第744話 モルガナは戦神に生贄として捧げられるのでした

 ”雑食道”がウボ=サスラを倒した翌日、藍大は朝食後に伊邪那美から相談を持ちかけられた。


「藍大よ、マルファスの逃げ場を潰しにH島に行かぬか?」


「H島? G島と同じく無人島になったH島?」


「うむ。昨日、雑食帝がA国で暴れたじゃろ? 知恵の回るモンスターなら安全な逃げ場所を用意するはずじゃ」


「それがH島だと?」


「うむ。人の目がないから身を隠して休むには丁度良かろう」


 藍大は伊邪那美の考えに納得した。


 人のいる場所に逃げればどうしても誰か呼ばれてしまう。


 万が一逃げなければならない時、安全を確保できるのは無人島だろう。


 他に島がないでもないが、G島同様にA国から見捨てられたH島ならばマルファスもゆっくり休めるに違いない。


 手負いの敵が復活するだけでなく、パワーアップしてリベンジすると被害が増える可能性は高い。


 そして、被害が大きくなれば自分達に助けを求めて来るだろうことも容易に想像がつく。


 それならば、伊邪那美の言う通りに先手を打った方が良さそうだと藍大は判断した。


「はい! 今回は私も行く!」


「私も行く」


『僕も!』


「拙者も行きたいでござる」


「よし、行こうか」


 藍大が連れて行くことにしたのは舞とサクラ、リル、ゲン、モルガナである。


 ゲンは返事をせずに無言で<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を発動しているあたり、自分も藍大の安全のために同行せねばという意思はあるようだ。


 同行するメンバーが決まれば、リルが<時空神力パワーオブクロノス>で藍大達をH島へと転移させた。


 転移したH島では見渡す限り虫型モンスターだらけだった。


「虫即斬!」


 サクラは無数の深淵の刃を放って虫型モンスターを一斉に斬り捨てた。


 能力値的にはサクラの圧勝なので、いくら数が集まろうと瞬殺である。


「主ぃ・・・」


「よしよし。サクラはよく頑張った。偉いぞ」


 虫が苦手なサクラは藍大に抱きついて甘える。


 その震える体をしっかりと抱き締めて藍大はサクラを落ち着かせた。


 サクラを落ち着かせている間、舞達が手分けして戦利品を回収した。


 逢魔家で最も虫が嫌いなのはサクラなので、今だけは藍大に甘えているサクラに文句を言う者は誰もいなかった。


 回収の途中で鳥型モンスターが倒された虫型モンスターを奪おうと襲い掛かって来たが、食べられるモンスターに舞達がやる気を出して対応したから勝負は一瞬で終わったことだけ補足しておこう。


 サクラが落ち着いた後、虫型モンスターを発見しても我慢できるように藍大を抱き締めたまま島内にどれだけモンスターがいるか上空から調べた。


「モンスターはもういないみたい」


「さっきの戦闘で島外に逃げ出したかね? 結構派手に暴れたし」


「私は悪くない。悪いのは虫型モンスターが存在すること」


「嫌いなのはわかるけど、雑食帝の従魔だけは例外対応してあげてくれ」


「ディアンヌとか人に近ければ大丈夫。これぞ虫って見た目だと目の前から消し飛ばしたくなるのを我慢するので精一杯」


「・・・倒したくなるじゃなくて消し飛ばしたくなるってあたりがマジだわ」


 サクラならその気になればできてしまうので、雑食帝と会う時は従魔のチョイスに気を遣ってもらうかサクラには席を外してもらおうと藍大は心に決めた。


『藍大、ひとまずH島にはダンジョン以外でモンスターがいないようじゃから結界を張ったのじゃ。これでマルファスはH島に逃げられんのじゃ』


 (仕事が早いね。ありがとう、伊邪那美様)


 藍大は心の中で伊邪那美にお礼を言ってからサクラに頼んで舞達のいる地点に戻った。


『ご主人、ダンジョン見つけたから行ってみよう。H島もG島みたいに1つだけだよ』


「リルも仕事が早いな。助かるよ」


『ワッフン、僕に探せないものはないよ』


 ドヤ顔なリルにモルガナがふと思いついたことを訊ねる。


「例のあの人への対抗手段は見つけられたでござるか?」


『・・・僕が探せるのは存在するものだけなんだ。存在しないものは探せないんだよ?』


「リル殿、拙者が悪かったでござる! 謝るので拙者の動きを封じてそっちに動かさないでほしいでござる!」


 モルガナの指摘にリルは悲しさ全開の表情で応じつつ、<仙術ウィザードリィ>でモルガナの動きを封じながら舞の目の前に移動させる。


『舞、モルガナが今なら好きなだけ抱き締めて良いって』


「やった~!」


「リル殿!? なんてことを言うでござるかぁぁぁぁぁ!」


 モルガナはリルに驚きと恨みを込めた視線を向けるが、すぐに舞に抱き締められてそれどころではなくなった。


「モルガナは戦神に生贄として捧げられるのでした」


「サクラ、勝手に生贄にしちゃ駄目だって」


「主、あれを見て生贄以外にしっくり来る表現はある?」


「・・・ないな」


 抱き締められて死んだ目をしたモルガナとご機嫌な舞を見れば、藍大もサクラの言い分に納得してしまった。


 その後、藍大達はリルが見つけたダンジョンまで移動した。


 ダンジョンはビーチにあるサーファーが近寄りそうな海の家だった。


 外装が経年劣化以外傷んでいなかったのはダンジョンとなった海の家を外に出たモンスターが傷つけなかったからだろう。


 海の家ダンジョンに入ってみるとその中は森の中であり、藍大達の前には数多くいる虫型モンスターが少数の鳥型モンスターと生き残りをかけた闘争を繰り広げていた。


「私の前に虫は出て来るな!」


 サクラがいくつもの深淵のレーザービームを放ったことで、虫型モンスターは次々に倒された。


「こうしちゃいられねえぜ!」


『虫を食べさせるわけにはいかないよ!』


「スピード勝負でござる!」


 舞とリル、モルガナが大急ぎでモンスターを倒した。


 鳥型モンスターが虫型モンスターを食べてから倒してしまうと、解体した際に消化できていない虫型モンスターの破片を意識してしまうからである。


 サクラよりはまだ我慢できるだけで、食いしん坊ズも虫型モンスターを食べた直後の鳥型モンスターを食べようとは思っていないらしい。


 主にサクラが原因であっという間に1階のモンスターが全滅した。


 ”掃除屋”はミスティックオウルLv55でフロアボスはジャイアントワームLv60だった。


 サクラが1秒でも早く1階から去りたいと言ったので、藍大達はすぐに2階に向かった。


 2階も森の内装ではあったが、出現するモンスターが爬虫類型モンスターと獣型モンスターの2種類に変わった。


 爬虫類型モンスターは獣型モンスターに食べられまいと逃げていたが、どの獣型モンスターもAGIで勝っているせいか容易く追いついて爬虫類型モンスターを倒して捕食していた。


「このダンジョン、海要素皆無だな。しかも1階と2階は共通して弱肉強食だ」


『美味しそうなモンスターが少なくて宝箱もないなんて、ここは攻略する価値が低いダンジョンだね』


「いっそ壊してくれようか」


「美味しいモンスターがいないなら良いんじゃない?」


「それは待ってほしいでござる。拙者が掌握したら劇的に変化させるから潰すのは駄目でござる」


 リルとサクラ、舞の順番にこのダンジョンに対してネガティブな発言が出たが、モルガナは壊されたら困るから待ってくれと頼んだ。


 現在、モルガナは9ヶ所のダンジョンを管理している。


 ここの掌握が済めば10ヶ所になり、”アークダンジョンマスター”が”ダンジョンロード”に上書きされる。


 そのチャンスを奪われたら困るからこそ、モルガナはダンジョンを壊せるだけの力を持つ舞達に待ったをかけた。


 時間をかけるまでもないフロアだったことから、藍大達はサクサクと2階のモンスターを1体残らず倒してしまった。


 ”掃除屋”はヘルフロッグLv65でフロアボスはオウルベアLv70だったけれど、それぞれモルガナとリルが一瞬で仕留めてしまったので2階の探索も早々に終わった。


 3階はいきなりボス部屋であり、森の中の湖と呼ぶべき内装なのだが、ここに来てリルの尻尾がピンと立った。


「リル? あの吊るされた宝箱はミミックアングラーの提灯だぞ?」


『わかってるよご主人。ミミックアングラーがいる湖の底に何かあるんだ』


「宝箱か?」


『宝箱とは違う感じ。まずは敵をやっつけちゃおうよ』


 湖の中には宝箱にそっくりな提灯を吊るす巨大な鮟鱇が待ち構えていた。


「お前鮟鱇だよな!? 鍋の食材にしてやるぜぇぇぇ!」


 舞が光を纏わせたオリハルコンシールドをミミックアングラーに投げつければ、一瞬で勝負は決まった。


 Lv75だったミミックアングラーは一撃で仕留められて力なく湖面に浮いた。


 舞はニコニコしながら藍大に訊ねる。


「今日は鮟鱇鍋にしてくれるかな?」


「良いとも!」


 お約束に忠実な藍大は舞のリクエストにサムズアップで応じた。

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