第728話 どーも、雑食ビギナーさん。雑食帝です

 茂が急いで大会議室から出て行き、志保が会場全体にアナウンスする。


「たった今速報が入りました。雑食帝が別件でDMU本部に来ておりまして、大会議室にお越しいただけるようです」


『私の発言がフラグになりましたか』


 T島国のDMU本部長はまさかこんなことになるなんてと目をパチパチさせた。


 それから3分も経たない内に雑食帝こと伊藤狩人いとうしゅうとがディアンヌの背中に乗りながら蕎麦を啜って大会議室に入って来た。


 わざとらしく大きな音を立てているあたり、その蕎麦もただの蕎麦ではないというアピールなのだろう。


 汁を飲み干してから手を合わせてご馳走様でしたと言った後、器を収納袋にしまってから雑食帝は喋り出す。


「どーも、雑食ビギナーさん。雑食帝です」


 (真奈さんに対抗してるのか?)


 藍大は雑食帝が印象的な入場エントリーをして来る理由として真奈のモフモフ大好き演説を思い出した。


 あの時はまだ真奈の二つ名が向付後狼さんだったけれど、演説のせいで向付後狼少佐と呼ばれるようになった。


 癖の強い2人は国際会議とは自分が参加した爪痕を残してなんぼとでも思っているのかもしれない。


 茂は出番が終わったら雑食帝を外に連れ出すために大会議室に残っていたが、雑食帝のパフォーマンスにジト目を向けていた。


 何か起きると察して既に胃薬は飲んでいたから胃痛は我慢できたようだが、雑食帝は茂に相談せずにパフォーマンスしてしまったようだ。


 その一方で志保は特に動じることなく雑食帝に質問した。


「雑食帝、今食べてたのはどんな雑食メニューでしょうか?」


 志保の質問に雑食帝はスクリーンに食べていた料理の写真を映しながら回答する。


「よくぞ聞いて下さいました! 僕が食べてたのは雑食ミュージアムで新発売した森尽くし蕎麦です!」


『『『・・・『『森尽くし蕎麦?』』・・・』』』


 外国の会議参加者達は雑食帝の言葉に揃って首を傾げた。


 森のダンジョンにいるモンスターの食材を使っていることは間違いないが、ストレートなネーミングじゃないせいでどんな食材が使われているかさっぱりわからなかったからである。


「説明しましょう! まずは蕎麦ですが、これは旨味の凝縮された糸を吐くグルメスパイダーの糸です!」


『最初からすごいのが来ましたね』


『グルメスパイダーなんていたのか』


『啜っていたのが蜘蛛の糸だったなんて・・・』


 雑食帝のジャブは会議参加者達にとってジャブなんて生易しいものではなかった。


 グルメスパイダーは名前の通りグルメであり、捕食するものに拘りがある。


 その結果、吐き出される糸に旨味が凝縮されるという不思議な特性のあるモンスターだ。


 ちなみに、脚も蟹のように身が締まっているから”雑食道”でグルメスパイダーはご馳走扱いだったりする。


「次に具ですが、トライデントブルーの肉と卵にソードリーキ、ホットクリケットの天かすです」


『ご主人、ソードリーキだって。懐かしいね』


「そうだな。雑食帝も目を付けたか」


 木曜日のシャングリラダンジョンで出て来るモンスターの名前が出て来たので藍大もリルも懐かしく感じた。


 シャングリラダンジョンで発見されるモンスターはレアな食材として”楽園の守り人”のホームページにアップされるため、雑食を少しでも食べやすく見せるヒントを探して雑食帝がそれをコツコツチェックしている。


 ソードリーキは森のダンジョンにいる訳ではないが、細かいことは気にしてはいけない。


 美味しければ小さいことを気にしてはいけないのだ。


 それ以外の食材でもトライデントブルーはかつて須佐之男命が憑依したモンスターだから、藍大もリルも言葉にはしないがそんなモンスターもいたなぐらいには思っている。


 トライデントブルーの肉は鶏肉に近く、卵も鶏のそれっぽいから黙って出されればわからないだろう。


 そして天かすだが、ホットクリケットという赤みを帯びたコオロギという外見のモンスターを揚げて砕いて作っている。


 ホットクリケットのホットは体温が高く食べられると辛いことからホットと付いており、天かすになっても口に含むとピリッと来る。


「最後に汁ですが、”雑食道”が独自の配合で作り出したものです。もしも一口飲んで材料を少しでも言い当てたのなら”雑食道”は喜んでその方を迎え入れます」


 (”雑食道”の即戦力をスカウトするレシピとは恐ろしい)


 とても良い笑顔でスカウトしますと言ってのけた雑食帝に対し、藍大は雑食帝がよく考えていると戦慄した。


 今度はEG国のDMU本部長が質問する。


『雑食帝はR国の内戦を雑食で止めたそうですが、その時はどんな料理を布教されたんでしょうか?』


「雑食に興味津々じゃないですか! 良いですね! ご紹介しましょう、内戦を止めた素晴らしい雑食の数々を!」 


 雑食帝はウキウキしながらスクリーンに雑食レシピを映し出して紹介していく。


『雑食と色眼鏡で見るのは良くありませんね』


『右上の写真なんて食材を言われなければ疑うことなく食べてしまいそうです』


『R国は早い段階から食料不足だったんですからこのビジュアルならすぐに飛びつきますよ』


 参加者達は今の雑食が敬遠すべき見た目ではないのだとわかって驚いていた。


 雑食帝もこれぞ雑食という見た目の料理をスクリーンに映し出していないから、雑食ビギナーにとって受け入れやすいのだろう。


『ご主人は普通にご飯を作ってくれるよね?』


「よしよし。突飛な物は作らないから安心してくれ」


 リルはスクリーンに映し出された料理を藍大が作らないように確認した。


 雑食が苦手というよりかは今までもレアモンスターの食材で美味しい料理を作ってくれたのだから、今まで通りの路線で作ってくれた方が嬉しいというのがリルの正直なところだ。


 藍大は虫型モンスターを苦手とする女性陣の声があるので、テイムすることも料理に使うつもりはない。


 食材にも困ってない以上、わざわざ食材として扱える幅を広げる必要はないからリルの心配は現実にはならないだろう。


 それをはっきり言葉に出しつつ、藍大はリルの頭を撫でた。


 リルは藍大から言質が取れてホッとしてから甘えた。


 藍大とリルが戯れている中、更なる質問がG国のDMU本部長から飛び出す。


『東洋の魔神はフルコースをホームページにアップしておりましたが、雑食帝もフルコースはあるんでしょうか?』


「良い質問ですねぇ。勿論ありますとも。僕のフルコースはこちらです!」


 雑食帝はよくぞ聞いてくれましたと嬉しそうにフルコースをスクリーンに映し出した。


 オードブルはシェルザリガニのザリガニアボカド。


 海老アボカドの海老を貝殻のような甲殻のシェルザリガニで代用している。


 スープはヨーウィーのスープ。


 ヨーウィーの出汁を使ったスープだ。


 サラダはパラサイトマッシュとゴーストマト、ツッパリカクタスのサラダ。


 冬虫夏草に似ている茸と幽体化して敵の前で出現したら爆発するトマト、張り手が得意な二足歩行のサボテンを使ったサラダである。


 魚料理はキメラピラニアのムニエル。


 食べたモンスターの特性を吸収するピラニアをムニエルにしている。


 肉料理はケンタウロスエリートのランプを使ったメンチカツ。


 以前モンスター食材スレで雑食帝が紹介したメンチカツがパワーアップしたものだ。


 主菜は雑食五目炒飯。


 五目にはソードリーキとトライデントブルーの卵と肉、スノースケアクロウの人参、ツッパリカクタスが使われている。


 デザートはハニークリケットビスケット。


 ブラッククリケットの粉末を混ぜた生地のビスケットを従魔であるハニーの蜂蜜でサンドしたものだ。


 余談だが、”雑食道”の女性陣が奪い合うぐらい大人気である。


 ドリンクはナチュラルブレンドコーヒー。


 使用されている豆はモンスターを利用したブラックアイボリーのようなものだ。


 いずれもぶっ飛んだ見た目ではないこともあって参加者達がドン引きすることはなかった。


 (雑食帝のことだから表向きのフルコースなんだろうな)


 藍大は比較的に受け入れられ易い見た目のフルコースの写真を見てそのように思った。


 その予想は当たっており、この場では雑食帝がお披露目していない玄人向けのフルコースもある。


 雑食に関する議論が満足いくまで行われた後、雑食帝が大会議室を去る前に一言述べる。


「最後に雑食ビギナーの皆様に僕からこの言葉をお送りします。雑食に貴賎なし。さらばです!」


 スッキリした表情の雑食帝はディアンヌと一緒に茂の案内で退場した。


 今回の国際会議において雑食帝は間違いなく爪痕を残したと言える。

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