第763話 ブラド師父、教えて下さい!

 従魔探しが終わって藍大は午前最後のプログラムの説明に移る。


「午前最後のプログラムはダンジョンに関する質疑応答です。国際会議でも似たようなテーマでディスカッションをしたことがありましたが、今回は事前に貰った質問にブラドが答えていきます」


 藍大の言い分を聞いてそれはありがたいと参加者達は頷いた。


「特に取り上げるべきと判断した質問を2つ取り上げますので、順番に意見を交換しましょう。最初はこれです」


 そう言って藍大が画面を操作したことにより、スクリーンには”ダンジョンの出入口は動かせないのか”という文字が現れた。


「確かに気になってました」


「”アークダンジョンマスター”でもできないって言われましたね」


『出入口の位置を操作できれば生産性が上がると思う時はあります』


 参加者達はこの質問のチョイスに頷いた。


 これに対してブラドが藍大の前に出た。


「諸君、早速回答するのだ。出入口の位置は変更可能である。ただし、条件が2つあるがな」


 ブラドの発言を聞いて会場がざわついた。


 そんな中でも茂は動じていなかったが、これは藍大から事前にダンジョンの出入口を移動させられるという情報を知らされていたからである。


 そうでなければしれっと飛び込んで来た重大事実に胃を痛めていたに違いない。


「ブラド、条件の説明も頼む」


「勿論である。1つ目は出入口の位置操作には保有DP合計が1,000万DP以上であることなのだ。2つ目は操作するのに”ダンジョンロード”以上の称号が必要なのだ」



「たかが出入口を動かすだけでなんでそんな縛られなきゃいけないんですか?」


『”ダンジョンロード”以上? 少なくとも掌握するダンジョンが10は必要なんですか?』


『1,000万DPですって? 夢のまた夢じゃないですか・・・』


 参加者達はブラドの説明を聞き、ダンジョンの出入口を動かすための条件の難易度の高さに不満を口にした。


「静まるが良い。どうしてこの条件があるかちゃんと諸君に説明してやるのだ」


 ブラドは参加者達を黙らせた後、条件が儲けられている理由について説明を始める。


 ダンジョンは現在、自然発生する領域として考えられている。


 その領域内でMPが消費されるとDPが稼げるというのが主なDP獲得要因であり、そこにいくつかの縛りを設けることで獲得量に補正がかかる。


 ダンジョンはDPがなくては存続できない領域だ。


 ”ダンジョンマスター”以上の称号の持ち主が支配者不在のダンジョンからDPを吸収し尽くした場合、そのダンジョンは倒壊する。


 ダンジョンの出入口を動かすとそれに合わせて全体のバランスが変わってしまうから、自動的にバランスを調整するのに貯め込んでいたDPを消費してしまう。


 その最小値が1,000万DPだからこそ、保有DP合計が1,000万DP以上なければそもそも変更できることもわからない訳だ。


 ”ダンジョンロード”以上の称号が必要な理由だが、最低でも10はダンジョンを存続できる技量があるならダンジョンを大きく変えても維持できるということらしい。


 実際、ダンジョンの運営の仕方によっては全然DPを貯められない者もいるし、その中でも自分の欲を優先させるとまとまったDPを稼げてもすぐに余裕がなくなる。


 設けられた条件はダンジョンがダンジョン全体を変えるのに相応しい支配者か判断するための材料なのだろう。


 ブラドが詳しく説明したことで参加者達はひとまず納得した。


 だが、それはそれとして気になる点が浮上して重治が手を挙げた。


「黒川さん、何か質問ですか?」


「はい。逢魔さん達であればすぐにDPは稼げるんですから、一度ぐらいダンジョンの出入口の操作をしても良かったんじゃないですか? 今までそんなニュースは見聞きしておりませんので、まだ試されていないんですよね?」


「その質問には吾輩から答えよう。現状でダンジョンの出入口を変えるメリットがないからである」


「メリットがないんですか? そんなことはないと思いますが」


 少なくとも自分達が見つけたダンジョンの出入口の場所に不満があるから、重治はブラドの言い分に首を傾げた。


「吾輩のダンジョンの収入源の大半は主君達である。クラン外の冒険者が束になろうと2割にも満たなければ、2割のために大量のDPを消費してまで出入口を変える理由はなかろう?」


「おっしゃる通りですね。失礼しました」


「わかれば良いのである」


 重治は効率的にDPを稼ぐべきと考えているため、ブラドの言い分を聞いて”ブラックリバー”と”楽園の守り人”ではリソースが比べ物にならないと理解して自分の意見を取り下げた。


 ブラドも重治をただ論破したいと思っていた訳でもないので、それぞれに適したやり方があると重治が理解したとわかればとやかく言わなかった。


 ダンジョンの出入口の操作に関する意見が出て来なくなったのを見計らい、藍大は次の質問をスクリーンに映し出す。


「次は”ダンジョンマスター”同士で支配するダンジョンを交換できるか否かという質問です。ブラド、よろしく頼む」


「うむ。結論から言うのだ。これも条件付きで可能である」


 1つ目の質問に加えて2つ目の質問もできると初めて知った者ばかりだから、再び会場がざわついた。


 しかし、この点についても茂は事前に藍大から知らされていたので動じなかった。


 テイマーサミットにおいて、藍大は茂の胃を最大限考慮して根回しを済ませていたようだ。


 もっとも、根回しの段階で盛大に胃を攻撃したとも言えるのだがそれは置いておこう。


「ブラド師父、教えて下さい!」


「なんであるか?」


 ブラドを師父と呼ぶのは会場内で雑食帝だけだ。


 師父と呼ばれてブラドはすっかり機嫌を良くしているが、これは逢魔家において舞にしょっちゅう抱き着かれたりいじられキャラにされているからである。


 ブラドはチヤホヤされて嬉しいのだ。


「ダンジョンの出入口の位置操作に称号が必要だった以上、今回もある程度の称号が必要だとわかります。そうであるならば、他の条件とはダンジョンの価値だと考えますが、ダンジョンの価値はどのように算定されるのでしょうか?」


「ほほう、雑食帝はなかなかに頭が回るようであるな。見事なのだ。ダンジョン同士の交換の条件は片方が”ダンジョンロード”以上であることと等価値のダンジョンしか交換できないことなのだ」


 ブラドが雑食帝を褒めた後、会場内のあちこちから雑食帝のキレッキレな考え方に対する称賛の眼差しが向けられた。


 雑食帝は雑食の沼に嵌らなければかなりの優良物件だということが改めてこの場で知れ渡った。


「私も補足質問です。ダンジョンの縛りは価値の算定にも影響するんでしょうか?」


「向付後狼少佐も良い着眼点なのだ。ダンジョンの価値とはどれだけDPを生み出せるかである。人間にとってはどれだけ有用な資源を生み出せるかで考えるかもしれないが、ダンジョンの立場ではそれに尽きるのだ。つまり、縛りでDP収入に補正がかかれば価値の算定にも影響するぞ」


 真奈もまた超弩級のモフラーという一点を除けば相当に優秀な人物だ。


 優秀な人間が明後日の方向に突き抜けてしまうと業が深くなってしまうのかもしれない。


 それからブラドはダンジョンの価値の算出は交換しようとする前月の1日あたりの平均DP収入量と考えれば良いと述べた。


 タイミングによってダンジョンの価値が変わるから、本気で支配するダンジョンを交換したいと思うならば調整をするしかないだろう。


「ちなみに、吾輩がダンジョンの交換を誰にも持ち掛けなかったのは拠点を分散させるためなのだ。避難先が固まっていた場合、避難しても危機を脱却できない可能性があるであろう? それでは避難の意味がないからあちこちにあるダンジョンをそのまま支配しておるという訳である」


 ブラドはリスクヘッジができるダンジョン経営者だった。


 実際のところ、サクラがいれば<運命支配フェイトイズマイン>で藍大達に降りかかる突発的な天災はどうにでもできるが、備えあれば患いなしとブラドは考えている。


 参加者達はブラドが”ダンジョンキング”としてダンジョン関連では他の追随を許さない要因に感心して拍手した。


 ブラドが回答を補足し終えたところで正午になったため、これにて午前のプログラムは終了した。

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