第732話 宝箱は見つけてからが本番

 昼休みが終わって国際会議参加者達は大会議室に集まっていた。


 今から行われるのは各国お待ちかねのオークションだ。


 懇親会前の大勝負が繰り広げられる。


 欲しい物があれば金を出すしかないが、それはどの国も平等な条件なので不平不満は出て来ない。


 前回はグシオンを倒しに出かけてしまったため参加できなかったから、藍大達にとっては久し振りのオークションである。


 出品は参加国ならどこでも良いと言いつつ、昨年までは日本以外に出品する国はなかった。


 しかし、今年はCN国とI国、IN国からも出品がある。


 国内の事情が大幅に改善して余裕が出て来たからこそ、オークションに出品できるということだ。


 ある意味オークションは各国にどれだけ余裕があるかを可視化する機会になっている。


 さて、午後のオークションの進行は模擬戦から引き続き茂が担当する。


 茂も国際会議で出番が増えていることもあり、参加者達からは国際会議2日目の男なんて覚え方をされているのはここだけの話だ。


 A国と旧C国、R国とオークションでマウントを取ったり、落札者を奇襲するような国が国際会議に参加できなくなったことから、今日のオークションが変に荒れることはないだろう。


 日本のDMUの探索班のメンバーが出品された物を順番に運び込み、オークションの開始時刻になったことを確認して茂がマイクをオンにした。


「定刻になりましたのでオークションを開催します。私が本日のオークショニアを務める芹江茂です。どうぞよろしくお願いいたします」


 茂の挨拶に参加者達が拍手で応じた。


 オークションのルール説明は国際会議に初参加の国もあるためしっかり行われた。


 何か余計なトラブルを起こそうものなら藍大達に協力してもらうと言えば、参加者達に妙な真似を起こそうと思う者は1人もいなかった。


 それどころか、各国の参加者同士が絶対に問題を起こすんじゃないぞとアイコンタクトをするレベルである。


「ここまでで質問のある方はいらっしゃいますか?」


 挙手する参加者はいなかったため、茂は早速1つ目の商品を紹介することにした。


「最初に紹介するのは日本の雑食帝が監修したR国も平和になる雑食ギフト詰め合わせです。食料不足で食べられるモンスター食材を増やしたい国の方々、使ったモンスター食材のビジュアルに目を瞑れば優秀な品ですのでご検討下さい。こちらは30万円からスタートします」


『40万!』


『50万!』


『100万!』


『120万!』


『130万!』


 (100万円超えた? R国の終戦効果か?)


 入札しているのはEG国とD国とF国、G国、T島国である。


『150万!』


「おめでとうございます。T島国が150万円で落札です」


 T島国のDMU本部長が150万円と宣言した後、誰も続かなかったことで雑食ギフト詰め合わせはT島国が落札した。


 この結果を聞いたら雑食帝がT島国に飛んで行って雑食を布教すること間違いなしである。


『ご主人、雑食で対抗しなくて良いからね?』


「そうだよ主。虫食は絶対に駄目。駄目なの。わかってるよね?」


「わかってるから安心してくれ。俺は家族が嫌がる料理は作らないから」


 リルは心配そうな表情でサクラは藍大に顔を近づけて雑食を作らないでと念を押した。


 藍大は雑食を否定するつもりはないが、家族が嫌がっている以上逢魔家の食卓に雑食を並べるつもりはないと断言したのでリルとサクラが安堵した。


「次の商品はI国が誇るビアンキ姉妹が監修して作成した3級ポーション風呂の素です。開封して半日しか効果はありませんが、このお風呂に浸かれば3級ポーションの効果を得られます。特別価格1,000万円からスタートします」


 (過去に日本が売ったポーション風呂の素よりも高性能じゃん)


 藍大が感心している一方で、まだまだ国内のダンジョン掌握が終わっていない国々の参加者達が手を挙げる。


『1,100万!』


『1,200万!』


『1,500万!』


『1,800万!』


『2,000万!』


 2,000万円と宣言したのはEG国のDMU本部長だった。


 EG国にはムハンマドがいるため、彼の知識をもって3級ポーション風呂の素を解析して真似しようと言う目論見があるのだろう。


「おめでとうございます。EG国が2,000万円で落札です」


 茂がそう告げた瞬間、ジュリアは渾身のドヤ顔を披露した。


 ソフィアはドヤ顔ではなかったけれど、それでも自分の関わったアイテムが当初の倍の値段になって嬉しいようで微笑んでいる。


 会場内ではEG国のDMU本部長に向けて拍手が鳴り響いていたが、藍大にはそれがビアンキ姉妹への拍手に聞こえてしまった。


 オークションはまだまだ続く。


 次に茂が紹介するのは直角に曲がった2本のL字型の棒だ。


「次の商品はIN国からボックスゲッターです。特殊なアイテムで1ヶ国で1つしか機能しないため、既に保持してるIN国がこの会場の皆様向けに出品します。その効果はダンジョンの中で宝箱がわかるというものです。特別価格3,000万円からスタートします」


『あんな棒よりも僕の方がすごいもん』


「よしよし。リルの言う通りだな」


 茂の紹介にリルが対抗意識を燃やして自分にアピールするので、藍大はリルの頭を撫でた。


 リルならば宝箱だけじゃなくて罠や特殊なギミック、ダンジョンの外でも失せ物まで容易く見つけられる。


 どう考えてもリルの方が優れているのだから、リルが対抗したくなるのも当然だ。


『3,500万!』


『4,000万!』


『4,500万!』


『5,000万!』


『6,000万!』


 6,000万円と声を上げたのはE国のDMU本部長だ。


 これで決まるかと思った時、CN国のシンシアが手を挙げる。


『7,000万!』


『8,000万!』


 シンシアの後に続いてソフィアが1,000万円上乗せで宣言した。


『1億!』


 ソフィアに更に2,000万円上乗せすると宣言したのはD国のDMU本部長だ。


 その表情にはこれ以上は出せないからどうかもう決まってくれという願いが前面に出ている。


 それが聞き届けられたのか、D国のDMU本部長の後に続く者は現れなかった。


「おめでとうございます。D国が1億円で落札です!」


 茂がそう告げた瞬間、D国のDMU本部長は緊張の糸が切れたのか椅子に力なく座り込んでしまった。


 拍手に応じられないぐらい疲れ切った表情に対し、サクラがボソッと呟く。


「宝箱は見つけてからが本番」


「サクラ、それを言ったらおしまいだよ」


 藍大も心の中ではそう思っているが、全身全霊を賭けた勝負に勝ったD国のDMU本部長を絶望させるのは忍びないと口の前に人差し指を立てた。


 サクラもそこまで意地悪ではないので藍大の言いたいことを察し、それ以上は言わないでおいた。


 自分とリルのコンビが宝箱に関して世界一のコンビだと藍大にわかってもらえたなら、他の誰が宝箱を手に入れてどうなろうとどうでも良くなったとも言える。


「続いてCN国からの出品です。プリンセスモッフルの従魔、ケルヴィンの抜け毛を使って作られたケルヴィンのぬいぐるみです。CN国一番の裁縫士によって作られた作品であり、抱き心地抜群で僅かですが疲労回復効果があります。特別価格3,000万円からスタートします」


 (待って。ボックスゲッターと同額スタートなの?)


 茂の紹介を聞いて藍大は心の中でツッコんだ。


「5,000万円!」


 誰よりも早く5,000万円と挙手したのは志保だった。


 テイマー系冒険者ではない志保にとって、モフモフを堪能するにはモフランドやモフリパークのお世話になるしかない。


 それらに行かずとも幾分かモフ欲を満たせるぬいぐるみがあるのならば、普段無駄遣いをしない彼女が買わない訳がない。


 志保の気迫勝ちと言うべきなのか、誰もその後に続いて手を挙げる者はいなかったため、ケルヴィンのぬいぐるみは志保が落札した。


 ぬいぐるみが紹介されてから競り落とされるまでの間、リルはずっと藍大の膝の上でブルブルと震えていた。


 自分達の抜け毛を使ってそんな物まで作っていたのかとモフラーの業の深さにすっかり怯えているのだ。


「よしよし。大丈夫だ。俺は絶対にリル達の抜け毛を売ったりしないからな」


『絶対だよ? 絶対だからね?』


「勿論だ。俺がリルに嘘をついたことなんてないだろ?」


『うん!』


 藍大はいつだって自分に誠実だったので、リルは安心した表情で頷いた。


 その後、日本からいくつかの出品があって各国が落札するとオークションは終わった。


 会場内で一番満足した顔だったのは志保だったが、藍大達はそっといておいた。

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