第730話 マリッサの師匠の前で良いとこ見せるもん

 翌日の1月12日の日曜日、国際会議は2日目を迎えた。


 去年は招かれざる”大災厄”のせいで落ち着かない部分があったが、今年はそんなニュースが大会議室に飛び込んで来ることはなかったから普通の2日目である。


 本日の予定は午前が各国の冒険者の模擬戦であり、午後はオークションの後に懇親会という定番の流れだ。


 ということで、朝から参加者全員が訓練室に集まっている。


 藍大に同行するメンバーだが、今日も薫が舞に抱き着いて離さないから舞の代わりにサクラが昨日のメンバーに加わった。


 薫と同い年の咲夜は蘭がお母さんの代わりに面倒を見ると姉欲あねよくを発揮したため、今日はサクラが一緒に来れるようになったのだ。


 模擬戦は前回と同様に茂が審判を務めるので、進行は志保ではなく茂が行う。


「これより模擬戦を行います。最初に戦いたい人は挙手して下さい」


『『はい!』』


 真っ先に手を挙げたのはCN国のシンシアとG国のマリッサだった。


 それ以外のメンバーはテイマー系冒険者が手を挙げようとしていたが、シンシアとマリッサに先を越されて手を挙げるのを止めた。


「ディオンさんが僅かに速かったと思いますが、どなたと戦いたいですか? 指名した相手が承諾すればその人と戦ってもらいます」


『今回はG国のマリッサと戦う約束をしてる』


 シンシアがそのように答えてマリッサもその通りだと頷いた。


 前回は藍大を指名したけれど、今回は昨日の情報交換会で戦う約束をしたのだろう。


「モフモフ対決ですか。最初から楽しみですね」


 (吉田本部長、楽しむ気満々じゃないですか)


 模擬戦の進行は自分の役割ではないからか、志保は藍大達の隣で呑気に観戦するつもりである。


「決まりですね。ディオンさんとライカロスさんは1階に降りて戦闘準備に移って下さい」


 茂は話がまとまったことを確認して2人に指示を出した。


 1階に降りてからシンシアは早速従魔を召喚した。


『【召喚サモン:ケルヴィン】』


 シンシアが召喚したのは前回エルと戦ったケルベロスだった。


『【召喚サモン:アリシア】』


 それに対してマリッサが召喚したのは相棒のアリシアである。


 藍大が合宿の際に見たアリシアはハティだったが、今のアリシアはフェンリルに進化している。


 (あれからどれぐらい成長したか見せてもらうぞ)


 アリシアの成長ぶりを確かめるべく、藍大はモンスター図鑑を視界に映し出した。



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名前:アリシア 種族:フェンリル

性別:雌 Lv:100

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HP:3,200/3,200

MP:3,000/3,000

STR:3,400

VIT:3,200

DEX:3,200

AGI:3,400

INT:2,400

LUK:2,400

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称号:マリッサの従魔

   ダンジョンの天敵

   到達者

二つ名:モフロディーテの親友

アビリティ:<不可視爪インビシブルネイル><畏怖砲テラーキャノン><吹雪鎧ブリザードアーマー

      <剛力噛メガトンバイト><狙撃魔弾スナイプバレット><賢者ワイズマン

      <短距離転移ショートワープ><全耐性レジストオール

装備:なし

備考:マリッサの師匠の前で良いとこ見せるもん

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 (アリシアが俺を意識してる)


 そう思った時にはアリシアが藍大のことを見ていた。


『ご主人、アリシアがこっちを見てるね』


「ライカロスさんの師匠だからだろうな。自分の動きがそのままライカロスさんの評価になると思って気合が入ってるらしい」


『天敵4号はアリシアに好かれてるんだね。ガルフがアリシアを見たらびっくりするよ』


「確かにな」


 ガルフは真奈のことを嫌っている訳ではない。


 モフ欲が強過ぎる所を除いてガルフは真奈を頼りにしているのだ。


 問題は真奈のモフ欲だけであり、食事や住む場所という点ではガルフに文句を言うつもりはない。


 その一方、アリシアはマリッサからモフられてもウェルカムなので今の環境に満足している。


 それだけではなく、今もマリッサのために良い動きをするんだとやる気に満ち溢れているのだから、主従関係は極めて良好なのだろう。


 マリッサは藍大よりもモフ欲が強めの女主人と表現すればしっくりくるのではないだろうか。


 そのマリッサだが、気づけばモフロディーテなんて二つ名になっている。


 美人と呼んで然るべき外見でアリシアをモフモフしている姿はまるで女神と誰かが呼び始めたのがきっかけらしい。


 双方の準備が整ったと判断して茂は戦闘開始の合図を出す。


「模擬戦第一試合始め!」


「「「ワォォォン!」」」


 まずは小手調べだとケルヴィンが全ての頭から<発火咆哮パイロロア>を放つ。


 これを全て打ち消すのは難しいと判断し、アリシアは<短距離転移ショートワープ>でケルヴィンの背後に回った。


『ケルヴィン、後ろだ!』


「「「ワォン!」」」


 アリシアがケルヴィンの背後に回った時には既にシンシアが声をかけており、ケルヴィンは後ろを見ずに<猛毒尾鞭ヴェノムテイル>でアリシアを近づけさせないよう対処した。


『狙い撃つよ!』


 アリシアは<狙撃魔弾スナイプバレット>を放ってケルヴィンの尻尾を狙い撃った。


 アリシアのINTとケルヴィンのSTRを比べると後者の方が強い。


 それゆえ、完全に尻尾を魔弾で弾くことはできない。


 ケルヴィンはアリシアに隙ができた時には後ろを向いて<深淵吐息アビスブレス>を3連続で放った。


 アリシアは再び<短距離転移ショートワープ>で避けて回るのだが、ケルヴィンはアリシアの移動先を予測しており、転移先に<剛力突撃メガトンブリッツ>で突撃してアリシアを吹き飛ばした。


 ケルヴィンの巨体に飛ばされればアリシアも無事では済まず、少なくないダメージが入った。


 マリッサはケルヴィンがアリシアの動きを読んでおり、奇襲は困難だと判断して口を開く。


『降参します』


「そこまで! 第一試合、勝者はCN国のシンシア=ディオン!」


 マリッサの降参宣言を受けて茂が勝負の決着を知らせた。


 (引き際の判断ができるのは良いことだ)


 藍大はマリッサの降参宣言を評価した。


 藍大の目から見ても、アリシアはまだケルヴィンに決定的な一撃を与えられるとは思っていないからだ。


 従魔に無理を強いる主人からは従魔の心が離れていく。


 そうならないように現状を冷静に受け止められるマリッサを評価した訳である。


『アリシアはちゃんと成長してたね』


「そうだな。まだまだ伸び代があると思う」


 藍大とリルが感想を言い合っているとマリッサとアリシアが2階に戻って藍大達の所にやって来る。


『師匠、今の模擬戦のフィードバックをいただけませんか?』


「勿論です。アリシアがケルヴィンの攻撃を避けるのに<短距離転移ショートワープ>を使うのは良いと思いますが、アリシアの動きにケルヴィンが慣れてしまうまでに勝負を決められなかったのが課題です。相手が見えない速さで戦うか、フェイントも使って相手に捉えられないようにしないと強敵と戦うのは厳しいでしょう」


『ありがとうございます!』


『ありがとうございます』


 マリッサに続いてアリシアもペコリと頭を下げた。


 リルはアリシアが礼儀正しいことに好印象だったのか声をかける。


『強くなるには強いモンスターといっぱい戦って魔石を取り込むこと。自分がどんな強さを手に入れたいか明確に思い描けていれば、魔石を取り込んだ時にその方向に進むよ』


『はい!』


 リルにアドバイスをもらえてアリシアはとても嬉しそうに尻尾を振った。


 マリッサとアリシアが去った後、シンシアがケルヴィンを送還して2階に戻って来た。


 それに気づいたリルが震えて藍大に体を寄せる。


『ご主人、天敵2号がこっちに来る』


「大丈夫。俺がいるから安心してくれ」


 リルはシンシアの接近に怯えていたが、藍大に頭を撫でられて落ち着きを取り戻した。


『リル、私にもアドバイスをもらえないか?』


 前回戦った時は興奮しながら接近して来たので拒絶したが、今は冷静だとわかったのでリルはアドバイスする気になったらしい。


『・・・ケルヴィンは速く動く相手に順応できれば力で押し切れるよね。だから、順応速度を上げたり自身ももっと速く動ければ速い相手が相手に受け身にならないんじゃない?』


『おぉ、ありがとう! お礼にハグさせてくれ!』


『結構です。お引き取り下さい』


『また敬語で拒否!? だがそれが良い!』


 シンシアはリルにアドバイスをしてもらえたからワンチャンあるかと思ったようだが、リルが彼女にハグを許すはずがないだろう。


 何はともあれ模擬戦は第二試合に移る。

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