第737話 もう! なんで食べられるモンスターじゃないの!

 藍大は男性スタッフ用の更衣室のドアを開けるタイミングで動画撮影を始めた。


 どんなダンジョンを探索したのか家族に見せるためでもあるし、”楽園の守り人”のホームページで探索動画を配信するためでもある。


「内装はホテルのまんまか」


「男性スタッフ用の更衣室の内装だったら罠がたくさんあったのである」


「それぞれのロッカーに罠を仕掛けるみたいな感じ?」


「その通りなのだ。無論、消費するDPが嵩むから吾輩なら絶対にやらぬがな」


 ブラドはDPのコストパフォーマンスが悪いダンジョンを認めない。


 しかし、野良の”ダンジョンマスター”はそこまでダンジョン運営に頭が回っていない者が多いから無駄なギミックが仕掛けられていることも少なくない。


 乗っ取るまでに無駄なDPは消費しないでほしいというのがブラドの願いである。


 藍大達がしばらく進んで行くと、その進行を妨げるように6体のヴァーチャーマトンが現れる。


『ボス、ここはお任せ下さい』


「よろしい。掃討せよ」


『Yes, sir』


 エルはDDキラーを大剣形態にしてヴァーチャーマトン達を次々に斬り伏せていく。


 (Lv50じゃ相手になる訳ないよな)


 藍大はエルがアビリティを使わずにヴァーチャーマトン達を倒してそのように思った。


 スタンピードがつい先程終結したG島にあるこのダンジョンでは、1階からLv50のモンスターがまとまって出て来た。


 二次覚醒した冒険者ならばどうってことはないかもしれないが、数で勝負を挑まれたら時間が経てば経つだけ不利になるだろう。


 ましてやダンジョンの外にいるモンスターも倒した後、そのままダンジョンに行けば味方が消耗していない可能性なんてほとんどない。


 藍大達のような強いパーティーでもなければ苦しい展開になるのは間違いない。


 戦利品を回収しようとしたところでダンジョン内に警告音が鳴り響く。


「ほう、侵入者撃退を効率化するギミックであるか」


 ブラドが感心した口調で言っている間にヴァーチャーマトンとドミニオンマトンの混成集団が通路の奥からぞろぞろ飛んで来た。


『邪魔!』


『身の程を知りなさい』


 ルナが<深淵嵐アビスストーム>で一気に半分以上蹴散らした後、エルがDDキラーでサクサクと敵を斬り捨てた。


 ドミニオンマトンはLv60でヴァーチャーマトンと比べれば強いのだけれど、エルやルナの前では等しく弱かった。


『ルナがLv84になりました』


 敵集団を一掃したところで警告音は鳴り止み、エルとルナが藍大の前に戻って来た。


「エルもルナもお疲れ様。圧倒的だったぞ」


『ワッフン♪』


『造作もないことです』


 藍大に褒められてエルもルナも得意気なリアクションをした。


 戦利品を回収した後、藍大達は通路にあるドアを開けて目ぼしい物はないか探しながら進んだ。


 ルナがリル仕込みの宝箱探しを行った結果、とある一室の前で立ち止まった。


「ルナ、ここに宝箱があるのか?」


『うん。ルナの嗅覚を信じて』


「勿論だ。早速入ってみよう」


『私が開けます』


 エルが藍大の代わりにドアを開けてみたところ、この部屋だけ他の部屋と違って家具が何一つ存在しなかった。


 宝箱は確かに部屋の中心にあったけれど、その下には何かの魔法陣が設置されていた。


「ルナ、あの魔法陣を調べてみて」


『任せて。・・・宝箱に触れると警告音が鳴って敵を集める魔法陣だって』


「敵はさっき倒したから問題ないな。エル、回収手伝って」


『かしこまりました』


 エルが宝箱を持ち上げた時に警告音が鳴るが、藍大はそれを無視して収納リュックに宝箱を入れる。


 藍大達が部屋を出た時、通路の先からデーモンマトンLv65が飛んで来た。


「なんで雑魚モブが天使なのに”掃除屋”が悪魔なんだよ」


 モンスター図鑑で調べてみた結果、藍大の目にはデーモンマトンの称号欄に”掃除屋”の3文字が記されていた。


 天使が悪魔の下っ端で良いのかと藍大がツッコんでいる隣でブラドが攻撃を始める。


「早くこの騒音を止めるのだ」


 ブラドは<破壊尾鞭デストロイテイル>でデーモンマトンを破壊して警告音を止めた。


 食いしん坊ズは相変わらず食べられないモンスターへの攻撃は容赦ない。


 それでも、壊してすぐに<解体デモリッション>で解体の手間を省くのは忘れなかった。


 藍大は戦利品を収納リュックにしまってからルナに声をかける。


「ルナ、魔石が欲しいか?」


『欲しいの!』


「よしよし。おあがり」


 Lv100に到達していないルナはデーモンマトンの魔石でもパワーアップできるらしく、藍大から与えられた魔石を喜んで飲み込んだ。


『ルナのアビリティ:<暗黒沼ダークネススワンプ>がアビリティ:<深淵沼アビススワンプ>に上書きされました』


 爪が魔石を飲み込む前よりも綺麗になっており、ルナはそれをチラチラと藍大の前でアピールする。


 そのアピール方法はリルとは違っていると言える。


「良かったな。爪が綺麗になったじゃないか」


「クゥ~ン♪」


 藍大にわしゃわしゃと頭を撫でられてルナは嬉しそうに鳴いた。


 その後、藍大達はボス部屋を目指して先へと進むが、宝箱があった部屋から5つ目の部屋が1階最後の部屋だった。


 今までは客室のドアだったけれど、目の前にある部屋のそれはドアではなくボス部屋の扉だった。


『ボス、開けてもよろしいでしょうか?』


「勿論だ」


 エルは藍大の許可を得てボス部屋の扉を開いた。


 ボス部屋はカジノになっており、フロアボスの代わりにルーレットが用意されていた。


「むぅ、ここの”ダンジョンマスター”は博打好きのようであるな」


「知ってるのかブラド」


「うむ。これはフロアボスルーレットと言って止まったマスに描かれたモンスターがフロアボスとして現れるのだ」


「ブラドが自分のダンジョンで使わない理由はコスト? それともサクラ?」


 藍大はブラドがフロアボスルーレットを使っているのを見たことがなかったため、思いつく理由を述べてみた。


「どっちも正解である。一般向けのダンジョンで使わないのはDPコストを考慮してるのだ。シャングリラダンジョンで使わないのは桜色の奥方のせいである。あれはDP食い虫だから、戦闘でDPを回収できない場合は設置するだけ赤字なのだ」


「サクラのLUKで強敵に当たることはないもんな。いや、その強敵が食べられるならわざと当てるんじゃね?」


「そうであるな。騎士の奥方とリルがいればその可能性もあるのだ。でも、コスパが悪いから吾輩は使いたくないぞ」


「別に無理して使ってくれなんて言わないさ。ダンジョンに関してはブラドとモルガナに一任してるんだから。まあ、時々リクエストはしてるけど」


 リクエストと言ってもそれは食いしん坊ズに頼まれてするものばかりだ。


 美味しい食材となるモンスターの配置は食いしん坊ズの総意なので、自らもその一員であるブラドが美味しいリクエストを聞いて首を横に振ることはない。


「さて、どんなモンスターがフロアボスとして出て来るか」


 藍大の視線の先には回り出したルーレットがある。


 そのマスにはそれぞれ5種類のモンスターが描かれていた。


 見覚えがあるのはオファニムフレームとワイバーンフレームだが、それ以外の3つのマスに描かれているモンスターとは対峙したことがなかった。


 ルーレットの回転速度がどんどん遅くなり、やがて止まったマスの絵はメカメカしいキマイラだった。


 ルーレットは光になって消え、それと入れ替わるようにして機械の体のキマイラが姿を現した。


「キマイラフレームLv70。通常のキマイラよりもVITが高い分AGIは低い」


 モンスター図鑑で鑑定した結果を藍大が伝える横でルナが怒っていた。


『もう! なんで食べられるモンスターじゃないの!』


 (子狼ルナ親狼リルを見て育つからこうなるのは当然か)


 ルナがプリプリと怒る姿を見て藍大は微笑ましく思った。


「ルナ、やっておしまい」


『うん!』


 ルナはキマイラフレームの周囲をグルグルと走り出した。


 キマイラフレームは3つある頭でルナの姿を必死に追いかけようとするが、頭同士がぶつかってしまって自傷してしまう。


『そこだぁ!』


 ルナが<翠嵐砲テンペストキャノン>を放つと、キマイラフレームは後ろの壁まで吹き飛ばされ、衝突のダメージも加算されて力尽きた。


『ルナがLv85になりました』


 藍大はキマイラフレームを倒してドヤ顔のルナを労い、それから戦利品の回収を済ませた。


 魔石を再びルナに与えたところ、今度はルナから感じられるオーラが強まった。


『ルナのアビリティ:<深淵嵐アビスストーム>とアビリティ:<深淵沼アビススワンプ>がアビリティ:<深淵支配アビスイズマイン>に統合されました』


『ルナがアビリティ:<大気槌エアハンマー>を会得しました』


 ルナが褒めてと目で訴えたため、藍大はルナが満足するまで甘やかして2階に移動するまで10分以上かかった。

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