第790話 迦具土、会いたかったぞこの馬鹿者が!

 藍大が少年の姿に見覚えがあったのはその姿が少年時代の藍大によく似ていたからだ。


 もっとも、半透明でゆらゆらと燃えており、炎の精霊と言われたら信じてしまいそうな雰囲気があったのだが。


「迦具土、会いたかったぞこの馬鹿者が!」


「・・・ごめんなさい」


 伊邪那美に抱き締められた迦具土神は本当に申し訳なさそうに言った。


 その謝罪は今まで一度も顔を見せなかったことに対してなのか、それとも産まれたばかりのタイミングで黒い靄に体を乗っ取られたことに対してなのか。


 きっと両方について謝ったのだろう。


 しばらく伊邪那岐が無言で迦具土神を抱き締めていたため、藍大はリルを撫でて待っていた。


 家族の感動の再開シーンであることは間違いないのだが、伊邪那美が母親涼子の姿をしているせいで昔の自分が親に甘えているのを見せつけられている気分になり、それを直視できなかったのだ。


 リルは藍大に撫でてもらえて役得だったし、藍大が寂しそうに感じたから藍大に甘えてその寂しさを埋めていた。


 伊邪那美の気が済んで迦具土神から離れた後、改めて迦具土神が自己紹介する。


「はじめまして。僕は迦具土。よろしく」


「迦具土神、はじめまして。俺は”魔神”の逢魔藍大。パンドラに力を与えてくれてありがとう」


『僕はリル。”風神獣”だよ。よろしくね』


 藍大とリルも自己紹介をすると迦具土神は儚げに微笑んだ。


「藍大もリルもよろしく。僕のことは迦具土と呼んで。君達のこと、実は秘境に君達が来てからずっと気にしてた。でも、声がかけられなかったんだ」


「俺達に話しかけたら伊邪那美様に居場所がバレるから?」


「うん。僕はお母さんに迷惑をかけてしまったからね。会いたい気持ちはあったけれど、自分が会ったらお母さんにまた迷惑をかけちゃうんじゃないかとか、酷いことになっちゃったから怒られるんじゃないかって思って踏ん切りがつかなかったんだ」


 そう言われてしまえば自分達に声をかけてくれれば良かったのにとは藍大も言えない。


「まったく、迦具土は考え過ぎなのじゃ。妾も伊邪那岐も迦具土が悪いだなんて微塵も思っとらんぞ。むしろ、後手に回ってしまった妾と伊邪那岐が迦具土に謝るべきじゃ。長い間寂しかったじゃろう。本当に申し訳なかったのじゃ」


 伊邪那美に深く頭を下げられて迦具土神は慌てた。


「お母さん、謝らないで。お父さんが僕を天之尾羽張で斬ったことも意味があるってわかってるから大丈夫。僕はお母さんにこうして会えただけで十分だから」


「親子のことに首を突っ込む感じになっちゃうけど、悪いのはどう考えても黒い靄だ。当時産まれたばかりの迦具土が悪い訳でもなければ、突発的なアクシデントが起きてもどうにか対応してみせた伊邪那美様と伊邪那岐様が悪い訳でもない。そうだろ?」


『僕もそう思うよ』


「そうだね。藍大の言う通りだ」


「そうじゃな。これ以上は謝罪合戦になるから止めるのじゃ」


 藍大の発言によって伊邪那美と迦具土神の謝罪合戦は阻止された。


「それはそれとして、迦具土は伊邪那美様が管理する神域に来てほしい。伊邪那美様の結界があるとはいえ、いつまでもここにいたって迦具土神は力を取り戻せないだろ?」


「そうだね。藍大の言う通り、ここにいても緩やかに力を失ってくだけだ。でも」


「誰かに合わせる顔がないとか言うのはなしだ。俺達は迦具土の力を求めてここまでやって来た。必要として探しに来たんだ。伊邪那美がここに来た時点でそれはわかるだろ?」


「・・・わかった。僕が行くことで君達の力になるなら喜んで行くよ」


 迦具土神がシャングリラの地下神域に行くことに躊躇うと先読みして藍大は釘を刺した。


 藍大の読み通り、迦具土神は躊躇ったけれど藍大の言い分を聞いて折れた。


 同情で迎えに来たのではなく、自分の力を借りたくて迎えに来たという藍大の言葉に嘘偽りがないことを察したからだ。


「リル、地下神域に連れてってくれ」


『任せて』


 藍大に頼まれてリルは<時空神力パワーオブクロノス>で自分達をシャングリラの地下神域に移動させた。


 その瞬間、藍大の耳に伊邪那美の声でメッセージが届いた。


『おめでとうございます。逢魔藍大は迦具土神をシャングリラに連れ帰りました』


『報酬として集めた神の中で現時点で完全回復していない者達が一律で10%分回復しました』


 (またみんな回復した。ありがたいな)


 藍大は保護下にある完全復活していない神々全てが10%分力を取り戻したことに感謝した。


 その中でもマグニは60%の力を取り戻しており、あと10%でも力を取り戻せれば加護を与えられるぐらいには復活しているのでなんとかしたいところだ。


 そう思っているところで藍大の耳に再びメッセージが届く。


『おめでとうございます。ミオがアビリティ:<猫神悪戯トリックオブバステト>を使い続けたことにより、バステトが完全復活しました』


『報酬としてミオに称号”バステトの感謝”が贈られます』


『おめでとうございます。フィアがアビリティ:<火神応援エールオブアグニ>を使い続けたことにより、アグニが完全復活しました』


『報酬としてフィアに称号”アグニの感謝”が贈られます』


『おめでとうございます。四神獣が1柱ずつ神を完全復活させました』


『初回特典として集めた神の中で現時点で完全回復していない者達が一律で10%分回復しました』


 (ミオ、フィア、でかしたぞ!)


 藍大はミオとフィアが遠目に地下神域内で鬼ごっこしていたのを見つけて感謝した。


 今のアナウンスはミオとフィアが神の名を冠するアビリティを使う鬼ごっこを行い、アビリティの使用回数が一定の値を超えたことで流れたものである。


 月のダンジョンに挑むにあたり、ミオとフィアも少しでもパワーアップしたかったらしく、バステトとアグニを完全復活させるぐらいアビリティを使い込んだ。


 彼女達は藍大達を見つけて鬼ごっこを終了して飛んで来た。


「おかえりなのニャ!」


『おかえり~』


「ただいま。ミオもフィアもよくやったな。おかげでバステト様とアグニ様が復活できたぞ。しかも、マグニ様も70%まで回復したんだ」


「ニャア♪」


『エヘヘ♪』


 藍大に頭を撫でられてミオもフィアもデレデレになるぐらい喜んだ。


 そこにドライザーが<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を解除して現れた。


「四神獣が揃ってる。なるほど、どの神獣からも僕以上の力を感じる」


『ワフン、僕達はご主人を守護する神獣だもん』


 迦具土神がリル達四神獣が揃ったのを見て、彼等の力が今の自分に比べてずっと強いとわかって静かに驚いた。


 リルは四神獣のリーダーとして自分達が褒められたことにドヤ顔で応じた。


 地下神域で神々の力が強まったことを察し、地上から舞とサクラが降りて来た。


 2人は迦具土神がアルバムで見た藍大の少年時代にそっくりでニコニコしている。


「小っちゃい頃の藍大のそっくりさんがいる~」


「写真も良いけど3Dも良いね」


 舞とサクラを見た迦具土神は2柱から感じられる力の強さを恐れて伊邪那美の後ろに隠れた。


 今の伊邪那美の姿は涼子そっくりであり、迦具土神は藍大の少年時代にそっくりだ。


 そんな光景を見て舞とサクラがはしゃがないはずがない。


「見てよサクラ! 子供の藍大が可愛い!」


「ショタな主も悪くない」


「僕は藍大じゃない。迦具土だ」


「舞もサクラも落ち着くのじゃ。どっちも力が強いせいで迦具土神が怯えておるのじゃ」


 伊邪那美ははしゃぐ舞とサクラの様子に苦笑した。


 迦具土神が怯えるぐらいには舞もサクラも強い訳だ。


 それ自体は月のダンジョンに挑むことを考えれば良いのだけれど、迦具土神が自分の服を掴んでブルブルと震えるのを必死に堪えているのを見れば苦笑せざるを得ない。


 伊邪那岐がそこにやって来て、伊邪那美の後ろに隠れる迦具土神を見つける。


「迦具土かい?」


「お父さん」


「あの時は迦具土を斬ってしまって本当に済まなかった」


「僕こそ弱くてごめんなさい」


 伊邪那岐が深く頭を下げてすぐに迦具土神も同じぐらい頭を深く下げた。


 伊邪那美と迦具土神の謝罪合戦を阻止したと思ったら、今度は伊邪那岐と迦具土神が謝り合うことになってしまったので藍大が止める。


「はいはい。そこまでにしような。伊邪那岐様、迦具土はちゃんと天之尾羽張で斬ったことも意味があるってわかってるんだ」


「そうか」


「そうなんだよ。だから、これ以上謝り合うのはなしにしてくれ。再び出会えたことはめでたいんだからさ」


「そうだね。迦具土、また会えて良かったよ」


「お父さん・・・」


 迦具土神は伊邪那美から離れて今度は伊邪那岐に抱き着いた。


 その姿を見て藍大がしんみりした表情になるが、舞とサクラが藍大に抱き着いたことで藍大の中の切ない気分は吹き飛んだ。


 家族は大事だと改めて感じる藍大だった。

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