第784話 でん゛ぢゅ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ!

 戦場ヶ原にやって来た藍大達だが、そこは霧に包まれていた。


 霧の量が富士山の頂上よりも多くて藍大は首を傾げた。


「この霧はおかしくないか?」


「何がおかしいの?」


「舞、主は国之狭霧神がこれだけの霧で神域を維持してることがおかしいって考えてるんだよ」


「サクラの言う通りだ」


「あぁ、確かに」


 舞はサクラの補足を聞いてなるほどと頷いた。


 天之狭霧神と同じぐらい弱っているはずの国之狭霧神がここまでの霧を維持しているとなれば、何か富士山の頂上とは違うイレギュラーが生じていると考えるのが妥当だろう。


 現にリルは藍大達には聞こえない大きさの何かの音を聞き取り、耳をピクッと反応させた。


「リル、何が聞こえるんだ?」


『野太い猿の叫び声みたいな感じ。何言ってるか僕にも聞き取れないんだ』


 藍大とリルが話している内にリル以外にも野太い猿の叫び声らしきものが届き始めた。


「「「・・・「「ギェエァアアアッ!」」・・・」」」


「確かに野太い猿みたいな叫び声だな」


「おい、声に殺気が乗ってるじゃねえか」


 叫び声が戦闘モードに切り替わるスイッチを押したらしく、舞の喋り方が普段とは違うものになった。


「エ゛ァ゛ ア゛ア゛ア゛ アアアッ!」


「エ゛クズア゛ア゛ア゛ッ!」


「うるせえぞゴラァァァァァ!」


 霧の中から飛び出した何者かに対し、舞は雷光を纏わせたミョルニルで一発ずつ殴った。


 ミョルニルが触れた瞬間、何者かはボンと弾けて消えた。


「なんだったんだ今の?」


『ご主人、信じられないけど鎧武者の霊だよ。国之狭霧神がこの霧で冥界とここを繋いで鎧武者達に外敵を倒させてるんだ』


「でん゛ぢゅ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


「てめえがな!」


 舞はまたしても鎧武者の霊を殴って消し飛ばした。


 霧の中、狂気すら感じる猿叫を聞きながらじっとしているのは心臓に悪い。


 だからこそ、リルは今こそ自分の出番だと一歩前に進む。


「アォォォォォォォォォォン!」


 リルが<風神狼魂ソウルオブリル>を発動したことにより、霧の中のあちこちで聞こえていた猿叫が一斉に止んだ。


 それどころか戦場ヶ原に来た時に覆っていた霧の大半が消し飛び、残っていた霧は富士山の頂上にあったのと同じぐらいの大きさだった。


『ワフン、耳障りな霊なんて僕が吠えれば成仏するよ!』


「よしよし。流石はリルだ」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルのおかげで敵地に放り込まれた状況から脱せたため、リルの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 リルは自分の頑張りを藍大に褒めてもらえてご機嫌である。


「それにしても、あの鎧武者の霊はなんて叫んでたんだろうね~」


「えっ、舞はわかってたんじゃないの? 言い返して殴ってたじゃん」


「よくわかんないけど殺気の乗ってる叫び声だったからやり返したんだよ」


「なんて野蛮なコミュニケーション・・・」


 舞の言い分を聞いてサクラの顔が引き攣った。


 リルを撫でながら藍大がその会話に加わる。


「恐らく薩摩隼人の霊だろうな。思い返せば全員上段から斬り下ろしを狙ってたし、猿叫も訛ってた感じがしたから」


「薩摩隼人ってチェスト~って叫ぶ人達だっけ?」


「おぉ、舞が話について来れてる」


「酷いよ~。私だって家にいる時は色々勉強してるんだからね~」


「あはは、ごめん。舞が頑張って勉強してるのはわかってるよ。さっきも体を張って俺達を守ってくれてありがとな」


 舞が両手で自分の肩を持って揺らすので、藍大は笑いながら謝って先程の戦闘についてお礼を述べた。


 ゲンが藍大に憑依しているおり、舞の力がじゃれている程度しか込められていなかったからサクラは舞を止めなかった。


 サクラに止められなくなったあたり、舞はムッとしてもゲンがビビるぐらいの力を込めることはなくなったようだ。


 気持ちを切り替えて藍大達は一気に狭くなった霧の神域へと進む。


 その時、舞が瞬時に戦闘モードになって雷光を纏わせたミョルニルを霧に投げる構えをした。


「大将首だ! 大将首だろう!? なあ ゛っ!?」


 藍大達が霧に侵入しようとしたタイミングで奇襲しようとしていた霊だが、舞が投げたミョルニルに当たって最後まで言えずに消し飛んだ。


「ふぅ、これで静かになったね」


『舞に先を越されちゃった』


「エヘヘ、リル君より速かった」


『次は負けないよ』


「いやいや、次はもう勘弁願いたい」


 舞とリルが次に奇襲して来る相手はどちらが先に倒すかみたいな雰囲気で話している者だから、藍大は勘弁してくれと苦笑した。


 その願いが届いたのかは定かではないけれど、再び入った霧の神域で藍大達が襲われることはなかった。


 神域の中心には石でできた武骨な玉座が存在し、そこに力なく座っている天之狭霧神によく似た存在がいた。


 違う点を挙げるならば、天之狭霧神が男神だったのに対して国之狭霧神は女神だとギリギリわかる体つきだったことだ。


『ご主人、寝息が聞こえる。国之狭霧神はあんな煩い連中がいても寝てるみたい』


「マジでか。肝が据わってるなぁ」


 薩摩隼人の霊達が神域のあちこちで騒げば心が全く落ち着かないはずだが、国之狭霧神はそれが気にならないらしい。


 それでも藍大達に目の前まで接近されたことにより、国之狭霧神は大きく伸びをして口を開いた。


「よく瞑想した」


「寝てただろ」


「良い夢だった」


「おい」


「君達は誰?」


「自由かよ」


 マイペースな国之狭霧神に藍大は強制的に連続してツッコミをさせられた。


「我、国之狭霧。クニちゃんって呼んで」


 藍大達に誰だと聞いておいて藍大達が名乗る前に自らが名乗る。


 国之狭霧神は本当にフリーダムな神である。


 このまま国之狭霧神のペースで話をするのは大変なので、藍大達は自己紹介をすることで会話のペースのリセットを図る。


「俺は”魔神”の逢魔藍大」


「私は”戦神”の逢魔舞だよ~」


「私が”円満具足の女神”のサクラ」


『僕は”風神獣”のリル』


「新しい神が4柱。めでたい」


「ここにいる以外にも”土神獣”と”水神獣”、”火神獣”もいるぞ。今は連れて来てないけど」


「我、要らない子?」


 国之狭霧神の表情は乏しくて違いがわかりにくいけれど、声のトーンがほんの少しだけしょんぼりした感じになった。


「そんなことないぞ。俺達は国之狭霧神を迎えに来たんだ。天之狭霧も既に保護してるんだが、彼にクニちゃんも保護してほしいと頼まれてここに来た」


「アメちゃんいるの?」


「ここじゃない神域にだけどな。伊邪那美様が管理してる神域だ」


「我、そこに行く」


「よし来た。リル、頼んだ」


『は~い』


 藍大はここで話しているよりも早く地下神域に連れ帰った方が良いと判断し、リルに頼んで全員でシャングリラの地下神域に移動した。


 国之狭霧神を地下神域に連れ帰ったことで藍大の耳に伊邪那美のアナウンスが届く。


『おめでとうございます。逢魔藍大は世界で初めて古くから存在する神を10柱集めました』


『初回特典として集めた神の中で現時点で完全回復していない者達が一律で10%分回復しました』


 (おぉ、みんな回復するのはありがたい)


 藍大はマグニ以外の神々も10%分力を取り戻したことに感謝した。


 これでマグニは50%の力が戻り、ペレと天之狭霧神、国之狭霧神は保護された順番で多少の差こそあるが10%以上の力を取り戻した。


 そこに伊邪那美が天之狭霧神を連れてやって来た。


「おかえりなのじゃ。国之狭霧もすぐに見つかって良かったのう」


「伊邪那美様、心配かけた。ごめんなさい」


「うむ。謝れて偉いのじゃ。天之狭霧もそう思うじゃろ?」


「久し振りですね、国之狭霧」


「アメちゃんおひさ」


 性別が違うこと以外の服装は変わらない2柱だが、性格や言動はかなり違うようだ。


 天之狭霧神が丁寧に喋るのに対して国之狭霧神は砕けた口調である。


 天之狭霧神は大声こそ出さないがリアクションがはっきりしている。


 ところが、国之狭霧神は表情が乏しく感情の変化は微妙な声のトーンで判断するしかない。


 天之狭霧神は表現の仕方で自分を良く見せようとする一面があったが、国之狭霧神は何処までもマイペースだ。


「国之狭霧、もうちょっと神らしく振舞いなさいといつも言ってるじゃないですか」


「アメちゃん、我、お腹減った」


「はぁ・・・」


「元気出して」


 (クニちゃんのお守りは天之狭霧に任せよう。うん、そうしよう)


 強制的に自分をツッコミキャラにさせる国之狭霧神を天之狭霧神に任せたことで、藍大はホッと一息つくことができた。

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