第772話 返事がない。ただの屍のようだ

 現実世界で目を覚ました藍大は朝食の後に伊邪那美に相談を持ち掛ける。


「伊邪那美様、ちょっと良いか?」


「その様子じゃと何かあったようじゃな」


「うん。実は、夢で創世神のマキナ様とお会いしたんだ」


 藍大の言葉を聞いて一瞬だけ伊邪那美はフリーズしたが、すぐに正気に戻った。


「・・・お主と舞、リルから感じられた妾達以上の神格の気配は創世神様じゃったか」


「気づいてたんだ?」


「当たり前じゃ。妾を一体誰と心得ておる?」


「食いしん坊女神の伊邪那美様」


「否定できぬ!」


 藍大に食いしん坊と言われても心当たりしかなかったため、伊邪那美はテンション高めにそれを受け入れた。


「伊邪那美様が食いしん坊なのは置いとくとして、5月末までに月のダンジョンにいる邪神を倒さないと月が消滅するかもしれない」


「それは・・・、由々しき事態じゃのう」


 地球と月の関係は切っても切れないものだ。


 もしも月が破壊されてしまった場合、地球にはいくつもの悪影響が生じると言われている。


 曰く、地軸が定まらなくなって自転が不安定になり、気候に大きな変動が生じる。


 曰く、月の干潮力による潮の満ち引きが発生しなくなり、生命のバランスが崩れる。


 曰く、地球の自転が暴走して1日の時間が3分の1になってしまう。


 月が壊れてしまうことで被る悪影響の規模は過去最大級になるのは間違いない。


 藍大達には神域があるから被害は最小限で済むかもしれないが、伊邪那美達の結界で守られている日本も気候や潮の満ち引き、1日の時間を維持できるようなものではない。


 そうなれば藍大達があれこれ手を焼かなければならないだろうし、日本以外の国も日本が早く復旧すれば助けを求めるのは容易に想像できる。


 だったら後手に回らぬように今の内から手を打っておくべきだろう。


「マキナ様からは時間の許す限り、地球の神々の力を取り戻してそのお礼として力を貰ってって言われたんだ。だから、まずは櫛名田比売様とマグニ様の力を回復させたい」


「ふむ。であれば、先に櫛名田比売を完全復活させるべきじゃろうな。あともう少しで力を完全に取り戻せるところまで来ておるのでな」


「メロが地下神域で育てた最高傑作を奉納したら復活するかな?」


「あり得ると思うのじゃ。メロの作物は本当に立派なものじゃからのう」


 そこまで話が進むと藍大は今日も地下神域で作物の世話をしに行こうとしていたメロに声をかける。


「メロ、ちょっと力を貸してもらえるか?」


「勿論です。何をすれば良いです?」


「メロが育てた作物の中でこれはって思う物を持って来てくれ。それが櫛名田比売様の完全復活の鍵になるんだ」


「任せてほしいです! ちょっと待っててほしいです!」


 メロはパーッと嬉しそうな顔になってすぐに地下神域に行って奉納用の作物を収穫しに行った。


 5分後、戻って来たメロの手には一握りの稲があった。


 これは神米の水田から刈り取って来たもののようだ。


「櫛名田比売様ならこれが一番です!」


「なるほど。それじゃあ早速お供えしようか」


「はいです!」


 藍大はメロと一緒にリビングにある神棚に稲をお供えした。


 その直後に稲が光に包み込まれてから消えた。


『おめでとうございます。最高品質の神米の稲を納めたことで櫛名田比売が完全復活しました』


『地下神域で育てる作物に櫛名田比売の祝福がかかるようアップデートされます』


 アナウンスが終わった直後、リビングに櫛名田比売が現れる。


「櫛名田比売様。復活おめでとう」


「おめでとうです」


「ありがとうですの。メロの育てた立派な作物のおかげで元気いっぱいですの。これからは私もメロのお手伝いをするですの」


「ありがとです!」


 櫛名田比売がメロの手を握ってニコッと笑うとメロも嬉しそうに笑った。


 そんな平和で微笑ましい空間に騒がしい須佐之男命が現れる。


「兄貴っ、櫛名田比売を復活させてくれてありがとうございます!」


 櫛名田比売が完全復活したことが嬉しくて仕方ないらしく、須佐之男命の目元には涙が浮かんでいる。


「良かったな。これからはちゃんと須佐之男が守ってやれよ?」


「はい! ワイが今度は守ってみせます!」


 須佐之男命が櫛名田比売を抱き寄せて力強く宣言した。


 櫛名田比売は須佐之男命に抱き寄せられてびっくりしたものの悪い気はしないらしく、その身を須佐之男命に委ねている。


 須佐之男命と櫛名田比売は復活した記念にイチャイチャしたいようでそのまま地下神域に戻って行った。


「メロのおかげで櫛名田比売様を復活できたよ。ありがとう」


「マスターのお役に立てて良かったです」


「よしよし。愛い奴め」


 メロが甘えて自分に抱き着いて来たので、藍大はメロを抱き締め返しつつその頭を優しく撫でた。


 メロが農作業をするからと言ってリビングを去った後、伊邪那美はあることを思い出して口にした。


「藍大よ、以前掌握したH島にペレが隠れておったのじゃ」


「ペレってハワイ神話の神だっけ?」


「その通りじゃ。前回藍大達がH島に行った時に気づいてもらえなかったことで不貞腐れておるらしくてのう。すまぬが迎えに行ってほしいのじゃ」


「了解。マグニ様の復活も大事だけど、ペレ様の機嫌を損ねて力を貸してもらえないのも困る。この後向かうよ」


「うむ。よろしく頼む。それと茂に連絡を入れといた方が良いのではないか?」


 伊邪那美に言われて藍大は忘れていたと苦笑した。


 間違いなく茂の胃にダメージを与える案件ばかりだが、伝えておかないと後でもっと茂の胃を攻撃してしまう恐れがあるから早く連絡した方が良いだろう。


 藍大はすぐに連絡すると言ってから茂に電話した。


『もしもし、何があった? 尋常じゃなく胃が痛くなったんだが』


「よし、胃薬はもう飲んでるんだな? いくつか伝えておきたいことがあるんだけど」


『・・・今、追加で飲んでおいた。さあ、どこからでもかかって来い』


 茂の声からは悲壮な覚悟すら感じられる。


 手に入れた情報の伝達と今後の方針の連絡をするだけとは思えない迫力がある。


「覚悟が決まったらもう良いよな。今日の未明、俺と舞、リルが創世神デウス=エクス=マキナ様と創世神界で面会した」


『・・・』


「返事がない。ただの屍のようだ」


『勝手に殺すな! えっ、ちょっと待て! お前何!? 遂に世界で一番偉い神様に会っちゃったの!?』


 リアクションがないから冗談を言ってみると、茂が正気に戻って藍大にツッコんだ。


「会っちゃったんだよなぁ、夢で。マキナ様って呼んで良いって許可貰った」


『仲良くなってる・・・だと・・・?』


 自分の幼馴染が創世神と仲良くなった事実を耳にして茂は眩暈がした。


 お前はどこまで人間を辞めるんだと思わずにはいられないらしい。


「それでな、何もしないままだと今月末に月にいる邪神が月を壊すかもしれないってさ」


『胃薬ぃぃぃぃぃ!』


 茂は自分が想像していたよりもずっとハードな情報が飛び込んで来たため、電話の向こう側で胃薬を追加していた。


 飲んでいるのは奈美が作った受け入れがたい真実を聞いて胃が痛くなった時のみに飲んで良いと処方されたタイプの胃薬だ。


 まったく、茂はどこまで奈美の胃薬のレパートリーを増やせば気が済むのだろうか。


 いや、これは茂に文句を言うべきではないのだろう。


 茂は強力な胃薬を飲んで落ち着きを取り戻した後、電話に戻って来た。


『すまん、待たせたな。邪神が月にいるんだって?』


「どうやらそうらしい。月にダンジョンを創って閉じ籠ってんだと。そのダンジョンが月末にはスタンピードを起こしそうなんだってさ。そうなると、モンスター達が暴れたせいで月が壊れるかもしれないって話だ」


『どうしろと? ロケットで月面に着陸してダンジョンに行けと?』


「移動はリルに任せて重力とか呼吸の問題はサクラにお任せかな」


『それは藍大達にしかできない攻略方法だろ。任せても良いのか?』


「逆に訊くけどそっちに任せてどうにかなる?」


 藍大のこの質問に茂は無理だと即答した。


 サクラがいなければ成立しない滞在方法とリルがいなければ使えない移動手段しかないならば、藍大達に任せる以外の方法がない。


 茂は藍大達が自由に動けるように事後処理を全て受け入れるつもりでバックアップを申し出るしかできることはなかった。


 藍大は茂との連絡を終えると、舞とサクラ、リル、ゲンと共にペレを迎えにH島へと移動した。

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