第720話 惚れた相手に夢中になるのは血筋ですね

 藍大はリルが反応したことに気づいて話しかける。


「リル、もしかして神域見つけた?」


『うん。トレントがいた場所の下に偽装されてるけど神域に繋がる穴があるよ』


「言われてみれば確かに神域っぽい何かが感じ取れる」


「私も感じる~」


「むぅ、私は感じ取れない」


『私もさっぱり駄目です』


 神様組とそれ以外で感じ取れるものに差が出た。


 いや、神様組でも探索能力の優れたリルがいなかったら気づかずに素通りしてしまった可能性はある。


 それぐらい穴の向こうにあるであろう神域から感じ取れる気配は弱かった。


「行こうか。ハンセンさんの動画に映ってた黒髪の日本人がいるかもしれないし」


 藍大の発言に全員が賛同し、藍大達は偽装された穴の中に飛び込んだ。


 勿論、そのままジャンプしたら危険だと判断して藍大と舞がリルの背中に乗り、サクラとブラドは自前で飛べるからついて行くだけだ。


 ハンセンはカイゼル達を送還してサクラの<百万透腕ミリオンアームズ>で運ばれている。


 穴の中は氷の島とは全然異なる庭園だった。


 庭園は静かで温かくて上空が明るい。


 侵入した藍大達に気づいたからか、ライダージャケットを着た黒髪の日本人女性が急いでやって来た。


 その女性の顔は舞によく似ており、舞の姉と呼んでも頷けるぐらい若く見えた。


「あれ、私に似てる子がいる?」


「貴女は立石愛さんで合ってますか?」


 首を傾げる女性に藍大は質問してみた。


 敵対するつもりは微塵もないのでまずは会話を試みたのである。


「・・・そうだけど、なんで私の名前を知ってる?」


「お、お母さんですか? わ、私は舞だよ」


 愛にどのように声をかければ良いのかわからなかったが、それでも自分が愛に話しかけるんだと舞が詰まりながらも名乗った。


 舞の名前を聞いた瞬間、愛は一瞬だけ目を見開いてからすぐに元に戻った。


「立派に育ったんだね」


「その言い方は他人行儀じゃないですか? 舞は貴女の娘なんですよ?」


「逆に問う。娘を産んですぐに兄に預けっ放しだった私に母親面する資格があると思う?」


 冷静な愛の反論に藍大はすぐに言葉が出て来なかった。


 愛が馴れ馴れしく舞に抱き着いて母親ぶった行動をすれば、それはそれで自分をムッとさせただろうと思ったからである。


 どんな態度を取ろうが愛に対して好意的な感情が抱けないと気づいて藍大はモヤモヤした。


「舞を兄に預けて姿を消したことは悪かったと思ってる。それでも、私しかマグニを助けることができなかった。だから舞を兄に託した」


「お母さんにしかってどういうこと?」


「・・・言葉だけじゃ説明できない。マグニの所に連れてく。でも、その前に舞以外について教えて。知らない人は連れていかない」


 少し考えてから愛はそう言ったので、藍大達は順番に名乗り始める。


「俺は逢魔藍大と言います。舞の夫です。職業は従魔士で種族は魔神になりました」


「把握しました。神様相手に失礼な態度を取ったことをお許し下さい。そっちのピンク髪の方が逢魔サクラさんでフェンリルがリル様ですね」


 愛は藍大の名前は知っていたけれどその姿は知らなかったらしい。


 藍大が名乗ったことでサクラとリルが誰なのか理解し、神を相手にタメ口で申し訳ないと口調を丁寧なものに変えた。


 インゲルは自分だけ愛に誰だか理解してもらえていないと悟り、自己紹介を行った。


『私はインゲル=ハンセンです。師匠の弟子の調教士です』


「調教士。あぁ、この前4階で戦ってる所を見た」


 藍大達には翻訳イヤホンがあるけれど、愛はそれを身に着けていない。


 それにもかかわらず、問題なく愛が自分の喋った内容を理解したものだからインゲルは驚く。


『N国語がわかるんですか!?』


「N国に来て20年以上経てば読み書きと聞き取りぐらいできる。スラスラ話せるかは別だけど」


 愛の言い分を聞いてインゲルは納得した。


 藍大達の素性がわかって信用できると判断した愛は藍大達をログハウスに案内した。


 そのログハウスの寝室に移動すると、そこには眠りについた金髪の偉丈夫の姿があったので藍大が愛に訊ねる。


「この方がマグニ様ですか?」


「そうです。私が大学時代にN国留学で見つけた神域で出会いました。その時はまだ眠りについておらず、ひっそりとこの神域で暮らしてました」


「眠りについたのはいつですか?」


「私がマグニと子作りしてすぐです。彼はずっと独りぼっちで寂しかったのでしょう。私のお腹に舞を宿らせるのに無理をしたらしく、その後はずっと寝たきりになりました。それ以来、私は彼の維持してくれた神域で彼の目覚めを待ってます。この神域を感知できるのは私以外では貴方達が初めてなので驚きました」


 舞が自分の出生にまつわる話を聞いて複雑そうな表情をしていたため、藍大は舞をそっと抱き締めた。


 自分が生まれるために父親が眠りについてしまったこと、それを気にして愛がずっとマグニの世話をしていたことを聞いて色々思うところがありそうな舞を放っておくなんて藍大にはできなかったからだ。


「俺は舞が今ここにいてくれて嬉しい。ここにはいないけど優月や薫だってそうだ。だからくよくよするな」


「藍大、愛してる!」


 あれこれ考えてしまった舞だが、藍大に抱き締められて考えるのを止めたようだ。


 藍大や家族に求められているという事実が何よりも嬉しく、沈んだ自分の気持ちを明るくしてくれる藍大への愛情が今まで以上に強まったのである。


「惚れた相手に夢中になるのは血筋ですね」


 愛は幸せそうな表情で藍大に抱き着く舞を見て血は争えないと思った。


 自分もマグニに惚れてしまったからこそずっとN国に滞在しているため、目の前の舞を見て間違いなく舞は自分の娘であると感じたらしい。


 また、これだけ舞を大切に思ってくれる藍大がいることに感謝した。


 舞は落ち着いてから藍大に提案する。


「藍大、マグニ様を地下神域に連れて帰れない? 家族をこんな所に放置するのは嫌だな」


「そうだな。伊邪那美様達がいた方が早く回復するかもしれない」


「マグニの回復が早まるんですか?」


「まだ可能性の段階ですが、ここは俺達の地下神域と比べて神聖な空気が薄いとでも言うんでしょうかね? あっちと比べて居心地がそれほど良くないです」


 マグニを早く回復させたい愛が藍大に詰め寄ると、藍大は絶対とは約束できないが可能性はあると伝えた。


 そこに伊邪那美のテレパシーが藍大に届く。


『うむ。マグニをこちらに連れて来るのじゃ。少なくともそっちよりもこっちの方が回復は早かろう。舞の家族なら妾達の家族じゃ。面倒を見ても良いぞ』


「伊邪那美様がマグニ様を連れて来いって言ってます」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 愛は藍大に深々と頭を下げた。


 自分が舞に対して酷いことをしたにもかかわらず、手を差し伸べてくれた娘と義理の息子に愛は頭が上がらない。


「別に貴女のためにやるんじゃありません。舞を悲しませたくないから連れて帰るんです」


「主がツンデレしてる」


『ご主人って絶対に悪者になれないよね』


「それが主君の良いところである」


 藍大の発言を聞いてサクラ達が温かい目を向けた。


 愛はシャングリラの地下神域に引っ越すにあたって準備が必要であることを思い出した。


「引っ越しの準備をする時間を下さい。30分もあれば用意できますから」


『ご主人、それなら6階の”ダンジョンマスター”を倒しに行こうよ』


「私も賛成。30分あればお釣りが出る」


「吾輩も賛成するのだ。”ダンジョンマスター”だけお残しするのは良くないのである」


 リルを筆頭にすっかり”ダンジョンマスター”を倒す気満々になっているため、藍大は丁度良い時間潰しになるかもと思って頷く。


「そうだな。サクッと倒してオーロラダンジョンも掌握しちゃおうか。ハンセンさん、オーロラダンジョンを掌握しちゃって構いませんか?」


『勿論です! むしろやっていただきたいぐらいなので助かります!』


 インゲルはN国のDMU本部長からオーロラダンジョンの掌握を藍大達に依頼できたらするようにと言われていた。


 それはオーロラダンジョンの難易度が高かったからだ。


 5階は現時点で自分達の手に余る。


 それなのに5階までクリアした状態で藍大達に帰られたら”ダンジョンマスター”がオーロラダンジョンの難易度を更に上げるかもしれない。


 下手をすればオーロラダンジョンの間引きも難しくなり、スタンピードが起きる可能性もあるのでインゲルはオーロラダンジョンの掌握を藍大達に頼んだ訳だ。


 藍大達は愛が引っ越しの準備をしている間に一旦神域を出て6階へと向かった。

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