか罰ゲームだったら?」


「しまった~!」


 (違う、そうじゃない)


 菊理媛がギミックを仕掛けているならば、本来は料理が何かで対応が変わるとかそういう回答は求めていないだろう。


 しかし、出題が漠然とし過ぎていたのも問題だからリルの前提を認めてこうなった。


 菊理媛は提示した問題の作り込みが甘かった訳だ。


 少し経ってから判定が出た。


『承認します。先に進んで下さい』


「良かった~」


 セーフ判定にホッとした舞の肩を叩いた後、藍大は舞達と一緒に先へと進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る