第793話 伊邪那美様は私達の留守中に作り置きをつまみ食いするかもだし

 2枚目の光の障壁の先には山籠もりしている巫女と呼ぶべき見た目の女神だった。


「よく私の設置した試練を突破されましたね。私が菊理媛きくりひめうぐっ!?」


 藍大達に挨拶をしていた菊理媛が突然苦しみ出し、その体から黒い靄が噴き出し始めた。


『ご主人、黒い靄は邪神の邪気だよ!』


「事情を聴くのは後だな。リル、まずは邪気を祓ってくれ」


「アォォォォォン!」


 邪気に苦しむ菊理媛に対してリルが<風神狼魂ソウルオブリル>を発動した。


 それによって邪気が菊理媛の体から強制的に剥がされて上空の一ヶ所に集まる。


「滅してやんぜオラァ!」


 舞が雷光を纏わせたミョルニルを投げれば、集まっていた邪気に命中してそれを消滅させた。


「試しに使わせてもらう」


 サクラは<運命支配フェイトイズマイン>で何か操作をした後、<生命支配ライフイズマイン>で菊理媛を治療した。


 つい先程まで苦しそうにしていた菊理媛だったが、サクラの治療によって目に見えるダメージは回復したようだ。


「みんなよくやってくれた。サクラ、神の治療もできたんだな」


「ぶっつけ本番だったけど、月のダンジョンに行く前に試せて良かった。あれは<運命支配フェイトイズマイン>を使って<生命支配ライフイズマイン>で邪気によるダメージも治療できるようにしたの」


「サクラは本当に頼りになるよ」


「エヘヘ♪」


 藍大に褒められたサクラはそのまま藍大に甘えて抱き着いた。


 藍大のパーティーで主戦力のサクラは攻撃と防御、支援、回復となんでもこなす。


 それを理解しているので、舞もリルもサクラの実験が上手くいって良かったと思っている。


 ”邪神代行者”の称号を持つモンスターだって邪気は扱わなかったのだから、邪気に対する備えがあるのとないのではいざ月のダンジョンに挑む時の安心感が違う。


 菊理媛という実験台が偶然いてくれたことは藍大達にとってラッキーだったと言えよう。


 サクラが満足してから舞とリルも順番待ちしていたので労い、それから藍大達は静かに待っていた菊理媛に話しかけた。


「待たせてしまって申し訳ない」


「いえ、こちらこそ皆様にお見苦しい所を見せてしまい申し訳ございませんでした。改めて名乗らせていただきます。私は菊理媛と申します。どうぞ菊理媛と呼んで下さい」


「俺は”魔神”の逢魔藍大だ」


「私は逢魔舞。”戦神”なんだ~」


「私は”円満具足の女神”の逢魔サクラ」


『僕はリル。”風神獣”だよ』


 お互いの自己紹介が終わったところで藍大は訊ねる。


「早速で悪いけど、菊理媛はなんで邪気を纏ってたんだ?」


「あれは私なりに邪神の力に耐性を会得するためにやってたことなんです。黄泉で手に入る薬草を調合して作ったあの薬は邪神の力を写し取ります。時間をかけて少量ずつそれを摂取すれば邪神に対する耐性を得られると思ったのですが、藍大達を見て邪気が暴走してしまいました」


「邪神への耐性か。色んな神の力を借りることだけ考えてたけど、それだけじゃ駄目なのかもな」


「いえ、それが一番良い方法だと思います。私が薬に手を出したのは私が勝手に仮説を立てただけですので」


 菊理媛は藍大達に自分と同じ過ちを繰り返してほしくないと思ってきっぱりと述べた。


 リルは菊理媛が邪神への耐性を得られたか<知略神祝ブレスオブロキ>を発動した。


『残念だけど菊理媛の仮説は上手くいかなかったみたい。耐性ができたか調べてみたけど会得できてなかったよ』


「そうでしょうね。大体、藍大達を見ただけで暴走した時点で自分の力になってるはずありません。むしろ、下手をすれば私の体が乗っ取られてたかもしれません」


 (迦具土神みたいに天之尾羽張で斬らなきゃいけない事態は避けたいよな)


 藍大は伊邪那岐の話を思い出して菊理媛を斬るような事態は避けたいと思った。


「とりあえず、さっき邪気は消滅させたけど念には念を入れたい。菊理媛、伊邪那美様の神域に同行してくれるな?」


「勿論です」


 菊理媛は藍大達を認めただけでなく、これ以上自分が藍大達の足を引っ張らないように同行することに頷いた。


 リルの<時空神力パワーオブクロノス>によって藍大達はすぐにシャングリラの地下神域に戻って来た。


『おめでとうございます。逢魔藍大が世界で初めて邪気に囚われかけた神を救って保護しました』


『初回特典として集めた神の中で現時点で完全回復していない者達が一律で10%分回復しました』


 菊理媛が地下神域にやって来たことを察して伊邪那美と伊邪那岐が出迎えに来た。


「よく来たのじゃ。以前は世話になったのう」


「久し振りだね。あの時はありがとう」


「いえ、こちらもあのままでは取り返しのつかない過ちを犯すことになっておりました。私こそ藍大達を派遣して下さったことにお礼を申し上げます」


 伊邪那美達がお互いに感謝を伝えて話ができそうになったため、藍大は伊邪那岐に声をかける。


「伊邪那岐様、天之尾羽張って俺達に貸してもらうことって可能?」


「天之尾羽張をかい? どうだろう? 持てるなら貸せるよ」


 伊邪那岐は手元に天之尾羽張を取り出して藍大に差し出した。


 藍大はそれを手に取る。


 (少し重いが動かせなくはないか)


 普段は武器を使わない藍大にとって、天之尾羽張は当然重く感じるはずだ。


 資格がない者ならば持ち上げることすらままならないけれど、そうとは知らずにゆっくりとだが軽く振れた藍大には天之尾羽張を扱う資格があるのだろう。


「流石に僕達の神子なだけはある。まさかこうも簡単に天之尾羽張を扱えるとはね」


「そこは滅多に頼らない血筋とみんなの神子であることに賭けたさ」


「月のダンジョンに持ってくつもりかい?」


「ああ。邪気への対抗手段は多い方が良い。俺の場合、ゲンとエル、ドライザーに憑依してもらえれば天之尾羽張も問題なく扱えるだろうから」


「そうだったね。君だけで戦う訳じゃない」


 藍大と伊邪那岐のやり取りを聞いて舞とサクラ、リルが慌てる。


「藍大が戦う必要はないよ?」


「主、考え直そう? 私達が頑張るから」


『ご主人の分は僕達が戦うよ? 危ないから後ろで見てた方が良いよ』


「俺が戦う手段を用意しておくのは万が一に備えてのことだ。最初から先陣を切って戦うつもりはないさ」


「「『良かった~』」」


 舞達は藍大の発言を聞いてホッとした。


 もしもガンガン行こうぜなんて言い出したらどうしようと思っていたため、藍大がいつも通り慎重な姿勢で安心したのだ。


 それでも伊邪那美は心配そうな表情のままだった。


「藍大が戦わなければならぬ事態にはなってほしくないのう」


「そりゃ俺も積極的に戦いたいとは思わないけど、どうも月のダンジョン遠征は総力戦になりそうな気配がする。あくまで可能性の問題だけど、俺達の留守を狙って月から邪神が何か仕掛けて来ないとも限らないし」


「それは・・・、否定できないのじゃ」


 邪神という存在はとにかく地球の営みを無茶苦茶にした後、自分でその世界を支配しようと企むような悪の根源だ。


 そうなってしまえば地球は終末世界と呼ぶような無秩序なものになり、ヒャッハーなチンピラが出て来るならまだ軽い方でそれ以上に過酷な状況になるかもしれない。


 月に邪神を倒しに行くならば、確実に邪神を仕留めてその存在を復活できないレベルで消滅させたいところだ。


 そこまでやるならば、自分も一戦力として戦える準備をしておくべきだろうと言うのが藍大の考えである。


「一緒に行くメンバーと留守を守ってもらうメンバーも分けないとな」


「私は絶対に一緒に行くからね」


「私も主と一緒。作戦に私が必要だもの」


『僕が月に連れてくんだから同行しないなんてあり得ないよ』


 藍大の中に舞達を連れて行かない選択肢はないので当然だと頷く。


「勿論だ。七つの大罪と四神獣にはついて来てもらう。それ以外のメンバーはエルを除いてシャングリラの留守を守ってもらうつもりだ。指揮は伊邪那美様とパンドラに任せよう」


「パンドラがいれば安心だね」


「パンドラなら大丈夫」


『間違いないね』


「あれ、妾は信用されてないんじゃろうか?」


「伊邪那美様は私達の留守中に作り置きをつまみ食いするかもだし」


「何かうっかりしてそう」


『伊邪那美様だもん』


「藍大~、舞達が酷いのじゃ!」


 反論に困った伊邪那美は伊邪那岐ではなく藍大に泣きついた。


 見た目だけは母親涼子そっくりなので、藍大は苦笑しながら伊邪那美を受け止めて慰めた。


 何はともあれ藍大達の月遠征の準備は着々と進むのだった。

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