第767話 合言葉はトラストミーです
翌日の火曜日、テイマーサミットは2日目を迎えた。
藍大が連れて来たメンバーは憑依してボディーガードをするゲン以外が留守番することになり、仲良しトリオに交代している。
仲良しトリオも公的な場に出て自分達の存在感をアピールしたいと言ったので、サクラ達が彼女達に譲ったのだ。
リルにDMU本部まで送ってもらった後、藍大達は会議室ではなく食堂に向かった。
2日目は以前の合宿と同様に午前の部は食堂と厨房で行われるからである。
藍大が職人班の調理士チームに渡しても構わないレアモンスター食材を事前に提供したため、今日の午前いっぱいは厨房を借りても何も問題ない。
報酬先渡しのおかげで彼等はとても満たされた数日を過ごしたのはまた別の話である。
食堂には既に参加者達が集まっており、邪魔にならないように人型よりも大きい従魔を召喚している者は誰もいない。
「「「・・・『『おはようございます!』』・・・」」」
「おはようございます」
「出迎えご苦労なのよっ」
『( *¯ ꒳¯*)ドヤァ』
「ゴルゴン、ゼル、2人のことじゃなくてマスターの出迎えです」
メロの発言にショックを受けたゴルゴンとゼルは藍大に詰め寄る。
「アタシ達の出迎えをしてくれたのよねっ?」
『ヾ(。>﹏<。)ノソウイッテクレナキャナイチャウヨ...』
「安心してくれ。俺達全員に挨拶してくれたんだ」
「やっぱり出迎えてくれたんだわっ」
『☆(>ω・)アリガトヨ♪』
ゴルゴンとゼルの表情は藍大の発言を受けてパーッと明るくなった。
「まったくもう、マスターってばゴルゴンとゼルに甘いです。この2人はすぐに調子に乗るですから甘やかしちゃ駄目です」
「俺が甘い分だけメロがしっかりしてるから大丈夫さ。そうだろ?」
「・・・任せるです」
メロは藍大に見つめられたまま頭を撫でられて顔が赤くなり、藍大の信頼に応えて見せようと頷いた。
「マスター、メロだけ贔屓は駄目なんだからねっ」
『σ・ω・)σ仲良しトリオは平等。これ、テストに出るから』
(ゼルさんや、一体どこのテストでそんな問題が出るんだい?)
ゼルの吹き出しのセリフに心の中でツッコミを入れてから、藍大は参加者が全員揃っているのを確認して口を開く。
「改めまして、皆さんおはようございます。テイマーサミット2日目のプログラムを始めます。本日の午前のプログラムは皆さんからリクエストがあった料理教室です」
「よぉぉぉぉぉっ」
「待ってました!」
盛り上げんと相槌を打ったのはマルオと雑食帝である。
マルオはそういうキャラだから良いとして、問題は雑食帝の方だろう。
「本日は皆さんが従魔に作ってあげる得意料理の紹介をした後、レパートリーを増やすために私の方で一品作り方をレクチャーします」
雑食帝のテンションが高いのはこれが理由だ。
自分の得意料理の紹介という時間があれば、参加者達に向かって堂々と雑食のプレゼンができる。
そんな時間があれば雑食帝のテンションは高くならないはずがない。
以前行った料理教室のプログラムとは異なり、得意料理の紹介コーナーのために食堂にはプロジェクターとスクリーンが用意されている。
「ということで、まずは皆さんの得意料理の発表から始めたいと思います。スクリーンに映し出された料理が自分の物だったら説明して下さい。最初はこちらです」
スクリーンに映し出された料理はカレーとナンだった。
その瞬間に全員の視線がルドラに向かったのは言うまでもない。
『アハハ、ご認識の通りです。僕の得意料理はカレーです。スパイスの調合からできますので、カレールウを使ったことはありません』
(流石IN国人。ルウを使うなんてあり得ないのか)
IN国人のカレーにルウが使われないというのは藍大の偏見かもしれないが、流石IN国人だと称賛する者はちらほらいた。
2枚目のスライドはルドラとその従魔達が美味しそうにカレーをナンで掬って食べている写真だった。
『僕はめでたいことがあった時にカレーを作ります。そのため、ルーデウス達は毎日を何かしらの記念日にしようと頑張ってくれるんですよね』
(わかる。食いしん坊ズも一緒だ)
藍大もめでたいことがあると豪華な料理を作るから、食いしん坊ズは豪華な料理を食べられる機会を増やそうと少しでもめでたいことがあればそれをアピールする傾向にある。
それゆえ、ルドラが言いたいことは藍大によく伝わった。
藍大の他にも頷く者がいたことから、お祝い料理を作るのはテイマー系冒険者のトレンドになっているのかもしれない。
ルドラの持ち時間が終わり、藍大は次のスライドをスクリーンに投影する。
「チャンダさん、ありがとうございました。次の料理はこちらです」
映し出された料理は卵焼きだった。
カレーの次が卵焼きということで、食堂内の雰囲気は料理をあまりしない人が次のプレゼンターなのだろうと推察するものになった。
ルドラの後とはツイてないと思う者が大半だったが、自信満々な主人と従魔のペアがいた。
それは雑食帝とディアンヌである。
「では、次は私のターンということで出汁巻き卵の紹介をさせていただきます」
雑食帝が出汁という言葉だけを強調した瞬間、会場内にいた全員が察した表情になった。
誰一人として出汁が本来料理に使われないであろう物に由来すると察したのだ。
「お察しの通り、出汁巻き卵の出汁はただの出汁ではございません。皆さんお馴染みのホットクリケットの出汁です」
(お馴染みじゃないんだよなぁ)
藍大はツッコまなかった。
声に出してツッコみたかったがツッコんだら負けな気がしてそうしなかった。
それは他の参加者達も同じである。
ちなみに、雑食帝がお馴染みと口にしたのは前回の国際会議で紹介した森尽くし蕎麦にホットクリケットの天かすが入っているからだ。
国際会議で紹介して掲示板でも取り上げられた以上、お馴染みと言ってもギリギリ許容範囲内ではないかと思っての発言だった。
「私から伝えるよりもディアンヌがお伝えした方が皆さんに伝わりやすいと思ったので、本日はこの出汁巻き卵をこの場に持って来ました」
そう言って雑食帝は収納袋から出汁巻き卵の入ったタッパーを取り出した。
「食レポ・・・だと・・・」
「雑食帝・・・本気だ・・・」
『雑食にかける熱意がヤバいですね』
「これがR国とA国、そして私の国に雑食を布教した雑食帝なんですね」
雑食帝のやり方に戦慄しない者はいなかった。
そんな周囲の雰囲気なんて関係ないとディアンヌは嬉々として出汁巻き卵を摘まむ。
「フワッと蕩ける食感の後に遅れてやって来るホットクリケットの辛さがアクセントになって食欲をそそる」
食べた感想を一息で喋った後、ディアンヌはタッパーが空になるまで出汁巻き卵を黙々と食べ続けた。
隣の芝生は青い。
そんな諺があるように、ディアンヌが注目され続けたままでも黙々と食べ続ければうっかりその味が気になってしまう者も出て来てしまう。
「フワッとした後に辛いってどんな感じなんでしょうね」
ボソッと興味があると口にしてしまったのはT島国の美鈴だった。
T島国では雑食が所々で見かけるようになったけれど、美鈴はまだ雑食に対する言語化できない恐怖のせいで雑食帝が持ち込んだ雑食を口にしたことがなかった。
未知の物が怖いのは程度に違いこそあれど誰しも同じだろう。
しかし、美鈴の中でその恐怖よりもディアンヌが夢中になって食べる出汁巻き卵に抱く興味の方が勝ってしまった。
こうなってしまえばもう完全に雑食帝のペースである。
雑食帝はニコニコしながらもう一つのタッパーを取り出して美鈴に差し出した。
「興味があるならいかがですか?」
「えっ、でも、ホットクリケットの出汁が使われてるんですよね?」
「その通りですが、ホットクリケットは食べられる上に栄養価も高いことが学術的にも証明されております」
「そうかもしれませんが」
「合言葉はトラストミーです」
雑食帝の捕捉した獲物は絶対に逃がさないというプレッシャーを隠した笑顔にやられ、美鈴は差し出されたタッパーから出汁巻き卵を摘まんで食べた。
「・・・フワフワ。あっ、でもピリッと来ます」
「でも、それがクセになるでしょう?」
「はい!」
(いつの間にか雑食帝が黄さんを堕としてるんだが)
藍大はしれっと料理教室が違うプログラムになってしまっていることに気づいて次のスライドをスクリーンに映し出した。
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