第751話 酷いやらせを見た

 翌日、司と健太、パンドラ、マージ、アスタは多摩センターダンジョン9階に来ていた。


 昨日はこのメンバーに加えて麗奈と未亜と一緒にシャングリラダンジョン地下15階を初見突破したが、おめでたいことが発覚して彼女達がパーティーから離脱したのだ。


 麗奈も未亜も妊娠が発覚したのである。


 武器のアドバンテージがあったから探索自体はスムーズに進んだが、体に違和感があって麗奈がパンドラに鑑定してもらったところ、妊娠10週目を迎えていた。


 未亜は違和感を感じている訳ではなかったのだが、自分だけまだなんて嫌だとどうか妊娠していてくれと祈ってパンドラに確認してもらった結果、妊娠9週目だった。


 女性陣2人が今日から産休に入ったことにより、パーティーの戦力が大幅ダウンした現状でシャングリラダンジョン地下16階に挑むのは厳しいだろう。


 それでも麗奈と未亜が産休中はダンジョンに挑まないのかと訊かれれば、司も健太もNOと答えた。


 ならば丁度良いとブラドが多摩センターダンジョンの9階を増築したことを聞きつけ、司達はそのテストプレイを請け負った訳である。


 9階は8階と同様にコロシアムだったが、8階が日中という時間帯に対して今は夕暮れのコロシアムだった。


「見るからに部族っぽいね」


「日本語通じなさそうだな」


「敵はアサンボサムLv95。亜人型ヴァンパイア系のモンスターだね」


 司と健太はトーテムポールのような仮面とボディペイントを見た感想を述べ、パンドラは冷静に鑑定結果を共有した。


 アサンボサムの見た目から感じるヴァンパイアらしさと言えば、仮面やボディペイントのせいで存在感が喰われている蝙蝠の翼ぐらいだろう。


 それよりもアサンボサムが集団で現れたことにより、どこか部族の闘技場に自分達が迷い込んでしまったような感覚の方が強いのではないだろうか。


「アスタさん、昨日会得したアビリティを見せつけちゃって」


「無論だ。筋肉最強筋肉最強筋肉最強筋肉最強!」


 アスタの筋肉が盛り上がり、元々のサイズから徐々に膨れ上がっていく。


 昨日の探索でアスタが会得したアビリティとは、このダンジョンの8階でフロアボスを務めるサブナックが保有する<賛筋昂耐マッスルインプライド>だ。


 藍大達から<賛筋昂耐マッスルインプライド>について聞き、アスタは是が非でもこのアビリティを手に入れたいと思った。


 その思いが通じてピュートーンの魔石を取り込んだ際に会得することができたのだ。


 ちなみに、アスタが肥大化させた筋肉を見たアサンボサム達はドン引きしている。


「ムキムキ汗臭い」


「筋肉パンパン歯が立たない」


「血が不味そう」


 酷い言い様である。


「雑音に耳を傾けちゃ駄目だぞアスタ! 筋肉の素晴らしさを一方的に伝えるんだ!」


「Oh, yeah」


 健太の言葉を受けてアスタはめげずに<絶対注目アテンションプリーズ>を発動しながらモストマスキュラーを披露した。


 その結果、筋肉の美しさを強制的に理解させられたアサンボサム達に変化が生じる。


「デカい!」


「バリバリ!」


「ナイスバルク!」


 興奮して掛け声を口にするアサンボサム達を見て司とパンドラ、マージは自然とジト目になった。


「酷いやらせを見た」


「今の内に処理しよう」


「そうしよう」


 アスタの筋肉に見惚れているアサンボサム達を司達は粛々と討伐した。


 全てのアサンボサムを倒したことで反対側の鉄格子が上がったため、司達は先へと進んだ。


 通路の先には先程と同様にコロシアムがあったけれど、今度は中心と反対側に繋がる足場以外は水路であり、水路からはカーキ色の一つ目鰐が群れが待ち構えていた。


「バニップLv95。一応食べられる」


「パンドラ、あれは筋肉に相応しい食べ物か?」


「・・・高タンパク低カロリーだよ」


「1体残らず狩らねばならぬ」


 パンドラからのお墨付きを得てアスタはバニップを美味しくいただくことに決めた。


 自分の筋肉を高めるためならアスタは努力を怠らないらしい。


「食べられるのは良いとして、もう少し見た目はどうにかならないのだろうか?」


「マージの美的感覚的には駄目なんだ?」


「駄目だ。全く手入れが行き届いていない。とりあえず仕留めよう」


 マージはバニップの見た目を受け入れられないらしく、<紫雷光線サンダーレーザーで次々に仕留めていく。


 司はそんなマージに苦笑しつつ、自分も両手に槍を持ってバニップに確実にダメージを与えて仕留める。


 正直なところ、シャングリラダンジョン地下15階の方が雑魚モブモンスターは強いから司もまだまだ余裕である。


 それは健太も同じようであり、的確に急所の目を狙えるぐらいには余裕が見て取れた。


 倒されたバニップはパンドラが順番に回収を進め、最後の1体を倒したら反対側の鉄格子が上がった。


「さあ、早く先に行こうぜ」


「ちょっと待った」


「どうしたんだ? もしかして宝箱でも見つけたか?」


「かもしれない」


 先を急ごうとする健太に待ったをかけたパンドラは水の底に見えるタイルが気になっていた。


「健太とマージで協力して水を凍らせてもらえる?」


「よし来た」


「造作もない」


 健太の氷の槍とマージの<吹雪鞭ブリザードウィップ>が命中した位置から順番に冷え固まり、やがて足場周りの水全てが凍り付いた。


「司、あの辺りの氷を底まで砕いて」


「任せて」


 パンドラが器用に尻尾で指示した辺りを狙ってアラドヴァル=レプリカを投擲した。


 その結果、アラドヴァル=レプリカの穂先が触れた部分の氷が融けるどころか気化していき、数分で底までの氷を水蒸気に変えてしまった。


 司がアラドヴァル=レプリカを回収した先に残っていたのは、規則正しく並んでいる長方形のレンガの中に紛れた正方形のレンガだった。


「えいっ」


 パンドラは飛び降りてその正方形のレンガを踏みつけた。


 すると、ゴゴゴという音の後にパンドラが踏んでいたレンガの床が壁際に収納されていく。


 パンドラは何があるかわからないから、落ちないように一度司達のいる足場に戻った。


 床が完全に壁際に収納されたら、そこには宝箱ではなくリサイクルベースが安置されていた。


「・・・ブラドめ。帰ったら舞にチクってやる」


 わざわざ面倒な仕掛けで隠していた物が宝箱ではなく、リサイクルベースだとわかってパンドラはムッとした表情になった。


 ブラドが今頃家で残念だったなとニヤニヤしているだろうと思い、せめてもの仕返しにパンドラは舞に力を借りることに決めた。


 パンドラは基本的に藍大にしか甘えないので、舞にブラドが酷いことをしたんだと頼れば悪い子にはたっぷりお仕置きしてくれるだろう。


「パンドラさん、仕返しの方法が容赦ないっす」


「そんなことない。僕は優しいから舞の姿に化けてブラドにハグするってことは思いついても実行しないんだし。あっ、その姿で舞と一緒にブラドとハグする方が効くかもね」


「「うわぁ・・・」」


 健太だけでなく司も引き攣った笑みを浮かべる報復手段を実行しないだけ、パンドラはまだ本気でキレてはいないようだ。


 もっとも、むしゃくしゃしていることには変わりないいので仕返しはするのだが。


「とりあえず、リサイクルベースに何か入れようよ。もしかしたらいい感じのレア素材になるモンスターが出て来るかもしれないし」


「そうだね。アスタがバニップの肉は欲しがってるから、倒したアサンボサムの半分とバニップの肉と魔石以外を半分入れてみようか」


 パンドラに促された司は収納袋から口にした素材を取り出してリサイクルベースの中に放り込んだ。


 リサイクルベースが光り始めたので急いで離れたところ、それが粒子となって消えた代わりに黒い馬に乗った部族らしき悪魔が堂々とした態度で司達が立つ足場の中心に現れた。


「吾輩が偉大なるキマリスである」


「こいつムカつくから僕が倒す」


「吾輩が偉大なのは当ぜ」


「もう喋らないでくれる?」


 パンドラは<停止ストップ>でキマリスと名乗った悪魔と馬の動きを止めた。


 動きが止まった敵なんてパンドラからすればただの的である。


 <負呪破裂ネガティブバースト>でHPを削って瀕死に追い込み、<停止ストップ>の効果が切れるタイミングで<熔解刃メルトエッジ>を使ってキマリスと馬の首を刎ねた。


「はい、おしまい」


「パンドラ、お疲れ様。キマリスって”掃除屋”だったの?」


「いや、今回は”掃除屋”じゃなかったよ。Lv100ではあったけどね。言うなれば隠し中ボスみたいな?」


「そっか。まあ、宝箱じゃなかったけど魔石はパワーアップに使えそうで良かったね」


「うん」


 パンドラはキマリスを解体してその魔石を貰った。


 それにより、<保管庫ストレージ>が<無限収納インベントリ>に強化された。


 パンドラのパワーアップが済んだので、司達は上がった鉄格子の先にある通路へと歩き始めた。

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