第754話 ブラドっていつもただ舞に抱き着かれてるだけじゃないんだね

 目覚めた藍大は朝食を作り、家族揃って食べた後に今日の予定はどうしたものかと考えていた。


 そのタイミングでブラドが藍大に声をかける。


「主君、今日の予定がまだ決まってないのなら、シャングリラダンジョン地下18階に挑んでみるのである」


「地下18階? 増築終わったんだ?」


「うむ。難易度は高めにしたのだが、その分リターンも充実しておるぞ」


「大丈夫だよ藍大。向かって来る敵もギミックも全部壊すから」


『そうだよね。ブラドがどんなに難しくしても僕達が一緒だもん』


「私達がいて主が怪我をする可能性は0%」


 ブラドがハイリスクハイリターンなフロアにしたと脅しをかけるが、舞とリル、サクラは自信たっぷりに藍大を守る宣言をした。


 実際、舞達に加えてゲンも憑依しているのだから、その壁を突破して藍大にダメージを与える方が難易度は高いのではなかろうか。


「舞達がいれば百人力だ。準備したら早速行こうか」


 藍大達は準備を済ませてからシャングリラダンジョン地下18階へと移動した。


 新しくできたこのフロアは砂漠に埋まりかけの迷宮と呼ぶべき内装だった。


 通路は砂で覆われており、日差しによって上昇した温度がまだキープされている。


「リル、暑さは平気か?」


『暑いけど火曜日の地下4階に比べれば全然へっちゃらだよ』


 リルはモフモフなので暑さがあまり得意ではない。


 それゆえ、藍大はリルが熱くないか訊ねたけれど、リルは問題ないと元気に返事をした。


 藍大達は進んでみて足が砂に沈むのを感じた。


「沈むぐらいの深さってのは面倒だな」


「難易度を上げたって言ってたもんね。進むだけでも体力を消耗させる設計なんじゃない?」


「リル、床の砂を吹き飛ばしちゃえば良いんじゃない?」


『そうだね! やってみる!』


 サクラの提案を受けてリルは<風精霊祝ブレスオブシルフ>を発動した。


 それによって藍大達の前から砂が激しい音を立てて通路の奥へと吹き飛ばされていき、壁と同様に石で作られた床が露出した。


 ところが、その床は多くの石が組み合わさってできたものであり、その溝から砂が水のように湧き上がって来た。


「むぅ、簡単には進ませてくれないのね。ブラドのくせに生意気」


 サクラは自分の考えにブラドが対策していたとわかってムッとした表情になった。


『フッフッフ。今日の吾輩は一味違うのだ。簡単にクリアできるとは思わないでほしいのだ』


 ブラドがテレパシーで藍大に自信満々であることを伝える。


 きっとブラドがこの場にいたらドヤ顔を披露していたに違いない。


 それを察したのか舞がキョロキョロし始める。


「舞、どうしたんだ?」


「ブラドがどこかでこのフロアはすごいんだってドヤ顔になった気配がしたの」


『怖いのである! その察しの良さは宝箱を見つけるリルの直感並みに怖いのである!』


 仲良し(?)なブラドのことならば、この場にいなくても察してしまうのが今の舞だ。


 戦神になって人間だった頃よりも感覚が研ぎ澄まされたのかもしれない。


 溝から湧き出て来た砂だが、これは湧き出るだけには留まらなかった。


 すぐに流砂になって藍大達を地下18階の入口に押し戻そうとし始めたのだ。


『ご主人と舞は僕に乗って。砂に触れずに進むよ』


「頼んだ」


「は~い」


 藍大と舞が騎乗してすぐにリルは空を駆けて流砂の影響を無視した。


 サクラもリルの後ろに付いて行き、流砂によって藍大達が入口に押し戻されることはなかった。


 しかしながら、藍大達が空を移動するとわかっているからか、今度は砂が波を形成して藍大達を飲み込もうと迫って来た。


「邪魔!」


 サクラが<十億透腕ビリオンアームズ>で正面の砂の波を壊し、そこを藍大達は突破していく。


 この砂の波はサクラが簡単に壊してみせたけれど、本来ならばちょっとやそっとじゃ打ち破れない量の砂である。


 最大で十億もの透明な腕を出せるサクラでなければ軽々と壊せはしないとだけ補足しておこう。


 砂の波の襲来は1回では済まず、2回3回と繰り返し藍大達を襲った。


 その度にサクラが<十億透腕ビリオンアームズ>で壊して藍大達は先を急いだ。


 砂の波の発生源と思われる場所を超えると、砂が所々に溜まるぐらいで通路がはっきりと見えるようになった。


 このタイミングで初めて藍大達は地下18階の雑魚モブモンスターの集団を見つける。


 ようやく見つけたモンスターは戦女神ヴァルキリーを模った泥人形だった。


「マディヴァルキリーLv100。なんとマディドールの最終進化した姿がこのマディヴァルキリーだ」


「ま、まさか!?」


「主、この泥はマディドールの泥パックよりも上質?」


「勿論だ」


「ヒャッハァァァァァッ! 私に泥を寄越せぇぇぇぇぇ!」


「美肌は私のものなの!」


 藍大の鑑定結果を聞いて舞とサクラはあっという間にマディヴァルキリーを仕留め、泥パック用にその泥をせっせと回収していた。


「美に対する女性の執念ってすごいな」


『手の込んだギミックを乗り越えたご褒美のつもりでブラドが配置したんじゃない?』


「そうだろうな。舞とサクラに怒られたら怖いから、マディヴァルキリーで一旦リセットしたんだ」


『ブラドっていつもただ舞に抱き着かれてるだけじゃないんだね』


「それな」


 藍大とリルがブラドにやるじゃないかと感心しているが、実はブラドにとってマディヴァルキリーは流砂エリアを突破したご褒美のつもりではなかった。


 マディヴァルキリーは雑魚モブモンスターとして出現しているくせに<全半減ディバインオール>を会得しており、泥を操作して近接戦も遠距離戦も器用にこなすモンスターだ。


 流砂や砂の波で疲労したところにマディヴァルキリーが集団で押し寄せれば、テイマー系冒険者のパーティーでも苦しい展開になるはずだった。


 もっとも、美への執念に燃えた舞とサクラがいる藍大のパーティーであれば、ブラドの想定通りに行くはずがないのだが。


 藍大とリルも戦利品回収をサボっていると舞とサクラに手伝ってと言われてしまうので、そう言われる前に自ら泥集めに加わった。


「まだまだ出て来るかな~?」


「出て来るんじゃない? 仲良しトリオや他の女性陣も欲しがるだろうからたくさん持って帰らなきゃ」


「確かに。伊邪那美様とか天姉も欲しがるよね」


「神も従魔も女は美肌に惹かれるんだよ」


 (これ、持ち帰った時に戦争奪い合いにならないよな?)


 マディヴァルキリーの泥を巡って戦いが起きてしまったらどうしようと藍大が不安になった時、リルも同じように不安に思ったのか震えながら藍大に身を寄せた。


「よしよし。いざとなったらブラドにマディヴァルキリーをすぐに倒しに行けるフロアに出してもらおうな」


『うん。そうしようよ。それならきっと争いは終わるよ』


 ブラドの負担が増えるけれど、そもそもマディヴァルキリーをこの場で披露したことのはブラドなので自業自得だろう。


 問題はマディヴァルキリーの泥を誰まで使って良いことにするかだ。


 仮に舞達がマディヴァルキリーの泥を使ったとしよう。


 薬品作りから派生して化粧品も作れる奈美はすぐにマディドールの泥との違いに気づくだろう。


 では奈美を買収すれば良いかと言えば、産休中の麗奈や未亜も使いたいというだろうし、そもそも冒険者じゃない遥だって使いたいと言い出すに決まっている。


 芹江家ならばそこそこの頻度でシャングリラに遊びに来るから、千春も美肌を羨ましがってレア食材並みにマディヴァルキリーの泥を欲しがるはずだ。


 (常用は”楽園の守り人”のメンバーまで。千春さんには時々お裾分けって感じか)


 藍大はマディヴァルキリーの泥の扱いについてひとまず自分の中で決着させた。


 この後、マディヴァルキリーの群れが何度かにわたって現れた。


 最初に遭遇した時と違うのは左右の壁から矢が飛んで来たり、天井から棘付きの鉄球が落ちて来るといったギミックが作動した。


 そんなギミックはサクラが<十億透腕ビリオンアームズ>できっちり防ぎ、その間に舞とリルがマディヴァルキリーを倒したことで完全勝利を収めた。


「これだけあったら当分は困らないね」


「うん。これなら無駄な争いは起きない」


 どうやら舞とサクラも奪い合いになるのは避けたかったらしい。


 それもそのはずで、藍大の前で醜く映るかもしれない争いなんてしたくないのだ。


 藍大にそれが理由でドン引きされたくないから、マディヴァルキリーの泥が大量に手に入って舞もサクラもホッとした訳である。


 現時点でマディヴァルキリーしか出て来ていないことからも明らかなように、まだまだ地下18階の先は長い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る