第788話 神桃のタルトは縁起物じゃないと思う

 パンドラが満足した後、藍大は改めて<迦具土刃エッジオブカグツチ>の効果を確かめた。


 その結果、斬ると焼くを同時に行うだけでなく、敵が使用者に抱くあらゆる負の感情の分だけアビリティの威力が上乗せされることがわかった。


 ダンジョン探索等で敵と戦う場合、パンドラに敵が負の感情を抱かないはずがない。


 何故なら、目の前の敵は倒してやるという感情も<迦具土刃エッジオブカグツチ>によれば負の感情に含まれるからだ。


「火力の高い攻撃は丁度パンドラが欲しがってたよな」


「うん。これは嬉しい。迦具土神には感謝だね」


 藍大は素直に力を貸してくれた神に感謝できるパンドラの頭を撫でた。


 パンドラのパワーアップが済めば、道場ダンジョンでやるべきことは全て終わったので藍大達は帰宅した。


 家に入った藍大達を待っていたのは伊邪那美と伊邪那岐の2柱だった。


「藍大、ちょっと神域に来てほしいのじゃ」


「昼食の支度の前で申し訳ないけどこっちも重要なことだからごめんね」


 迦具土神とは日本神話で伊邪那美を殺したとされる神であり、そんな迦具土神を伊邪那岐は天之尾羽張あめのおはばりで斬り殺したとされている。


 その話について藍大が今まで触れたことはなかったが、パンドラが迦具土神の名を冠するアビリティを会得するまでに至ったので伊邪那美達から話をする気になったらしい。


 モルガナは憑依を解除したゲンと一緒に昼食まで休むと言ってリビングに移動し、藍大とリル、パンドラに加えて神である舞とサクラが地下神域に移動した。


 地下神域に来て早々に伊邪那美は事前に断った。


「最初に申しておくが、あまり気分の良い話ではないのでそのつもりで聞いてほしいのじゃ」


「わかった」


「まず、藍大達が知っておる日本神話では妾が迦具土を産んだと同時に殺したということになってるじゃろうがそれは厳密には違うのじゃ」


「と言うと?」


「妾は迦具土を産むことで死にそうになるとわかっておったのでな、出産の後に復活できるように準備をしておった。だから、黄泉の国に行っても時間が経過すれば生き返れたのじゃ。その準備の副産物として、他の日本の神々よりも力を残した状態でいられたから大地震の後で藍大に力を与えられたのじゃよ」


 日本神話の裏側の話をされて藍大達はその内容が耳から入って意味を理解するのに少しだけ時間を要した。


 そして、神話について独自に調べた藍大は伊邪那岐の方を見た。


「えっと、伊邪那美が復活する準備も済ませて大変な出産をしたならさ、なんで伊邪那岐様は怒りに任せて天之尾羽張で迦具土神を斬ったなんて話になるんだ?」


「それについては僕から話すよ。伊邪那美が出産した時というのは伊邪那美も大変だったけど、迦具土も大変だったんだ。人間だって死産になってしまうケースがあるだろう? それと一緒で迦具土も死んでしまう寸前だった。その弱った状態の迦具土を黒い靄が覆って体を支配した」


「その黒い靄の正体はわかってるのか?」


「ああ。大禍津日おおまがつひ八十禍津日やそまがつひだ。正確には、僕が黄泉から戻って禊をした際にその2柱に分かれたんだけどね」


 (なんだっけ? 何処かで見た記憶はあったんだけど・・・)


 藍大は何処かでその名前を見たことがある程度だったため、大禍津日と八十禍津日がどんな神だったか思い出そうとした。


 伊邪那岐は藍大達がその2柱について知らないと判断して補足する。


「それらは災厄の神だよ。元々は1つの黒い靄で名前はなかったんだ。迦具土の体が乗っ取っられたまま放置してたら伊邪那美まで殺されてしまう。そう思って僕は断腸の思いで我が子を斬った」


「2柱に分かれて名付けられたってことは伊邪那岐様が斬っても殺せなかったんだ?」


「恥ずかしながらその通りさ。おまけに、僕が黄泉の国に行くと読んでいた黒い靄は僕に気づかれないように僕に付着しててたんだ。だからこそ、僕が黄泉から戻って禊をした時に黄泉の穢れを吸収して大禍津日と八十禍津日に分かれて誕生してしまった訳だ」


「そうだったのか。でも、それなら迦具土神が生きてるのはなんで? 迦具土神の遺骸からいくつもの神々が誕生したって神話では語られてたよな?」


 藍大は伊邪那岐の話を聞いて一旦納得したけれど、すぐに次の疑問が浮かんで伊邪那岐に訊ねる。


「僕が天之尾羽張を使って体を乗っ取られた迦具土を斬ったのはそのためだよ。天之尾羽張は神殺しの剣であると同時に神生みの剣でもある。天之尾羽張で迦具土を斬ったことで、後で迦具土が復活できるようにしたんだ」


「それを咄嗟に思いついて行う伊邪那岐様も、その実行手段である天之尾羽張もすごいな」


「アハハ、褒めてくれるのは嬉しいかな。だけど、時が流れてから復活した迦具土は自分の体を乗っ取られたことに責任を感じて僕達に姿を見せなかった。だから、僕達はこうやって力を取り戻せたけど迦具土とはそれ以来一度も会えてないんだよ」


 そこまで伊邪那岐が言ったところで伊邪那美がバトンを受け継いだ。


「妾達は迦具土にここに来てほしいのじゃよ。妾は迦具土が悪いだなんて思っておらぬし、伊邪那岐だって復活できるとはいえ迦具土のことを斬ったことを詫びたいと思っておる。迦具土神にはあまり思い詰めてほしくないんじゃ」


「子供、いや、産まれて来てくれた赤ちゃんが悪いなんてことはないもんな。サクラ、頼みがある」


「宝箱から迦具土神を探すアイテムを取り出せば良いんだね?」


「流石はサクラだ」


「これぐらい当然。主と私は以心伝心だもん」


 藍大が収納リュックから宝箱を取り出せば、サクラは藍大が頼みの内容を言わずともそれを正確に言い当てた。


 サクラは優しく微笑みながら宝箱を開け、その中からコンパスを取り出した。


『ご主人、万物磁石だよ。探したいものの方角を指すだけじゃなくて、使用者がMPを消費すれば探してるものの所まで引き寄せられるんだ。注意点は2つ。引き寄せられる時は遮蔽物に気を付けなきゃいけないのと、一度使ったら探した者に応じて次に使えるまでの時間が異なることだね』


「サクラもリルもありがとう。これなら迦具土神を探せそうだな」


「フフン」


『ワフン』


 迦具土神探しにピッタリなアイテムを手に入れてくれたサクラと鑑定したリルの頭を撫で、藍大は感謝の気持ちを伝えた。


 その直後、舞とリル、伊邪那美のお腹から空腹を告げるサインが鳴った。


 (食いしん坊ズがどうしてもシリアスブレイカーになっちゃうんだよな)


 迦具土神探しは昼食の後にすることにして、今はとりあえずお腹を空かせた食いしん坊ズをどうにかすることにした。


 何か食べたいと主張する食いしん坊ズのため、藍大は今日の昼食を作り置きの料理というカードを切って速やかに用意する。


 それでも足りないのなら、ステーキでも焼けば食いしん坊ズは喜んで食べるので問題ないだろう。


 作り置きの料理を食べた後、舞がふと良いことを思いついたとにっこり笑う。


「藍大、神桃のタルトを食べようよ」


「良いけどなんで?」


「桃は古来より神聖な果物で邪悪を遠ざけるって話があるよね。災厄の神の影響を受けた迦具土神を探すなら縁起物を食べてからの方が良いと思うの。いや、食べるべきだよ」


『舞の言う通りだよご主人! 神桃のタルトを食べよう! きっと御利益あるよ!』


「そうじゃな! 神桃ならば破邪の力も強くて縁起が良かろう! これは食べねばならぬのじゃ!」


 (神桃のタルトは縁起物じゃないと思うぞ)


 舞の発言にリルと伊邪那美が乗っかってしまえば、他の食いしん坊ズや子供達も神桃のタルトを食べたいと言い出し、完全にそれを食べる流れになってしまう。


 神桃のタルトが縁起物なのかどうかという疑問を抱くのだが、藍大は家族が食べたいと言うのならと一切れずつタルトを用意して配った。


「主はこういう時に押しに弱い」


「サクラはタルト要らないの? それなら勿体ないから私が食べてあげるよ?」


「食べないとは言ってない。私のタルトに手を出さないで」


 サクラが藍大は仕方ないなと苦笑していると、その隣から舞がサクラのタルトを狙う。


 サクラもスイーツは好きなので舞に譲るつもりはなく、自分の分は舞には渡さないと自分の皿を舞から隠した。


 食後のデザートとして神桃のタルトを食べた藍大達は気力も十分になり、少し休憩してから迦具土神探しを始めた。

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