第786話 パンドラが出かけとる間に家事は全部終わらせたで

 5月11日、藍大はリルとゲン、パンドラ、モルガナを連れて道場ダンジョン14階に来ていた。


 ブラドがパンドラのパワーアップに協力するべく、昨日の内に14階を増築してくれたのだ。


 九尾の白猫の姿をしたパンドラの尻尾がリズミカルに揺れている。


「パンドラはご機嫌だな」


「僕もこっちのパーティーで探索するのは久し振りだからね」


「いつも司、いや、健太が迷惑をかけてすまん」


「本当にね。健太はすぐにふざけたがるんだから困っちゃうよ」


「今日は俺達との探索を楽しんでくれ」


「うん。そうさせてもらうよ」


 パンドラがご機嫌な一方、モルガナは気怠げにしている。


 モルガナをここに連れて来た理由はモルガナがブラド以上に最近戦っていないからである。


 いくら”ダンジョンロード”だとしても、分体を生み出せる従魔が全く戦わないという訳にはいかない。


 先輩ブラドの増築した階層はモルガナが戦闘の勘を忘れないようにするにはもってこいと言えよう。


「モルガナはもうちょっとやる気出そうぜ」


「拙者の立場になってほしいでござる。ブラド先輩から『今日のダンジョンテスターで不甲斐ない結果を出したら騎士の奥方にハグしてもらうである』と言われたでござる」


「それなら余計に頑張らなきゃ駄目じゃないか?」


「最近、ブラド先輩はしょっちゅう舞殿に抱き着かれておるので、何かにつけて駄目な判定をされるに決まってるでござるよ。ブラド先輩は拙者が舞殿に抱き着かれることで、自分の負担を軽減させたいのでござる」


 モルガナはしょんぼりした感じでテンションが上がらない理由を述べた。


「まあまあ。そこは俺が公平にジャッジするから元気出してくれ。もしもブラドが難癖を付けるようなら俺に言ってくれ」


「本当でござるよ!? 信じてるでござるよ!?」


「おぉ、よしよし」


 モルガナがすごい気迫で自分に抱き着いて見上げて来たから、藍大は一瞬だけ驚いたがすぐに微笑んでモルガナの頭を撫でてやった。


 モルガナが落ち着いてからダンジョンの探索を始めたのだが、進み出して早々に最初の雑魚モブモンスターに遭遇した。


 それはキューブ状のメタリックなロボットと呼ぶのが相応しく、藍大達を発見した直後には変形してヘルハウンドによく似たロボットになった。


「タクティカルフレームLv100。状況に応じて変形できる無機型モンスターだ」


『ご主人はテイムしたい?』


 変形ロボに藍大がロマンを感じると知っていたため、リルはタクティカルフレームの動きを封じ込めた方が良いか訊ねた。


「デフォルトの形がキューブ状ってのがいまいちかな。変形に憧れがない訳じゃないけど、それだけならドライザーのラストリゾートやエルのDDキラーもある訳だし」


『そっか。それなら倒しちゃうね』


「よろしく」


『ワッフン!』


 リルは頷くと同時に<雷神審判ジャッジオブトール>を発動してタクティカルフレームを倒した。


 その直後、通路の奥からタクティカルフレームの群れが押し寄せて来た。


 どうやらリルが倒した個体は斥候だったようだ。


「僕も戦う」


「拙者もやるでござる!」


 最初はリルに譲ったけれど、パンドラとモルガナも戦う準備はとっくにできている。


 それゆえ、2体はハーピーに似た姿に変形したタクティカルフレーム達に向けて攻撃を開始した。


 パンドラが<熔解刃メルトエッジ>を連発して敵の接合部を熔かして動きを鈍らせれば、モルガナが<百万雨槍ミリオンランス>で確実に仕留めた。


「パンドラもモルガナも良いコンビネーションじゃん」


「まあね」


「パンドラ殿のアシストのおかげでござる」


 藍大に褒められてパンドラとモルガナは嬉しそうにしていた。


 戦利品回収を済ませて探索を開始するが、タクティカルフレームの集団はそこそこの頻度で藍大達の行く手を阻んだ。


「タクティカルフレームの変形バリエーションは思ってたより豊かだな」


『ヘルハウンドにハーピー、リビングアーマー、ケンタウロスまであったね』


雑魚モブにしては芸達者だよね」


「多分、拙者達以外のダンジョンであれば”掃除屋”かフロアボスとして配置されるでござるよ」


 (そんなモンスターを道場ダンジョンに配置するなんて大丈夫かね?)


 タクティカルフレームの配置に必要なDPが1体でもそこそこ高いのではないかと藍大が心配していると、ブラドがテレパシーで藍大に応じる。


『安心するのだ。皆が派手に戦ってくれるおかげでDPが潤沢にあるから問題ないのである』


 それなら良いかと藍大はブラドの回答を聞いて安心した。


 タクティカルフレームはやがて出て来なくなり、その代わりに藍大達の前に現れたのは黒い水晶玉だった。


 それは宙に浮いたまま現れ、リルをターゲットにして発光するとすぐにその形状が人型に変わった。


 色は真っ黒だがそれ以外の見た目はリルが天敵認定した真奈に瓜二つだった。


「リルく~ん! モフら」


『成敗!』


 リルは真奈の偽者に容赦なく<雷神審判ジャッジオブトール>をぶつけて仕留めた。


 力尽きた真奈の偽者は元の黒い水晶玉に戻っていた。


『とんでもない敵だよ! 僕の怖がる存在を見抜いて変身するだなんて! 根絶やしにすべきだよ!』


「よしよし。落ち着くんだリル。俺が一緒だから」


「クゥ~ン・・・」


 興奮しているリルを藍大が抱き締めて撫でれば、リルは徐々に落ち着きを取り戻した。


「リル、落ち着いた?」


『うん。ごめんねご主人』


「そういうこともあるさ。パンドラとモルガナも気を付けろ。あいつはナイトメアコアLv100。スキャンした相手の怖がる姿に自動で変身する特性を持つ無機型モンスターだ」


「厄介な奴だね」


「あばば、ブラド先輩が容赦ないでござる」


 パンドラはやれやれと首を振って戦利品を回収しているが、モルガナはなんてモンスターを配置したんだとブルブル震えている。


 そこに今度は2体のナイトメアコアが現れた。


 リルをスキャンした時と同じように発光し、真っ黒な未亜と真っ黒な舞になった。


 (パンドラが未亜を恐れてる? そんなことないだろ)


 舞の姿は間違いなくモルガナから読み取られたものだが、そうなると未亜はパンドラから読み取られたものだ。


 少なくとも藍大が未亜を恐れていないのだから、消去法で未亜を恐れているのはパンドラになる。


「パンドラが出かけとる間に家事は全部終わらせたで」


「あ、あり得ない」


 パンドラが未亜の偽者の発言に毛を逆立てた。


 (なるほど。言われなくとも完璧に家事をこなす未亜を恐れてたのか)


 パンドラにとって未亜は手間のかかるクランのメンバーだ。


 こんな風に自分が不在の間に率先して家事を全て終わらせているなんて天地がひっくり返ってもあり得ないと思っている。


 そんな未亜がいたら怖いと思うのも仕方のないことである。


「あり得ないってどうしたん? いつもやっとることやろ?」


「偽者は滅ぶべし!」


 パンドラは<負呪破裂ネガティブバースト>を連発して未亜に化けたナイトメアコアを倒した。


 <熔解刃メルトエッジ>でも倒せたのに<負呪破裂ネガティブバースト>を使うあたり、パンドラは動揺してしまったのだろう。


 パンドラが動揺しつつもナイトメアコアを倒した一方、モルガナも舞に化けたナイトメアコアに動揺していた。


「ハグしちゃうぞ~」


「こ、こっちに来るなでござる!」


 モルガナは<吹雪飛斬ブリザードスラッシュ>を連発し、明らかに過剰防衛と呼べる手数で舞に化けたナイトメアコアを斬り刻んだ。


「パンドラもモルガナもお疲れ様。よく頑張ったな」


「あんなの未亜じゃない」


「怖かったでござる」


 モルガナは普通に怯えているだけだが、パンドラはこの世に存在しない者を見てしまったという様子なので藍大は苦笑した。


 2体共藍大に頭を撫でられている内に落ち着きを取り戻した。


 そのタイミングでリルが発言する。


『ブラドにはお仕置きが必要だと思うな』


「賛成」


「異議なしでござる」


『だよね。それじゃあ舞にブラドがハグしてほしそうって念じてみるね』


 被害者の会による決議が終わり、リルがそう念じてすぐのことだった。


 藍大の頭に再びブラドの声が届いた。


『止めるのだ! はっ、騎士の奥方!? 止すのだ! ぐわぁぁぁ!』


 (ブラドさんや、これは自業自得だと思うぞ)


 自宅では舞がとびっきりの笑顔でブラドをハグしているのだろうと察し、藍大はブラドに元はと言えば自分のせいだろうと念じておいた。


「リルの念が舞に届いたらしい。ブラドは舞にハグされてるっぽいぞ」


『お仕置き完了だね』


「スッとした」


「先輩とはいえやって良いことと悪いことがあるでござる」


 この後、藍大達はナイトメアコアを見つけ次第何もさせずに倒す方針で先に進んだ。

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