第733話 モフモフから話を逸らそうとしてもモフモフに帰って来てしまう

 オークションが終わってホテルに移動したら懇親会が始まった。


 乾杯の合図はオークションでケルヴィンのぬいぐるみを落札してご機嫌な志保が行う。


「皆様、2日間の会議お疲れ様でした。最後にお腹と知的好奇心を満たす懇親会を行います。折角の機会ですので、普段は話せない方とも話してみて下さい。乾杯!」


『『『・・・『『乾杯!』』・・・』』』


 志保が拍手されて国際会議中2回目の懇親会が始まった。


 懇親会が始まるとリルは尻尾を振りながら藍大の方を向く。


『ご主人、お腹空いたからご飯取って!』


「よしよし。今取るから少し待っててくれ。全種類で良いんだよな?」


『うん!』


 懇親会で出される料理を全種類食べることぐらい、食いしん坊ズのリルならば容易いことだ。


 藍大もリルならペロリと平らげてしまうとわかっているので、食べ残しはないだろうと安心して更に料理を盛りつけられる。


 藍大が料理を皿に取っていると、リルのように懇親会の食事が楽しみで仕方ない従魔を見つけた。


 G国のマリッサの従魔であるアリシアだ。


『マリッサ、お腹空いた!』


『わかってるわ。どれが食べたいの?』


『えっとね~、う~ん、全部!』


 (食いしん坊なフェンリルがまた1体増えたな)


 藍大はマリッサとアリシアのやり取りを見て微笑ましく思った。


 藍大とマリッサが料理を皿に盛りつけている間、アリシアがリルに話しかけてみたいけど自分が話しかけても良いのだろうかとソワソワしていた。


 リルはそれに気づいて自分からアリシアに話しかけてあげる。


『アリシア、そんなにソワソワしてどうしたの?』


『リ、リル先輩といきなりお話ができる機会ができたけど何を話せば良いかわからなくてソワソワしてました』


 アリシアは素直だった。


『そんなに緊張しないで良いよ。僕は君の先輩だから、他の従魔に相談できないこととかあれば相談に乗るよ?』


『えっと、それじゃあ、午前の模擬戦のアドバイスについて詳しく聞かせてほしいです』


『いっぱい魔石を取り込むこととどんな強さを手に入れたいか思い描くことだったね。アリシアはどんな風になりたいの?』


 アリシアに対してリルが優しく訊ねると、アリシアは少し考えてから返答する。


『私はマリッサを向付後狼少佐やプリンセスモッフルに負けない冒険者にしたいの』


『それは止めてほしいかな』


『え?』


 アリシアの希望を聞いてリルがボソッと本音を漏らした。


 一瞬のことでアリシアが聞き取れなかったため、リルはなんでもない風を装ってアリシアの思考がマリッサを自分が震えてしまう天敵にならないように誘導し始める。


『まずは自分がマリッサにとってどんな存在か分析するところから始めよう』


「どんな存在ってモフモフですよ?」


 アリシアの回答にリルは右前脚を額にやってそうだけどそうじゃないと首を振った。


 リルが我慢して天敵4号と言わずにマリッサと呼んだのに対し、アリシアは自分がマリッサにとってモフモフであると答えたせいで台無しである。


 リルにとって真面目な方向に話を持っていきたいが、アリシアもおふざけなしで本気で言っているのがどうしようもない。


『モフモフは一旦置いておこうね。僕が言いたいのはアリシアが戦闘でどんな役回りか分析しようってことだよ』


『そういうことですね! 私は奇襲と戦力分析の担当です!』


『そっか。それなら盾役タンク回復役ヒーラーじゃないんだし、その2つの役割に関連するアビリティはなくても良いよね?』


『なるほど! 奇襲系のアビリティを強化して、戦力分析は<賢者ワイズマン>より上の<大賢者マーリン>を会得できるようにイメージすれば良いんですね!』


『正解だよ』


 ようやくリルが誘導したかった方向に話を誘導できたため、リルはホッとした表情になった。


 そこに料理を綺麗に盛り付けた藍大とマリッサが戻って来る。


「リル、ご飯持って来たぞ」


『アリシア、ご飯だよ』


『『わ~い♪』』


 真剣な話をしていても食事が優先なのはリルもアリシアも変わらない。


 2体は瞬時に自分の主人の持って来た皿に駆け寄って食べ始めた。


 サクラも協力して料理を盛りつけて来たため、藍大がリルにもっと食べたいとおねだりされても取りに行かずに済んでいる。


 <十億透腕ビリオンアームズ>の使い道としていかがなものかと思うかもしれないが、便利なアビリティは使ってこそという考え方をするべきなのだろう。


 ちなみに、ゲンはパーティー会場で食べるのは落ち着かないらしく、帰ってからゆっくりと食べることにしているのでこの場ではゲンの料理は考えなくても良い。


 藍大達が食べながら喋っているところにシンシアとケルヴィンがやって来た。


 リルはピクッとシンシアの接近に反応したが、後輩アリシアがいるのでビビった姿を見せられないとなるべくシンシアを視界に入れないようにして食事を続ける。


 もっとも、シンシアが自分をモフろうとすれば<時空神力パワーオブクロノス>でいつでも逃げられるように警戒は怠っていないのだが。


 藍大はリルが先輩の威厳を保てるようにするべく、リルに話しかけようとしたシンシアをインターセプトする。


「ディオンさん、どうされましたか?」


『モフモフが集まる所に私が行かない理由はない。ということでお邪魔する』


「ディオンさんらしいですね。ところで、リーアム君とは連絡を取ってますか?」


『勿論だ。リーアムはマナと仲良くモフモフしてるようで何よりだ。MOF-1グランプリで優勝できなくて悔しかったと言ってたぞ』


 (モフモフから話を逸らそうとしてもモフモフに帰って来てしまう)


 これがモフモフの引力と呼ぶべき力なのかもしれない。


 藍大はモフラー恐るべしと戦慄したけれど、そこで固まってしまえばシンシアの意識がリルに向いてしまうのですぐに反応する。


「前回は全体的に参加者が仕上げて来たので審査が難しかったですね」


『私も録画されたMOF-1グランプリを見たが、あれはマナが優勝という評価は当然だった。リーアムはもっと精進しなければならない』


「そう言ってもらえてホッとしました」


『東洋の魔神、私は番組スタッフ宛に第三回は私とケルヴィンを出してほしいと頼んでおいた。もしかしたら参加するかもしれないので、その時はよろしく頼む』


 (モフラーの行動力、侮り難し!)


 藍大はシンシアの行動力に心の中でツッコんだ。


 それと同時にその実現に向けて調整業務が発生するであろうCN国のDMU本部長に対して同情した。


 偶然近くを通りかかったCN国のDMU本部長はその話を聞いて額に青筋を浮かべていた。


『そういうことは先に相談してくれといつも言ってるだろ! ちょっとこっちに来い! 他にも余計なことをしてないか根掘り葉掘り聞かせてもらう!』


 シンシアが連行されていくとケルヴィンがそれについて行き、彼女達と入れ替わるようにしてソフィアがやって来た。


『ランタ様、少しお話する時間をいただけますか?』


「どうぞ」


『ありがとうございます。まずは妹の転職絡みでお力添えいただきありがとうございました』


「いえいえ。I国で活躍してるようですし、今日の模擬戦を見る分にはバロンもしっかり成長させられてたと思いますよ」


 姉として妹が世話になったお礼を述べるソフィアに対し、藍大は素直な感想を述べた。


『そう言ってもらえると嬉しいです。妹は転職するまで私と比べられてて嫉妬がすごかったですから、ランタ様に評価してもらえたなら妹も自信がつくと思います』


「後は二つ名が変わるようにソフィアさんからも発信してあげたらどうですか? 妹蔦教士って聞けば誰かすぐにわかると思いますが、まだまだソフィアさんの付属品のように感じてしまいます」


『そうですね。妹を私の妹として見ず、蔦教士のジュリアとして見てもらえるような二つ名になるよう根回しを進めます』


「ジュリアさんが納得する二つ名になることを祈ってます」


 これは藍大にとって偽りのない気持ちだ。


 オルクスを復活させてフローラを保護したI国が内紛なんてことになれば、面倒事が自分達に飛び込んで来るかもしれない。


 そんな事態は避けたいから、藍大はジュリアの自尊心が満たされてビアンキ姉妹の仲が良くなることを望んだ訳だ。


『ランタ様はお優しいのですね』


「主は優しい。でも惚れちゃいけない」


『・・・わかっております』


「その間は何?」


『なんでもございません』


 ソフィアに対して藍大に惚れるなと注意した反応が怪しかったため、サクラはソフィアをジト目で見つめた。


 サクラの機嫌を損ねては不味いと判断し、ソフィアは慌てて話題を神様関連の話に変えた。


 やがて懇親会の終わりの時刻が来たため、第5回冒険者国際会議は珍しくトラブルが起きずに終わったのだった。

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