第779話 俺はリル達の食欲を満たしただけですので

 シャングリラダンジョンから帰宅した藍大達は帰宅したその足で地下神域にやって来た。


「まさかまだ舞にハグされてるとは思わなかったぞ」


「騎士の奥方が全く解放してくれないのだ」


「藍大達がダンジョンに行ってる間、ブラドが寂しがってるってリル君から念が届いたから抱き締めてあげてたの」


 (神同士、念によって意思疎通ができるものなのか)


 舞にハグされたまま地下神域にやって来たブラドを見て藍大は念の力とはすごいものだと感じた。


 舞もリルも神だから念じて伝わることがあるらしい。


 それはつまり、神と神ならば熟練度が上がればテレパシーでやり取りできる可能性を示唆している。


 試しに藍大は舞に向けて念じてみた。


『今日の昼はダンジョンで狩ったモンスターでステーキを焼くぞ』


「藍大、今日のお昼はステーキなの!?」


 舞はブラドを解放して藍大に駆け寄った。


「あれ、今の聞こえた?」


「うん! 藍大の声が頭の中に届いたよ!」


『おめでとうございます。逢魔藍大がテレパシーの発信に成功しました』


『初回特典としてマグニの力が20%まで回復しました』


 (マジか。できちゃったよ)


 もしかしたらできるのではないかと軽い気持ちで試してみたら、藍大もテレパシーに成功してしまった。


 原因は間違いなく舞の食欲補正である。


 舞が食いしん坊だったからこそ、テレパシーの感度が高くて藍大のテレパシーが届いたのだ。


 解放されたブラドは藍大の肩の上に乗った。


「ふぅ、やっと解放されたのだ。主君、助かったのである」


「完全に偶然なんだけどな。ブラド、リンドブルムの解体を頼んで良いか?」


「任せてほしいのだ」


 藍大に頼まれたブラドは収納リュックから取り出されたリンドブルムの死体を<完全解体パーフェクトデモリッション>で無駄なく解体してみせた。


「ドライザー、待たせたな。リンドブルムの魔石だぞ」


『かたじけない』


 ドライザーは藍大からリンドブルムの魔石を与えられてそれを吸収した。


 その直後にドライザーのボディに磨きがかかり、ドライザーから感じられる力が強まった。


『ドライザーのアビリティ:<黒剛尾鞭アダマントテイル>がアビリティ:<土精霊槌ノームハンマー>に上書きされました』


『おめでとうございます。四神獣がそれぞれに適した四大精霊を冠するアビリティを会得しました』


『初回特典としてマグニの力が30%まで回復しました』


 (マグニ様が急に力を取り戻して困惑してるかもしれない)


 今までは地下神域に満ちた力で自然に回復していたにもかかわらず、藍大達が条件を満たしたことで急激に力を取り戻せばびっくりしないはずがない。


 藍大は後でマグニと愛に事情を説明しようと決めた。


 それはそれとしてドライザーのパワーアップに思考を戻した。


「<黒剛尾鞭アダマントテイル>よりも使い勝手が良さそうだな」


『素晴らしい。尻尾どころか拳や蹴り、頭突きでも打撃の衝撃を100%伝達できる』


「それはすごい。おめでとう、ドライザー」


『ボスのおかげだ。感謝する』


 <土精霊槌ノームハンマー>は砲撃を放つアビリティではなく、近接攻撃のアビリティだから射程は短い。


 しかし、拳や蹴り、尻尾、頭突きによって与えた打撃の衝撃が耐性系アビリティを無視して攻撃対象に伝達する。


 耐性、半減、激減等のアビリティがあってもドライザーには関係なくなったとすれば、そのアビリティがあるから余裕だと胡坐をかいている者達はすぐにやられてしまうだろう。


 ドライザーはご機嫌な様子で藍大にお礼を述べてから持ち場に戻って行った。


「次は私のターンだね」


「サクラ先生、よろしくお願いします」


 サクラが宝箱を開ける気満々なので、藍大はおどけた様子で収納リュックから宝箱を取り出してサクラに渡した。


「くるしゅうない。主、今日は何が欲しい?」


「バーベキューコンロが良いな」


「確かにミスリル製じゃなかったね。はい、どうぞ」


 サクラはいとも簡単に宝箱からミスリル製のバーベキューコンロを取り出した。


『ミスリルバーベキューコンロだよ。これは試運転が必要だよね!』


「よしよし。お昼は予定を変更して簡単なバーベキューにしようか」


『やったね!』


「待ってました~!」


「我慢して抱き着かれてた甲斐があったのである!」


 食いしん坊ズがバーベキューと聞いて大喜びした。


 流石に今からバーベキューするぞと他のクランメンバーに伝えるのは急だから、家族と神様だけで簡単なバーベキューを行うことになった。


 シャングリラダンジョン地下19階で狩ったモンスター食材や地下神域でメロが育てた野菜等を使ったバーベキューが始まり、食いしん坊ズはご満悦である。


 伊邪那美達も食いしん坊ズと合流してモリモリ食べている中、藍大はマグニと彼を甲斐甲斐しく世話する愛に話しかけた。


「マグニ様と愛さん、ちょっと良いか?」


「なんだい?」


「どうかした?」


「マグニ様は今日、急に調子が良くなったんじゃないか?」


「その通りだ。昼前に急に力が戻った。もしかして?」


「はい。俺達の影響です」


 マグニは藍大がこの話をして来たことから、自分の調子が良くなった原因ば藍大達にあることを察した。


 藍大がそうだと認めたのでマグニは頭を下げた。


「君達には本当に頭が上がらない。感謝する」


「狙ってやったことじゃありませんよ。それに、リルも午前のダンジョン探索でスカジ様を復活させましたし」


「なん・・・だと・・・」


「マグニしっかり」


 しれっと藍大からとんでもない情報が飛び出てマグニはふらついてしまい、愛がマグニの体を支える。


 藍大達と会って地下神域に来てからというものの、愛は役得な場面が増えてとても幸せそうだ。


 そこに肉と野菜を交互に刺した串をたくさん乗せた皿をもって伊邪那美がやって来る。


「藍大よ、午後にスカジがシャングリラリゾートの神域で其方とリルに会いたいそうじゃ。復活できたお礼を言いたいそうじゃぞ」


「そこにロキ様はついてこないよな?」


「問題なかろう。ロキは妾達に怯えておるからのう。少しでも粗相をすれば舞とサクラにボコボコにされると悟っておるようじゃ」


 ロキ的には舞に殴られるのもサクラに運命を操作されるのも避けたいらしいから、スカジについて来ようとは考えていないようだ。


「わかった。後でリルと一緒にシャングリラリゾートに行く」


「うむ。妾もスカジに藍大とリルが会っても良い旨を伝えておくのじゃ」


 そう言って伊邪那美は再び戦場バーベキューコンロの前に戻って行った。


 楽しいバーベキューが終わって食休みの後、藍大は舞とリル、伊邪那美と一緒にシャングリラリゾートに向かった。


 舞がついて来たのはリルの<雪女神罰パニッシュオブスカジ>にお世話になっているからお礼を言いたいと思ってのことだ。


 シャングリラリゾートの神域に藍大達が到着すると、そこには既に雪の女神と呼ぶべき真っ白なドレスを着た目つきの鋭い女性が待っていた。


 ところが、その女性はリルを見ると優しく微笑んで近づき、リルの頭を優しく撫で始めた。


「貴方がリルね。私はスカジ。私を復活させてくれてありがとう」


『こんにちは。”風神獣”のリルだよ。どういたしまして』


 スカジの手つきはモフラーのそれとは違ったため、リルはスカジに撫でられても嫌がったりしなかった。


 リルの毛並みを堪能した後、藍大達がいるのにリルに夢中になっていたことに気づいたスカジは咳払いをした。


「オホン、失礼した。魔神と戦神にも感謝する。私を復活させてくれてありがとう」


「俺はリル達の食欲を満たしただけですので」


「私もリル君と一緒に美味しい物をいっぱい食べただけだよ」


「そのおかげで<雪女神罰パニッシュオブスカジ>を多用してもらえたんだもの。私がお礼を言う理由はそれで十分だわ」


 スカジは自分が復活できた経緯を正確に把握していた。


 自分が復活できるならその過程に神々しさや儀式が必要とか拘りはなかったから、スカジはリルが<雪女神罰パニッシュオブスカジ>を多用する理由である藍大や舞にもお礼を言ったのだ。


「それでしたらお礼の言葉を受け取っておきます。スカジ様は今後、N国の復興に力を貸して下さるんですか?」


「勿論。まあ、素養のある者に力を少し授けたり、モンスターが国外から入って来ないように結界を張るぐらいだけど」


『僕はそれでも十分だと思うよ。なんでもかんでも神話の神様達に頼るのは良くないもん』


「リルは良い子だわ。持ち帰りたいくらい」


 スカジはリルをすっかり気に入ってしまったらしい。


「リルは俺の大切な家族なので渡しませんよ」


『ごめんね。僕はご主人の従魔だから』


「わかってるわ。それぐらい気に入ったってだけで本気じゃない。魔神と戦神、それにリルも困ったことがあったら相談してちょうだい。可能な限り力になるから」


「「ありがとうございます」」


『ありがと~』


 藍大達にお礼を言われて去るスカジの姿は実に堂々としたものだった。


 スカジの力を借りられることになり、藍大達は月のダンジョン探索の準備で一歩前進した。

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