第742話 私の雑食をお食べ!

 翌日、”雑食道”はDMUが開発した3番目の高速艦朝霧でA国にやって来た。


 現在、A国に向かう飛行機がないから移動手段が高速艦に限られているのだ。


「いやぁ、意外とあっという間にA国に着いたね」


「色々食べてたから時間が早く過ぎた」


 雑食帝もディアンヌも船旅に飽きていたなんてことはなく、太平洋で襲って来たモンスター食材で雑食を堪能していた。


 そのせいでA国までの移動時間が苦にならなかったようだ。


「狩人さん、どの虫料理から布教しますか?」


「羽蛾君、落ち着きなさい。まずは邪魔者の排除が先だよ」


「そうでしたね。うっかりしてました」


 雑食帝狩人に声をかけたのはイン食ター羽蛾こと羽蛾研志はがけんじだ。


 彼は”雑食道”のサブマスターを担う三次覚醒した魔術士である。


 虫料理が大好きなこと以外は普通の青年と言える。


「お前等いきなりドン引きさせるような物作るんじゃねえぞ?」


「「前向きに検討します」」


「検討じゃなくて止めろって言ってんだよ」


 雑食帝と研志を止めたのは戦う料理人こと美海だ。


 雑食帝と結婚したことで苗字が伊藤になったのである。


 ちなみに、第一夫人はディアンヌだったりする。


 ”雑食道”において美海はストッパー的な役割を担うナンバー3として認知されている。


 今も暴走しそうな雑食帝と研志を止めているあたり、本当に”雑食道”の常識担当なのだろう。


 R国の難民対応の時とは異なり、今回は雑食帝も自分とその従魔だけで対応できるとは思っていないから”雑食道”のトップ3でA国に乗り込んだ。


 ”雑食道”全員を連れて行くと雑食ミュージアムの運営に影響が出てしまうから、少数精鋭で来た訳だ。


 A国西部の港に上陸した雑食帝達は日本のDMU職員に送り出され、早速西部の状況を確かめる。


「狩人様、あそこに変なオブジェがある」


「マルファスの作ったオブジェだろうね。それにしても誰も外にいないな」


「そりゃA国全員が全員戦ってる訳じゃないだろ。力のない一般市民は家に隠れてるんじゃねえの?」


 美海の言う通り、A国で戦っているのは現政府軍と革命軍、選民思想者だけだ。


 思想がどれかしらに近いとしても、覚醒していない市民がスタンピードが起きて危険な外にいられるはずもない。


 銃社会のA国とはいえ、普通の銃ではすぐに弾切れで戦えなくなるしモンスターに防がれてしまう可能性も高い。


 武装した市民が毎日モンスターや敵対派閥と戦っている訳でもないのがA国の現状のようだ。


「試しにあの不気味なオブジェを破壊してみましょう」


「そうだね。羽蛾君、やれるかい?」


「勿論です。やっちゃいます」


 研志はエネルギー弾を放って視界に映るオブジェを壊してみた。


 その直後にクロウワーカーの集団がどこからともなく現れて研志に向かって来た。


「カラス、駄目、絶対」


 ディアンヌはムッとした表情で糸を操り、クロウワーカーの集団をバラバラにカットしてみせた。


 雑食なカラスのモンスターであるクロウワーカーはマルファスの配下であり、倒して数を減らすことでマルファスの勢力を削げるからディアンヌの対応は正しい。


「ディアンヌ、お疲れ様。クロウワーカーは後で美味しくいただこうね」


「うん。鳥が虫を食べる時代は古い。今は虫だって鳥を食べる時代」


 ディアンヌが回収した戦利品は雑食帝が収納袋にしまった。


 マルファスの勢力下から解放された地域を捨て置けないと思ったのか、粘性が強いコールタールの塊のような物が空から雑食帝達のいる場所に飛んで来た。


「俺がやります!」


 研志が火の球をそれに向けて飛ばして命中させた瞬間、黒い塊が熱を発しながら爆発した。


「ヤバッ!?」


 咄嗟に研志が自分達を守るようにエネルギー壁を展開したことで、雑食帝達は無事に爆発をやり過ごせた。


 しかし、木造の家に爆発した際に生じた火の粉が飛び散って燃え移ってしまった。


「狩人、ヤバいぞ。火が燃え移ってる」


「それだけじゃないですよ。また黒い塊が飛んで来てます」


「【召喚サモン:ビーゼフ】【召喚サモン:クラウス】」


 良くならない事態に雑食帝は2体のモンスターを召喚した。


 1体目はアダマスビートファイターのビーゼフであり、アダマンタイトコーティングされた二足歩行の甲虫だ。


 2体目はバタフライバトラーのクラウスであり、蝶の亜人風老執事といった見た目をしている。


「ビーゼフは黒い塊を散らせるんだ。クラウスは燃えてる家に雨を降らせて」


 雑食帝の指示に従ってビーゼフは<剛拳砲弾フィストシェル>で黒い塊を散らし、クラウスは<天候操作ウェザーコントロール>で雨を降らせた。


 今回は黒い塊が爆発することはなく、雨によって火事も小火程度で済んだ。


「ふぅ。なんとかなったね。ビーゼフもクラウスもお疲れ様」


「可燃性の黒い塊ってなんなんだ?」


「火を使っちゃ駄目なのはわかりました。打撃で散らすのが有効なんでしょうか?」


 三度黒い塊が飛んで来ることはなかったので、美海と研志がその正体はなんなのかと首を傾げた。


「黒い塊はウボ=サスラの一部でございます」


「クラウス、鑑定間に合ったんだ?」


「勿論でございます。旦那様に仕える執事としてそれぐらいできなくてどうしますか」


 クラウスは藍大のパンドラのように<学者スカラー>を会得しているため、鑑定が可能なのだ。


「頼りになる従魔がいて心強いよ。それにしても、今のA国は陣取りゲームをしてるみたいだ」


 雑食帝がクラウスに声をかけてA国の現状について端的にまとめたところで、オカルト的なローブを着た男性が現れた。


『その通り! そして、ここは今から”偉大なるA国”の領地とする!』


「は?」


 何を言い出したんだあの野郎はと言わんばかりに美海が反応した。


『君達のような下賤な者にはわから』


「私の雑食をお食べ!」


『ゲフッ』


 ローブを着た男性をディアンヌが糸を放って手繰り寄せ、雑食帝が取り出したバッタチョコをその男性の口にねじ込んだ。


「ほらほら、よく噛んで食べるんだよ」


 悲鳴を上げたくとも自分の意思では動かせないから、ローブの男性は雑食帝によって顎を動かされて強制的にバッタチョコを食べさせられた。


 しかも、このバッタチョコはR国の難民に食べさせた物よりもチョコのコーティングが薄めでバッタ味が強いタイプの方だ。


 これにはローブの男性も涙目不可避である。


「ビターな方のバッタチョコか。俺も食べよう」


 研志はローブの男性が泣きながらバッタチョコを飲み込んだ隣で嬉々として同じバッタチョコを食べた。


 同じ物を食べているというのにこの差はなんだろうか。


「狩人様、私も欲しい」


「欲しがりさんめ。ほら、あ~ん」


「あ~ん。んん~♪」


 これがバッタチョコでなければただのバカップルなのだが、どうしてもバッタチョコのインパクトが強過ぎてそう見えない。


 そこに捕まっている男性と同じローブを着た者達がぞろぞろと集まって来た。


『おい、貴様! 同胞に何をした!?』


『汚い手で触るんじゃない!』


『どんな拷問を受ければあいつが泣くのよ!』


「おやおや。これは手厳しい。では、雑食の試食会を始めましょうか。ディアンヌ」


「任せて」


 ディアンヌが糸であっさりと拘束して引き寄せたことにより、”偉大なるA国”と名乗った選民思想者達は次々にバッタチョコを口にねじ込まれていく。


「空腹だから内戦なんて馬鹿なことをするんだ。まずは食事をしてから話でもどうだい?」


『勘弁して下さい!』


『もう逆らいませんのでご容赦下さい!』


『我々は貴方様に忠誠を誓います! ですから虫食だけは止めて下さい!』


 バッタチョコによってイキってる連中の心が折られた瞬間を見て美海はジト目を雑食帝に向けた。


「狩人、これはやり過ぎじゃね?」


「そうかな? 確かにR国の難民よりはレベルの高い雑食を上げたけど、食べさせてあげたのはまだまだ中級者にも認定できないやつだよ?」


「それはお前等が雑食上級者だからだろ。それはまあ置いとくとして、こいつ等使ってA国の内戦を終わらせようぜ」


「そうだね。君達、私に忠誠を誓ってくれるならしっかり働いてくれるよね?」


『『『・・・『『Sir, yes sir! 』』・・・』』』


 軍人のように息をぴったり揃えて応じる彼等は先程までイキってたとは思えない。


 A国に上陸して早々にA国にいる”大災厄”2体と1つの派閥に影響を与えた”雑食道”の活躍はここから始まる。

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