第727話 くだらないな。実にくだらない

 昼休みが終わって国際会議は午後の部に突入した。


 1日目の午後は用意されたテーマに対して議論する時間である。


 スクリーンに最初のテーマが投影された。


 司会進行はいつも通りに開催国のDMU本部長である志保が担う。


「最初のテーマは”大災厄”対策です。各国からの報告を受け、今は1体を除き”大災厄”が存在していないことがわかりました。この対策も”大災厄”の出現後の対策だけでなく、出現を阻止する対策を練って実行しなければなりません」


 志保が言う通り、現在A国にいるマルファスを除いて”大災厄”は地球上に確認されていない。


 ソロモン72柱は”大災厄”になりがちだが、まだ”災厄”の状態でシャックスとアロケル、カイムが倒された。


 ダンジョン外で倒されたのは以上だけれど、”ダンジョンマスター”としてはヴィネとアンドロマリウス、セーレ、オロバスが倒された。


 未だに発見されていないソロモン72柱はどこかしらのダンジョンにいるのかもしれないし、スタンピードの際にダンジョンを出て密かに力を蓄えているのかもしれない。


 この状況で何もせずに後手に回るのは避けたいところだから、各国とも真剣な姿勢で話を聞いている。


『CN国は現在、A国から割譲された西部の安全確保のため、大量の冒険者を西部に投入してます。その甲斐あってスタンピードで外に出てしまったモンスターを掃討できましたから、今はダンジョンの間引きと掌握作業に取り掛かってます』


「誤解を恐れず申し上げるならば、CN国がA国の隣で助かりました。あの国が日を追うごとに状況を悪化させておりますが、CN国が安定しているおかげで旧C国や旧C半島国のようにはならないでしょう。お困りの時は日本からも冒険者を派遣しますので声をかけて下さい」


『ありがとうございます。お気遣いに感謝します』


 CN国はシンシアともう1人の調教士のおかげで国内のダンジョンの掌握を終えている。


 そこにA国から割譲された土地が増えたため、今はそちらの掌握に力を入れているのだ。


 ちなみに、今のA国はマルファスのせいで国のあちこちに不気味なオブジェが設置されており、国内全体が不安に満ち溢れている。


 それに乗じてクトゥルフ神話のウボ=サスラが南半球からA国に紛れ込んでおり、マルファスとウボ=サスラと勢力争いをしている。


 ウボ=サスラ自体はまだ”災厄”だが、放置していれば”大災厄”になる可能性が高い。


 それを指摘したのはE国のDMU本部長だった。


『A国には今、”災厄”のウボ=サスラもいることを把握してます。A国が旧C国の二の舞になる可能性がありますが、これは介入しなくて良いのでしょうか?』


『そうは言いますけどA国を助けるのに渋い反応を示す声ばかりですよ?』


『我々が介入するしないを話し合う前に、肝心のA国DMUの意向次第じゃないですか?』


 今までの経緯からCN国の発言ももっともだが、I国の意見も正しいと言えよう。


 A国は藍大にA国要らない宣言をされて以降、外国に向けた発言がぱたりと止まった。


 藍大に見放されてしまっただけでなく、世界各国からの非難を受けて何を言っても駄目な方向に話が進んでしまうからである。


 それゆえ、A国が現状をどうしたいのかという意向をどの国も把握していないのだ。


 志保はA国を助けるか助けないかという議論にすり替わってしまったことを察して口を開く。


「とりあえず、A国については国外に影響が出るようであれば日本とCN国を中心に監視を強め、いざとなったら両国が対処することにしましょう。下手に干渉して面倒事を背負いたくないのはどこも同じでしょうし」


『日本の意見に賛成する。CN国としてはA国が僅かにでも機能してる間は手助けしたくないと声が上がっておりますので』


『ちょっと待って下さい。それはA国が国として機能しなくなった場合、日本とCN国がその土地を分け合うということですか?』


『一部の国に力が集まり過ぎるのは良くありません』


「それが嫌なら反対意見だけじゃなくてD国とF国がどうにかすれば良いのではないでしょうか?」


 志保にそう言われてD国とF国のDMU本部長が黙り込む。


 (くだらないな。実にくだらない)


 藍大は今行われている議論が退屈で馬鹿らしいと思いながらリルのマッサージを行う。


 リルも声こそ出さないが気持ち良さそうに藍大にされるがままになっている。


 志保は藍大とリルが退屈しており、このままでは帰って良いかと言い出すんじゃないかと思った話を振ってみる。


「逢魔さんはA国のマルファスとウボ=サスラの対処についてどうお考えですか?」


「余力がないなら無駄なことを考えずに自国のダンジョンの掌握と冒険者の強化に注力すべきだと思います。中途半端な力じゃあれもこれも欲しがって何一つ入らないなんてことになるんですから。余力がある日本とCN国が中心に対応すれば良いと思いますよ」


 これはD国とF国に向けた発言だけれど、それ以外にも日本とCN国以外に向けた言葉でもある。


 まず優先すべきは国内の安定なのだから、縄張りがどうのこうのと言うのは後の話だろうと言ったのだ。


 藍大の鶴の一声でA国にいる悩みの種2体への対応方針は決まった。


 1つ目のテーマに関する議論が終わり、2つ目のテーマがスクリーンに投影された。


 それは食料不足だった。


 ダンジョンが誕生しただけならば食料不足にはならなかったのだが、これをきっかけとしていくつかの要因が発生したことで食料不足の問題が浮上しつつある。


 原因はスタンピードと農家の減少である。


 まずはスタンピードについてだが、これが発生するとモンスターに農作物や家畜を食い荒らされるだけでなく、安心して農作業に従事できないのだ。


 中には草木に隠れているモンスターもいるため、スタンピードの鎮圧の目途が立たない国では農家が怖くて作業しない所もある。


 また、農家の減少については前述のモンスターに襲われることに加え、冒険者として覚醒したから冒険者に転職する者も増えたせいだ。


 冒険者としての稼ぎの方が上ならば、農家なんてやっていられるかと考える者が出て来るのも仕方ないのだろう。


 食料不足は世界中で広がっている訳ではなく、スタンピードが鎮圧できていない国や大国からの輸入に頼り切っていた国で生じている。


 旧C国は滅び、R国は雑食帝によって内戦が終結したもののまだまだ雑食に手を出さなければ自国民の食料が足りない。


 それに加えてA国も安全に農業ができる環境ではなくなったのだから、食料不足が深刻な国も少なくない。


 志保は会場内の全員がテーマを目で見て確認したと判断して話し始める。


「現在、食料自給率が低い国ではダンジョンではモンスター食材が高く買い取りされる状況だそうです。参加されてる皆様の中にはこの問題に注目してる方もいらっしゃるのではないでしょうか?」


『その通りです。EG国ではムハンマドの従魔が”アークダンジョンマスター”になり、植物型モンスターの中でも食材となるモンスターをダンジョンに配置してくれました。それによって私達は果実や野菜が以前よりも市場に出回るようになりました』


『G国もマリッサの従魔が”アークダンジョンマスター”になり、食肉となるモンスターが増えました』


『N国もG国と同様です』


 テイマー系冒険者がいる国はダンジョンという資源の宝庫が手に入るので、農業が駄目になってもダンジョンでどうにか食い繋ぐことはできる。


 (食料不足の解決の糸口はテイマー系冒険者だろうな)


 藍大もブラドとモルガナのおかげで大半の食材はダンジョンで揃えられるし、それ以外でもメロが地下神域で育てた果実や野菜、穀物を食べているから食料不足とは無縁だ。


 手っ取り早い解決策を挙げるならば、テイマー系冒険者を増やしてダンジョンを掌握することだろう。


 それには転職の丸薬が必要になるから、藍大はこのテーマで自分から目立つつもりはない。


 そんなことを藍大が考えていると、T島国のDMU本部長から想定外の意見が飛び出す。


『雑食帝に倣って食べられるモンスターを増やすというのが現実的かもしれませんね』


 この発言を聞いたら雑食帝は喜んで熱弁を振るうだろう。


 その時、大会議室のドアが静かに開いて茂が駆け足で藍大達の所までやって来た。


 茂が翻訳イヤホンを身に着けずに来たということは内々の相談ということだ。


「DMU本部に別件で来てる雑食帝が呼ばれた気がしたから国際会議に参加して良いかと訊いて来たのですが、何かあったんでしょうか?」


「マジかよ。雑食帝の嗅覚半端ないわ」


「芹江さん、タイムリーに雑食の話が出て来たので大会議室に通して下さい」


 この瞬間、雑食帝が急遽国際会議デビューすることになった。

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