第764話 ミニハンバーグさんならいくらでも食べられるね!

 昼休憩の時間になってすぐに藍大達は茂の部屋にやって来た。


「ここからがほんとのしげっちのへやだね!」


「しげっちの部屋!」


「優月君とユノちゃん、期待してるところ悪いけど普通にここでお弁当を食べるだけだぞ?」


「うん! それでいいんだよ!」


 優月が満面の笑みで言われてしまえば茂もこれ以上ハードルを下げようがない。


 自分も弁当箱を取り出しながら優月に別の話題を振ることにした。


「・・・そっか。ところで、優月君とユノちゃんは午前中の話を理解できたかい?」


「しょうさもざっしょくていもあたまよかった!」


「ブラド先輩がダンジョンの第一人者みたいだった」


「大体合ってる」


 優月とユノの感想を訊いて藍大はサムズアップしながらほとんど正解だと述べた。


 それだけではないのだが、キャラの強い参加者達を見てそれだけわかっていれば上出来だろう。


「さあ、みんなお楽しみのお弁当だぞ」


『待ってました!』


「わ~い!」


「この時を待ってたのだ!」


「お腹空いた」


「食べる」


 ゲンも茂の部屋ならば<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除して昼食に参加するあたり、茂の部屋はゲンにとって完全にのんびりできるスポットとして認定されたようだ。


「はい、全身綺麗にしたよ」


 サクラが<完全浄化パーフェクトクリーン>を使えばウェットティッシュを使うよりも手が綺麗になる。


 それゆえ、サクラがこの場にいる全員を清潔な状態にしてから昼食が始まった。


 ユグドラシル重箱には藍大がみんなの好物をたっぷりと詰め込んでいるから、食いしん坊ズを筆頭に逢魔家は全員笑顔で弁当を食べている。


『ミニハンバーグさんならいくらでも食べられるね!』


「メンチカツだっていくらでもいけるのだ!」


「サンドウィッチもおいしいよ!」


「ツナチーズ・・・」


 リルとブラドが張り合っているところに優月が加わり、ゲンもツナチーズのサンドウィッチがお気に入りなのかモシャモシャと食べている。


 これだけ喜んで食べてもらえれば藍大も嬉しくないはずがない。


 茂は弁当を食べつつ、藍大に午前中のプログラムで振り返るべき点を伝える。


「それにしても、今日の参加者達の中にもちらほらソロモン72柱と遭遇してる人がいたな」


「そうだな。理人さんがアミー、黒川さんがオセ、雑食帝がオリアスと出会ってたとはな」


 これらの情報は従魔探しの時に偶然知り得たものだった。


 アミーは柔軟性があって属性に特化した人型スライムを見たことがないかという質問で理人が目撃情報を伝えた。


 釣教士の理人と炎属性に特化したアミーは相性が良く、あっさり倒してしまったというエピソード付きだったが泰造やグレースにとっては貴重な情報である。


 オセは流暢に喋る獣型モンスターという質問が出た際、重治が北都府の制圧をしている時にダンジョンで見たと述べた。


 こちらもこちらでオセと舌戦を繰り広げて重治が論破したなんておまけ情報が付いて来たがそれは置いておこう。


 オリアスについてはキメラっぽいモフモフがいないかというシンシアからの質問に対し、雑食帝がT島国で見つけたと特徴を話した。


 その話の中で雑食帝がオリアスを美味しくいただいたとオリアス料理の写真まで見せたため、しれっと雑食の布教をしないようにと藍大が雑食帝に注意する一面もあった。


 オリアスは上半身が獅子で両腕に大蛇が絡みついており、下半身が馬の二足歩行の姿の悪魔系モンスターだ。


 それでも遭遇した際のオリアスの写真を見て調教士達が鑑定できたことから、獣型モンスターとしての特徴も残しているのは間違いない。


「現状で目撃されてないソロモン72柱のモンスターは残り何種類だ?」


「あと3種類じゃないか? ウァラクとアンドラス、フラウロス」


「もうそれだけしかいないのか。全部見つけてテイムしたり倒したら何かあるのかね?」


「それは茂の胃に訊くべきじゃね?」


「止せって。折角美味しく弁当を食べたのに俺を胃痛にさせるんじゃない」


 茂はソロモン72柱が全て見つかってテイムあるいは討伐報告が出た後に何が起こるか考えたくなかった。


 七つの大罪や聖獣、神獣をコンプリートした時には必ず藍大の称号が変わった。


 それを考えると括られたまとまりの中でもメジャーなソロモン72柱について、テイムや討伐が完了した場合には何かが起きる可能性は高い。


 胃痛だけで将来何が起こるかまではわからないけれど、痛みの度合いからどれだけの厄介事になるか推し量ることはできる。


 ちゃんと予知するならば自分とサクラの子供である蘭の役目だから、藍大はそれ以上この話で茂の胃を刺激しようとはしなかった。


 その代わりにDMU唯一のテイマー系冒険者について訊ねることにした。


「それはそれとして、等々力さんが空気な件について何か茂はテコ入れしなくて良いの?」


「無茶言うな。テイマー系冒険者はみんなキャラが強過ぎるんだ。あの中で等々力を目立たせるとか普通の砂浜の中で一粒だけ星の砂があるのを探すようなもんだ」


『僕なら探し出せるよ?』


「・・・うん、例えミスだったわ」


 限りなく不可能に近いと言いたかったけれど、自分の例え表現がリルならば確かにできてしまうと思って茂は苦笑した。


 その一方で藍大はリルを褒める。


「よしよし。リルは探し物のプロだもんな」


「クゥ~ン♪」


 藍大に頭を撫でてもらってリルは幸せそうに鳴いた。


「等々力は圧倒的にインパクトが足りない」


「そもそも午前中の発言が自己紹介だけなのは駄目なのだ」


「そういえば等々力さんって最初しか喋ってなかったな」


 サクラとブラドの意見を聞き、藍大は確かに沙耶が自己紹介の時しか喋っていないことに気づいた。


「それを言うなら黄さんも地味にしてたな。等々力さんよりは喋ってたけど」


「あの女は図々しくも同級生マウントを取ろうとしたから、主を名前で呼ぼうとした瞬間に<十億透腕ビリオンアームズ>で軽く圧迫した。言い直したから解除してあげたけど、もしもそのまま口にしてたら不幸な事故が起きてたかもしれない」


「あの時、黄さんの顔色が一瞬悪くなったのはそのせいだったのか」


 茂はあの時美鈴がやらかさなくてホッとしていたが、実はやらかす寸前だったと知って何をやっているんだと美鈴に呆れた。


「茂ってマジで黄さんのことよく見てるよな~」


「今日もしっかりお弁当を作ってくれた千春がかわいそう」


「違うからな!? というか優月君達の前でそんな言い方は止めてくれる!?」


 優月やユノに自分が浮気しているなんて勘違いされたら困るので、茂は大慌てで藍大とサクラにそれ以上は言わせまいと止めに入った。


「悪かった。千春さんは茂にとってオアシスだもんな」


「ごめんね。千春は茂のスイートハニーだもんね」


「そうそう。千春は俺のスイートってコラ。サクラさん、しれっとなんて恥ずかしいことを言わせようとするんだ」


 茂はノリツッコミで藍大とサクラによって仕組まれた強制的な惚気からの脱出に成功する。


 妊婦である千春に精神的な負担をかけるのは良くないので、藍大もサクラも冗談はここまでにした。


「話は変わるけどさ、午後の模擬戦ではまた色々ありそうな気がする」


「主、私達が戦う可能性はある?」


「ないとは言えない。戦いたいって言って来たら戦うぞ。特に海外勢の場合この機会を逃すといつ戦えるかわかんないから、彼等が俺達と戦いたいって言ったらその希望は叶えてやりたい。勿論、サクラ達にはしっかり手加減してもらわないとだけど」


「おとうさん、ぼくとユノもたたかう!」


「いつでも戦う」


 藍大とサクラがどれぐらい手加減が必要か話し合おうとしていた時、サンドウィッチを食べて満足した優月とユノがやる気を見せた。


 ブラドはそんな優月とユノを見てうんうんと頷く。


「吾輩は優月とユノに戦わせても良いと思うのだ。シャングリラダンジョンで鍛えてるから、ユノはちゃんと戦えるのである。ここは主君の息子という扱いよりも竜騎士としてしっかり周囲にインパクトを与えるべきであろう」


「そうだな。俺も優月を七光り扱いされたくない。優月とユノがやる気なら戦わせてあげよう。ヤバかったらすぐに止めれば良いんだし」


「わ~い! ユノ、がんばろうね!」


「うん! 私の実力を思い知らせるの!」


 藍大から模擬戦に参加する許可を得て優月とユノは喜ぶ一方、茂はそそくさと胃薬を飲んでいた。


 どうやら茂の胃は何か起きると察して信号痛みを発したらしい。


 もうすぐ昼休憩が終わるという時間になって藍大達は訓練室へと移動した。

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