第745話 哀れだね。戦神からは逃げられない

 ミミックアングラーを回収後、藍大はゲンの力を借りて湖の水を操作して全て空中に浮かべた。


 そのまま浮かべておくとMPを消費することになるので、藍大は水の塊を柱状にして湖の隣に留めてリルの<雪女神罰パニッシュオブスカジ>で凍らせた。


 これで湖の底にあるものの正体が明らかになった。


『ご主人、武の祠だよ!』


「それなら奉納するのはヤールングレイプル=レプリカ一択だな。舞、奉納しちゃえ」


「うん!」


 舞は藍大に言われて装備していたヤールングレイプル=レプリカを武の祠に奉納した。


 すぐに武の祠が神聖な光に包み込まれ、光が収まると黒銀色をベースに手の甲の部分に紫色の雷マークが入った手袋グローブだけが残った。


『やったね舞! ちゃんとヤールングレイプルになってるよ!』


「わ~い! リル君、効果も教えて~!」


『任せて!』


 リルが説明したヤールングレイプルの効果は4つある。


 1つ目はミョルニルと一緒に使うことでミョルニルによるダメージが1.5倍になること。


 2つ目は破壊不能であること。


 3つ目は使用者が念じれば自動で装着できること。


 4つ目は使用者が死ぬまで変わらず、今は舞専用であること。


 ミョルニルありきの神器ではあるが、ヤールングレイプルのおかげで舞の戦力がまた上がったのは間違いない。


『おめでとうございます。逢魔舞は現代で初めて神器を2つ手に入れました』


『初回特典として櫛名田比売の力が50%まで回復しました』


 少し遅れて藍大の耳には伊邪那美のアナウンスが届いた。


「舞が残ったメギンギョルズを手に入れたらどうなるんだろう?」


「トール様の使ってた最後の神器だっけ?」


「正解。伝承通りだと舞が更にパワーアップする」


「ひぇっ!?」


 藍大と舞の会話を聞いてモルガナがブルッと体を震わせた。


 ただでさえ強い舞がもっと強くなってしまったら、自分は絶対に舞の好きなタイミングでぬいぐるみ扱いされてしまうと思ったのだろう。


「モルガナ~、どうしたの~?」


「なんでもないでござるよ。ちょっと殿に甘えたくなっただけでござる」


 舞に声をかけられたモルガナは藍大に正面からダイブして抱き着いた。


 (よしよし。怖くない、怖くない)


 藍大はモルガナを落ち着かせるために優しくその頭を撫でてあげた。


 その後、藍大達は3階から4階に移動した。


 またしてもボス部屋スタートであり、中に入ると3階と同じく森の中の湖という内装だったが、空が昼の青空ではなく夜空だった。


 湖の上には灰色の五芒星の物体が浮いたまま藍大達を待ち伏せていた。


 藍大は中ボスと”ダンジョンマスター”のどちらなのかモンスター図鑑を視界に出して確認した。



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名前:なし 種族:デカラビア

性別:なし Lv:90

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HP:2,000/2,000

MP:2,000/2,500

STR:2,000

VIT:2,500(+500)

DEX:2,500

AGI:1,800

INT:2,500

LUK:1,700

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称号:ダンジョンマスター(海の家)

   不動

アビリティ:<隕石雨メテオレイン><重力牢獄グラビティジェイル><石人形ストーンドール

      <鋼体反射メタルリフレクト><停怠霧スタグミスト

      <自動再生オートリジェネ><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:動かなければただの星だと思って帰ってくれないかな?

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 (倒さずに帰る訳ないんだよな)


 既に戦意を失っているのか、自分は湖の上に浮かぶ星なので敵はいないと思って帰ってくれないかと願うデカラビアに藍大は心の中でツッコんだ。


 そんなデカラビアは用心のため、<鋼体反射メタルリフレクト>を発動して攻撃に備えている。


 このアビリティは消費したMPだけ一定時間VITの値を上昇させ、その数値未満の攻撃を反射させるというものだ。


 一般的な相手に対して<鋼体反射メタルリフレクト>を使えば効果はあるのだが、藍大達が相手ではその効果はあまり意味がない。


「敵はデカラビアLv90。”ダンジョンマスター”だってさ。モルガナ、自分で倒して奪うか?」


「やってやるでござる!」


 モルガナは舞の強化に怯えるだけでは駄目だと思い、ここで自分が活躍して魔石を貰おうと気合を入れて<幾千雨槍サウザンズランス>を放つ。


 藍大の従魔士の力を借りて好感度ブーストした結果、幾千の雨の槍がデカラビアをどんどん削って<自動再生オートリジェネ>の回復量を大きく上回った。


 デカラビアはモルガナの数の暴力とも呼べる攻撃の前に何もできず、1分もしない内にHPが尽きてしまった。


「掌握完了でござる!」


『モルガナの称号”アークダンジョンマスター”が称号”ダンジョンロード”に上書きされました』


『おめでとうございます。逢魔藍大が世界で初めて”ダンジョンキング”と”ダンジョンロード”を通じて25のダンジョンを支配下に置きました』


『初回特典として櫛名田比売の力が60%まで回復しました』


 モルガナが海の家ダンジョンを支配したところでサクラがモルガナに詰め寄る。


「モルガナ、私が行くダンジョンに虫型を設置したら容赦しないからね?」


「も、勿論でござる! ちゃんと配慮するでござるよ!」


 サクラの目が逆らったら潰すと語っていたため、モルガナにはYesかはいか喜んで以外の選択肢がなかった。


 それから倒したデカラビアを回収して魔石はモルガナに与えられた。


 魔石を飲み込んだモルガナからは飲み込む前よりも力強さを感じるようになった。


『モルガナのアビリティ:<幾千雨槍サウザンズランス>がアビリティ:<百万雨槍ミリオンランス>に上書きされました』


「ふむ、力が沸いて来る感じがするでござる」


「どれどれ~?」


「ぬぁぁぁ!?」


 モルガナは体の調子を確かめている隙に舞に背後を取られてハグされてしまった。


 舞の前で油断してはならないと学ばなければいつになってもハグされ続けることになるだろう。


 モルガナが助けてほしいと目で自分に訴えるので、藍大はやれやれと苦笑してからモルガナを舞から回収する。


「舞、モルガナが俺に抱っこしてほしいってさ」


「それならしょうがないね」


 モルガナの主人は藍大だから、自分よりも藍大に抱っこされたいとモルガナが言えば舞はそれに従う。


 今度から困った時は藍大に抱っこされたいと言えば良いのだとモルガナは気づいて救われた気分になった。


 モルガナがご機嫌になった後、藍大達はやり残した用事もないのでひとまず海の家ダンジョンの外に脱出した。


 直接帰宅しなかったのはなんとなくビーチに出て少しだけ海を見て帰ろうと思ったからだ。


 その時、リルがピクッと反応した。


『ご主人、あっちの方角から鳥っぽい悪魔がH島に向かって来るよ』


「う~ん、あの豆粒みたいなのがそうか?」


 リルが見つけた鳥は藍大の目では黒い点にしか見えない。


 もう少し待つとリルの目にはっきりその姿が見えたらしく、追加の情報を藍大達に共有する。


『こっちに来てるのはマルファスだったよ。A国から逃げて来たみたい』


「雑食帝にビビってこっちに逃げて来たか」


『結界のせいでH島には入れないのにご苦労なことだよね』


「それな」


 リルと藍大が呑気に話していると舞が手を挙げる。


「はい!」


「どうした舞?」


「ヤールングレイプルの力でパワーアップした私の力を試してみたいな」


「OK。やっちゃおう」


 舞の申し出に藍大はGOサインを出した。


 もしも他の冒険者がこの状況で舞が”大災厄”のマルファスとテスト感覚で戦うと聞いたら耳を疑うだろうけど、生憎この場には藍大達しかいない。


 藍大達が話している間にマルファスはH島の結界が張られている部分に到達し、結界に入れずに絶望した表情を浮かべていた。


「墜ちろ鳥擬きぃぃぃ!」


 舞が瞬時に戦闘モードになって雷光を纏わせたミョルニルを投げた。


 距離が離れていたにもかかわらず、伊邪那美の結界が内側から外側に出る物を阻害しなかったことでミョルニルがマルファスに命中した。


「あっ、墜ちたでござる」


 モルガナがぽつりと呟いた通り、マルファスは一撃で力尽きて海へ墜落した。


「哀れだね。戦神からは逃げられない」


「サクラ、そこは大魔王が入るセリフだ」


「敵からしたら一緒だよ。どっちも遭遇したら絶望するもん」


 サクラの発言にムッとした舞がゆるふわな雰囲気に戻って藍大に抱き着く。


「藍大~、サクラが酷いこと言う~」


「よしよし。俺は舞と会えて幸せだからな」


「私も~」


「狡い。私も幸せだもん」


『僕も幸せ』


「拙者も幸せでござる」


『同じく』


 藍大は舞達に一斉に抱き着かれて動けなくなった。


 マルファスが流されては困るので、藍大達はその死体だけ回収してから帰宅した。


 わざわざ助けるつもりはなかったが、藍大達は結果的にA国を助けるのに一役買ってしまうのだった。

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